Don't Leave me 第三章・5
まだ尻の中に、ジラルドのものが入っている気がする。
少し眠って体力を回復させた後とはいえ、ちょっとふらふらしながらアシェンはジラルドの住む丘を下っていた。
この丘の途中で、初めて魔物に犯されたのが初夏のこと。
季節はそろそろ秋へと移り始めていて、日が落ちるのが早くなって来た。
「…………もう、こんなに暗いや……」
ジラルドの家を出た時にはまだ夕方だったと思ったのに、今はちょうど木々の陰に入ったせいだろうか。
道の脇へと目をやると、茂みの奥は驚くほど暗く見える。
あの茂みの奥に引きずり込まれ、視力を奪われた挙句に陵辱されたのだ。
今でも時折悪夢として現れる光景を思い浮かべただけで背筋が寒くなる。
姿も分からぬあの魔物は、今頃新たな獲物を捕らえているのだろうか。
ぶるっと震えたアシェンは、足取りを早めようとした。
その時だ。
「お前がジラルドのところに通っている子供か?」
見知らぬ声が、唐突に頭上から降って来た。
ぎょっとして顔を上げたアシェンの目に映ったのは、赤い色。
今しも地平線の向こうへ燃え落ちようとしている太陽の色。
ジラルドの瞳と同じ色。
「だ、れ……?」
驚きのあまりかすれた声を上げるアシェンのすぐ側に突如として出現したのは、背の高い一人の男だった。
黒い髪、浅黒い肌、近寄り難いほどに冷たく美しく整った顔立ち。
深い紫と黒を組み合わせた、闇色の衣装を着た彼の姿にはただの旅人とは思えぬ威圧感があった。
少なくともアシェンの住む町の者ではない。
そこまでを一瞬で考えたアシェンの脳裏に、似たような特徴を備えた別の青年の姿が浮かび上がる。
…………この男はどこか、ジラルドに似ている。
その瞳を満たす魔性の赤も彼そのもの。
けれど同時に、アシェンは目の前の男とジラルドとの決定的な差異を肌身で感じ取っていた。
ジラルドと同じ色をした瞳にある、残酷な光。
時にジラルドの目に浮かぶ冷酷さとはまた種類が違う。
獲物を捕まえ、引き裂き、そのことに何のためらいも感じない捕食者の目だ。
その目にアシェンを映したまま、彼はにやりと冷たく笑った。
「オレはバベル」
深い響きを持ったその声が、アシェンの背筋を冷たく這う。
本能的に悟った。
これ以上この男の側にいてはいけない。
けれどどうしたことだろう。
足が動かない。
目さえ逸らせない。
激しく動揺しながらも、指一本動かせないアシェンに代わるようにバベルと名乗った男はすっと片手を上げる。
長い指先が無造作にかき上げた前髪の下、光るもう一つの赤い瞳。
間違いない。
彼もジラルドと同じ、魔奏者だ。
更なる驚きにも今のアシェンに出来るのは、硬直した体をかすかに震わせることだけ。
気付けば唇さえ動かせず、助けを呼ぼうにも悲鳴すら上げられない。
急速に勢力を伸ばしていく闇の中、光る三つの赤い目でアシェンを射竦めたままバベルは平然とこう問うた。
「名前は?」
「……アシェン……」
答えようと意識する前に、アシェンの唇は独りでに言葉を紡ぐ。
そのあごを取り、バベルはしげしげと少年の顔を覗き込んだ。
「どこからどう見ても、ただの人間の子供だな。別段美しくも、特別な力を持っているようでもない」
右に、左にアシェンの顔を軽く振りながら、バベルは品定めをするようにその全身を眺め回す。
訳が分からず、それゆえに増大するばかりの恐怖に震えるアシェンの耳にまた別の声が聞こえて来た。
「本当ですね。十人並み、ううんそれ以下かな。間抜け面の、小汚い、ただのガキ」
口汚い言葉を並べながら、いつの間にかバベルの隣に出現したのははっとするような美しさを備えた美少年だった。
月の光を紡いだような金の髪は背にかかるほどの長さがあり、同じ色のまつげに縁取られた瞳はまるで紫水晶のよう。
細い指先をバベルの腕に絡め、彼は明らかな媚態を示しながら男に体をすり寄せた。
「ねえバベル様ぁ、こんなガキ使い物になりませんよ……ジラルドなんて、あなたが仕込んだこの体で簡単に言いなりに出来ます」
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