Don't Leave me 第二章・14
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結局ぐしゃぐしゃになったアシェンの服を手にしたジラルドは、ベッドの上でぼんやりしている少年の頬にそっと一つ口付けをする。
互いの体液にまみれた体は、すでに裏の井戸から汲んで来た水を染ませた布できれいにしてあった。
「お前の服は何とかするから、少し休んでいろ」
「ん……」
半分寝ぼけているような調子でうなずいたアシェンを置いて、上半身裸のジラルドは外へと向かう。
汚れを拭く途中で面倒になったのか、彼も一度服を脱ぎ捨て全身を拭っていた。
その後は下だけ服を身に付け、上は脱いだままの状態でいたのだ。
どうやら着やせするたちらしい。
露になった背の、服を着ている状態では分からなかった素晴らしい筋肉を見ていると何だか改めて恥ずかしくなって来た。
あの人があの体が自分を抱いたのだと、思い返すと顔から火が出そうだ。
だけど変に嬉しくて、それなのに妙に悲しくて、定まらない思いにアシェンは寝転がったまま百面相を繰り返す。
けれど最後には物憂い顔になり、敷布を体に巻きつけたまま動きを止めてしまった。
「ジラルドさん……」
名前を呼ぶだけで、切なさに胸が締め付けられる。
気付かないふりをしていた自分の気持ちに、とうとう気付いてしまった。
思い起こせば、出会ったあの日から全ては始まっていたのかもしれない。
野犬の群に噛み殺されるのを覚悟した時、差し伸べられた恐ろしくも暖かな手に惹き付けられた。
無理やり押しかけ、迷惑顔を物ともせずにせっせと話しかけることを続けた。
やがてかすかに口元を綻ばせてくれるようになった、ただそれだけでとても嬉しかった。
純粋だったあの頃の自分は、けれどもう今はいない。
側に居るだけで楽しかったのに、彼の顔を思い描くだけで浅ましい欲望が身の内で育っていくのを感じずにはいられない。
気付きたくなかった。
いつの間にかこんなに、胸の中でジラルドの存在が大きくなっていたなんて。
軽蔑されるに違いない欲望を、叶えてくれるのもまた彼しかいないなんて。
「大丈夫か?」
降って来た声にはっとする。
いつの間にか戻って来たジラルドが、ゆっくりとベッドの端に腰を下ろすところだった。
「服は乾いた。少し眠って、疲れを取ってから着替えるといい」
言われて、枕元に畳んで置かれた自分の服をアシェンは戸惑いながら見た。
考え込んでいた時間は短くはなかったかもしれないが、あんなにぐちゃぐちゃだった服がすっかりきれいになっている。
汚れが落ちているだけでなく、完全に乾いているように見えた。
「僕……そんなにぼうっとしてた?」
窓から差し込む日はまだそれ程落ちてはいないのにと、慌てるとジラルドは曖昧に微笑む。
「…………悪いことをしたからな。何とか、した」
彼の言葉に一瞬考え込んだアシェンは、ああ、と納得した。
魔奏者ジラルドは人間にはない力を持っている。
自らの力をひけらかすことこそないが、彼が恐るべき能力を隠し持っていることだけはアシェンも何となく感じていた。
恐らく何かの魔力を用い、どろどろになってしまった服をこの短時間できれいにしてくれたのだろう。
「……ありがとう。ごめんね」
ジラルドに、自分の力をどこか疎んじているような気配があることにもアシェンは気付いている。
多分彼は本当は、こんなささいなことに力を使うことを好まないのだ。
確かにあんな服で帰るわけにはいかないのだけれど、何だか申し訳ない気分にもなってしまう。
「いや。……ひどいことをしてしまったのはオレだからな」
ジラルドはそう言うと、優しく目元だけで笑った。
きれいな笑顔に見惚れる半分、残りは「ひどいこと」の内容を思い返してアシェンは赤くなって目を逸らす。
「ん、うん、あ、ありがとう……」
裸でいることが今更のように恥ずかしくなり、アシェンは身を起こそうとする。
だが起き上がろうとしたところを、ジラルドは大きな手でそっと止めた。
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