Don't Leave me 第三章・18



「アシェン!」
大声を上げてカルアンが部屋に入って来た時、アシェンはきちんと服を着せ付けられた状態で寝台の上にいた。
「だ、大丈夫か? ジラルドの声だけがさっきして、アシェンはもう大丈夫だからって……」
「うん、大丈夫。もう平気だよ」
そう言いながらアシェンは、さり気なく毛布の端を握る。
何度もジラルドの精液を注がれ、よがらされた後、彼は半分意識のない状態のアシェンの体をきれいに拭いてくれた。
体のみならずぐしゃぐしゃの寝巻きや敷布などまで全て始末をしてくれた。
魔奏者の力をそんなことに使わせるのは申し訳なかったが、ジラルドは恐縮するアシェンに優しい口付けをし笑って言った。
『オレは戻る。カルアンには伝えておくから、心配せずにお前はゆっくり休め』
そう言う整った顔立ちは少し寂しそうだったけれど、後を追うことも出来ずアシェンは彼の背を見送ったのだ。
「そうだな、顔色もいいし、熱もなさそうだ。……やっぱりすごいな、あいつの力は」
確かめるように伸びて来たカルアンの手が、額や頬を撫でていく。
その手をもう拒むことなく、アシェンは何だかんだと言いながら弟に甘い兄にされるがままになっていた。
しばらくそうした後、カルアンは表情を改めてこう言った。
「ジラルドの奴も、お前のこと本当に大事に思ってるんだな」
急な言葉に驚くアシェンの頭を、カルアンはほとんど父親の如き面持ちで撫でながらしみじみと語る。
「まだちょっと、信じられないってとこもあったけど……オレがいきなり押しかけて、アシェンが変なんだって言ったらすぐに来るって言ってくれた。あいつ、街のみんなに嫌われてるの分かってるみたいなのに」
「……ジラルドさんは、とっても優しい人だよ」
去り際のジラルドのように、少し悲しげな笑みを浮かべてそうつぶやいたアシェンを見つめカルアンは言った。
「なあ、アシェン。…………オレ……、お前とジラルドが仲良くするの、認めてもいいよ」
さっきとはまた別の、より大きな驚きにアシェンは大きな目を見開いた。
決まりが悪いのか撫でていた頭をぐしゃぐしゃとかき回しながら、カルアンは顔を背けて続ける。
「親父とお袋も本当は薄々気付いてる。お前があいつのところに行ってるのを。けど、お前の目を二人とも信じてるから。お前がそんなに好きになるような奴なら、みんなが言うほど嫌な奴じゃないんだろうってさ」
明るく商売上手な父も、陽気でいつもにこにこしている母も、ジラルドのことなんか一度もアシェンに言ったことはない。
けれど、カルアンが気付いていることを同じ家族である両親が気付かないはずがなかった。
二人は信じてくれていたのだ。
素直すぎるほどに素直でお人よしな下の息子の、無邪気な瞳にある力を。
その目に優しい男として映るのなら、あの人ならぬ力を備えた怪物と呼ばれる青年も決して悪い者ではないのだろうと。
「だから……もし、もしもだぞ。あいつが絶対お前や他のみんなを危険な目に遭わせたりしないってもっとちゃんと分かったら…………お前といっしょに、あいつをオレの店で働かせてやってもいい」
「兄さん」
思いがけない感動に震える声でアシェンが言うと、カルアンは慌てたように付け足した。
「なんだ、まだだぞ、まだ全部信じたわけじゃないからな! オレだって修行中の身なんだし、お前もあいつと遊んでばっかいないでちゃんと勉強したらの話だ」
甘やかし過ぎたと思ったのか、今更のようにしかめ面で言うカルアンだがもう遅い。
アシェンの彼を見る目には微笑みがあふれ、苦手な「勉強」という単語にも怯んだ様子はなかった。
「うん。僕がんばる。勉強して、兄さんの役に立てるようになるよ」
素直な瞳に素直な信頼と好意を浮かべ、アシェンはにこっと笑って言った。
「ありがとう、兄さん。僕、カルアン兄さんのことも、父さんも母さんもみんな大好きだよ」
カルアンはもう何も言わず、ぐしゃぐしゃになったその髪を指先で直してやった。



***

月明かりに照らされた丘の上に三つの影がある。
一人は険しい顔をした美貌の銀髪の青年、ジラルド。
後の二人は気位の高い子猫のような雰囲気の美少年と、彼を側にはべらせた精悍な顔付きの黒髪の青年。
「それほどまでに、あの子供にご執心とはな。一族の中でも特に優れ、その潜在能力はいまだ誰も知らないとまで言われたお前が…」
つぶやく声には含み笑いが混じっている。
「まあいいだろう。オレはただ、お前の力を借りたいだけだ」
黒髪の青年、バベルの言葉に銀髪の青年は険悪な視線を返した。
数少ない同種の友好的とは言えない雰囲気に、バベルはくっくっと喉を鳴らす。
「そんな顔をするな。力を手に入れれば何でも思いのままだぞ? あのアシェンとかいう子供だって…」
「…………そんな手に入れ方を、オレは望んでいない」
低い声での反論に、バベルは赤い瞳を楽しそうに細める。
「あいつの手に入れ方については、お前のやり様もなかなかのものだとオレは思うが?」
何もかもお見通し。
そう言うような彼の赤い瞳が、ジラルドのそれを見返し嘲笑していた。
何も言い返すことが出来ず、ジラルドはただ拳を握って黙り込む。
「安心しろ。しゃべったりしないさ。お前がオレの役に立っている間はな」
思わせぶりな言葉をつぶやき、バベルは今度はかたわらの少年に視線を向ける。
「エルゼもそんな顔をするんじゃない。こいつはオレが必要だと思って引き込んだんだ、分かるな?」
「……はい。バベル様が、そうおっしゃるのなら」
殊勝な言葉と険しい瞳が全く合っていなかったが、バベルにそれを諌める様子はない。
むしろ嫉妬をむき出しにしたエルゼの反応を楽しむように笑い、彼は衣の裾を捌いた。
「さあ、行くぞ。まずは北の大国からだ」
歩き出すバベルの腕にしっかりとしがみ付きながら、同じく歩き始めたエルゼは一瞬ジラルドに激しい敵意の目を向けた。
それに一応気付きはしたジラルドだが、凍るような美貌はぴくりとも動かない。
しかし二人から数歩遅れて歩き出す途中、眼下に広がる街を見て彼は切なそうに目をすがめた。
「お前だけは、オレが必ず守るから……」
つぶやく声は強くなり始めた夜風が茂みを揺らす音にさらわれ、誰の耳に届くこともなかった。
〈終わり〉


***

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