Don't Leave me 第三章・6



毛並みの良い子猫のようなしぐさで甘える一方で、少年がアシェンを見る瞳にはあからさまな見下しがある。
ただその目を見返すことしか出来ないアシェンに調子付いたようだ。
彼は更にこんなことを言い出した。
「そもそもジラルドだって、必要ないでしょう? バベル様のお力なら、後は僕がちょっとだけお手伝いすれば問題…」
「エルゼ」
一言、バベルがかたわらの少年を呼ぶ。
暗闇の中、血のような赤い瞳が煌々と光を放っていた。
名前を呼ばれた少年は、はっとしたように彼の顔を見上げて押し黙る。
先程までの小生意気な態度はどこへやら、すっかり怯えた表情になってしまっていた。
「…………も、申し訳、ありません。出過ぎたことを……」
「いい子だ。お前のそういう素直なところをオレは気に入っている。よく覚えておくことだな」
特に脅す風でもなく、バベルは平然とそう言ってのけた。
おとなしくなったエルゼからすぐに瞳を逸らし、彼は更にしげしげとアシェンを見つめてつぶやく。
「アシェンと言ったな。確かにお前は見たところ、何の取りえもないただの人間の子供だ。だがあの偏屈男の心を開かせた、それだけでとりあえずの価値はある」
あごを離れた指先が、するりと喉元へと這い落ちる。
「…………ぁッ」
思わず小さな声を出したアシェンは、いつしか唇にかけられていた戒めがなくなっていることに気付いた。
だがそれを喜べるような状況ではない。
相変わらず手も足も動かない。
そして硬直した体を、バベルの指先がゆっくりと辿っている。
「や…、やめ、て…………」
かすれる声で言ったアシェンの鎖骨までを撫でたバベルの指は、胸元にまで辿り着いた。
寒さと緊張に硬くなっていた乳首を、浅黒い指は難なく探り当てる。
「……んっ」
服の上からとがりをつままれ、声が漏れてしまった。
唇にうっすらと笑みを浮かべたバベルは、捕らえたとがりをぴんと指先で弾く。
「……ん、ぁっ」
わずかな痛みと、その底に潜んだうずきがじわりと胸元から広がった。
ジラルドの手で隅々までなぶられ尽くした後のことだ。
微熱を残した体では、わずかな刺激もすぐに快感に結び付いてしまう。
「敏感だな」
からかうようなバベルの声。
更に何度も同じことを繰り返されて、アシェンは必死になって唇を噛み締めた。
違う。
嫌なのだ。
こんなことされたくない。
けれど淫らな快楽を覚えた肉体は、持ち主の意思とは裏腹にすでに期待し始めている。
バベルがジラルドと同じ、魔奏者だからだろうか。
いまだ掴めない状況で支配下に置かれ、弄ばれているのは分かっているのだ。
なのに過敏になった乳首に与えられる感覚は、不安や恐怖より強く体と心を翻弄し始めている。
怖くなってぎゅっと目を閉じたアシェンは、あることに思い当たりはっとした。
ここはあの、初めて魔物に犯された場所に近い。
まさかあの日自分を犯したのは、目の前のこの…
「い、嫌、嫌っ……! やめてっ……!」
いきなりアシェンが大声を出したので、バベルもエルゼも少しだけ驚いたような顔になった。
「どうした、急に」
問われて見上げた赤い瞳から自分を守るように、アシェンはまたぎゅっと目を閉じる。
あの魔物の姿をアシェンは見ていない。
ジラルドはあの魔物は去った、と言ってくれた。
けれどバベルは明らかに彼を知っている素振りを示している。
おまけにエルゼはジラルドを言いなり、などという不穏な言葉を口にした。
バベルがアシェンを犯した本人、もしくはあの魔物を操っていた魔奏者。
その可能性は低くないように思えた。
「やめて、嫌だ、何で、何でまた……!」
「また?」
いぶかしげに繰り返したバベルは、素早く周囲に視線を巡らせた。
わずかに苛立たしげな表情になると、騒ぐアシェンの口元を大きな手で塞いでしまう。


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