Don't Leave me 第三章・9
魔物には魔物。
魔奏者には魔奏者。
バベルも言っていた。
辛いならジラルドを頼れ、と。
「……だめ……」
頭まですっぽりと被った布団の下で、アシェンは首を振る。
バベルの目的は不明だが、良くないことなのは間違いないだろう。
ジラルドになんか言えない。
ただでさえ迷惑をかけているのだ。
そもそもバベルは、何か勘違いをしていると思う。
ジラルドにとってのアシェンは、どれだけ親しみを見せてくれてはいてもそこまでの存在ではない。
得体の知れない取引の材料になるような、大層な関係ではないのだ。
「……んっ! く、ふぅっ…………」
何とも言えない切なさに胸を締め付けられながら、中で蠢く魔物にいいように蹂躙される。
幾重にも重なった哀しさに、アシェンはぽろぽろと涙を零した。
そうだ、ジラルドに訴えたところでどうなる。
ああ見えて彼は優しい男だから、多分手を打とうとはしてくれるだろう。
しかしバベルがこんな風にしてまで持ちかけてくる取引だ。
生半可なものとは思えない。
いざアシェンを助けるか、バベルの言うことを聞くかの二択を迫られたら、ジラルドはどうするだろうか。
悩んで欲しい訳ではないけど、見捨てられたらと思うとそれだけでアシェンの胸はきりきりと痛んだ。
「……んっ…………ん、んん……」
眉根を寄せながら、アシェンは自ら足を開く。
震える手を伸ばし、スライムが入り込んだ穴に指をかけた。
多分無駄だとは思うが、それでも今の自分に出来ることはこれしかない。
何とかして自分で、体を支配する魔物を引きずり出せないだろうか。
もう何度目になるか分からない挑戦を、アシェンは再び開始した。
しかし指先をほんの少し中に差し込んだ途端、不定形の怪物は全身を激しく震わせ始める。
「あぅ! んっ、くっ、あん……ッ…………」
襲いかかって来た快楽に、アシェンは息を乱した。
ずっと張り詰めたままの性器から漏れる雫を、魔物が嬉々として吸い取っていく。
一部は鈴口に侵入し、吐き出される前の精液を吸い出されその快感にアシェンはびくびくと体を痙攣させた。
「ふあ…………、んっ、も、やぁ………………」
恥辱と快楽の狭間で苦しみ悶えるアシェンの耳に、扉が開く音が聞こえた。
慌ててそろりと布団を持ち上げて見ると、部屋の扉を開いたのは兄のカルアンだった。
「に、兄さん……だめ、僕、まだ調子が悪いから……! 一人に、一人にして……!」
様子を見に近付いて来られるかと思い、アシェンは懸命に兄を止めようとした。
だが、妙に静かな顔をしたカルアンは戸口のところに立ったまま。
それが逆に不審に思えて、アシェンは布団の隙間から彼の様子を伺う。
「アシェン。にいちゃんはな、本当はまだお前とジラルドに仲良くして欲しくないんだ」
唐突な発言に、アシェンはびっくりしてしまった。
だが弟の戸惑いなど意に介した風なく、カルアンは淡々と語り続ける。
「お前がどう言おうと、オレや街のみんなにとってあいつは化け物だ。人間にない力を持っているあいつのことが怖い。その気になれば街一つぐらい簡単に潰せるような奴は、お前の友達には相応しくない」
訳が分からず、アシェンは思わず顔だけ布団から出した。
暗い室内から見つめるカルアンの表情は、逆光になっていてよく見えない。
戸惑うアシェンの視界の中、カルアンはゆっくりと一歩足を引いた。
代わって戸口に立った影に、アシェンは大きく瞳を見開く。
「それが分かっていて、お前と会うことを許してやってるんだ。だから困った時には、力を貸してくれるぐらい当たり前だとオレは思うぜ」
結びの一言を残し、カルアンが去っていく。
彼が開いた扉を後ろ手に閉め、黙って歩いて来るジラルドを見てアシェンはかすれた声で言った。
「な…………んで……?」
「今カルアンが言った通りだ。お前はオレのところから帰ってからこうなったと聞いた。だからオレが何とかするのは当然のことだろう」
まだぽかんとしているアシェンの顔をじっと見て、彼は険しい声でこう尋ねてきた。
「なんですぐに呼ばなかった、アシェン」
薄暗い部屋の中、赤く光る瞳を見返しアシェンはゆっくりと状況を理解していく。
←8へ 10へ→
←topへ