Don't Leave me 第二章・4



「にいちゃんが悪かった。お前たちを無理に引き離そうとしたりして。まあ……本当はな、良くないんじゃないかって思ってるけど、ちょっと急すぎた。反省している」
一度自分の非を認めれば、カルアンは元来さっぱりした性格である。
潔く、思考の切り替えも早い。
「いつかは離れなきゃいけない時が来るかもしれないけど、それは今じゃないんだろう。お前だってちゃんと分かってるよな。オレはもう口出ししないから、だから行って来い」
行け、と言われてもアシェンは戸惑ってしまう。
心の準備が全く出来ていない。
だがカルアンのこの調子では、今ジラルドを訪ねないわけにもいかなさそうである。
ためらう一方で、彼のことを思った瞬間甘い予感が背筋を駆けた。
「……う、うん…………」
頭のどこかで兄を言い訳にして、アシェンは小さくうなずいた。


***

丸六日ぶりにやって来た丘は、どことなくよそよそしい風に思える。
緊張を覚えながら、アシェンは来慣れた道を登っていった。
襲われたあの辺りまで来ると、やっぱり少し身が竦んでしまう。
だけど大丈夫、ジラルドさんがもう平気だと言ったんだからと自分を勇気付け、アシェンは小走りにその場所を駆け抜けた。
すぐに見えて来た小さな小屋の周りにジラルドの姿はない。
ますます緊張しながら、少年は扉を叩き声をかける。
「こ、こんにち、は」
言いながらそっと中に入ると、ジラルドは椅子から立ち上がったところだった。
濃い銀の髪の下、鋭い赤い瞳は何度も淫らな想像の中に浮かんだものと同じ。
だが彼は何も言わない。
アシェンの姿はちゃんと見えているだろうに、挨拶一つしてくれない。
「……あの…」
「久し振りだな」
にこりともせずに言ったジラルドの、冴え冴えとした美貌で見つめられアシェンは動けなくなった。
カルアンはジラルドが何を考えているかよく分からない、と言った。
アシェンもその意見には賛成だ。
元々寡黙な男なのである。
その上ほとんど表情を動かすことがない。
こんな風に黙りこくっていられては、心の中が全く読めない。
「……ごめんなさい。急に、迷惑だったよね」
お互い立ったまま、アシェンはか細い声でつぶやいた。
あまりジラルドの方を見ないまま、せめてと土産のために持って来たキドニーパイを差し出してみる。
「あの、これ、お土産です。それじゃ僕……」
「待て」
あまりのいたたまれなさに、すぐにも去ろうとしたアシェンをジラルドは素早く止めた。
「用事があるから来たんじゃないのか」
「別に、用事があるわけじゃ……」
元々いつも用事があって来ているわけじゃない。
御礼を言いたいからと押しかけて、後はただいっしょに居たかっただけ。
ほとんど一方的にアシェンがしゃべるばかりなのに、不思議に居心地がいい空間にずっといたいと思っていた。
ジラルドのことが好きだから。
あんなことが起こる前だったらためらいなく言うことが出来ただろう言葉が、今はアシェンを戸惑わせる。
何だかとても恥ずかしい。
ジラルドがあの赤い瞳で自分を見つめている、それを意識すると顔が紅潮してくるのを感じた。
会わずにいた六日の間に、いつものようにしゃべれるぐらいに話の種になることはあったと思う。
だけど今はそれら全てがどこかに飛んでいってしまっていた。
いつもみたいに出来ない。
意識がどうしても、覚えてしまった淫らな行為へと向かってしまう。
「あの……ごめんなさい、僕、今日はやっぱり…………これ、置いていくから」
斜めに視線を落としたまま、テーブルの上にパイの入ったかごを乗せてしまう。
その手首をジラルドが掴んだ。
驚いたアシェンを、三つの赤い瞳がじっと見下ろしている。
「オレはもう用済みか?」
一瞬、言葉が出なかった。


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