Don't Leave me 第四章・6
思わせぶりにつぶやいて、エルゼは高慢な表情にほんの少しの媚態を浮かべて言った。
「ねえジラルド。お前ほどの能力の持ち主が、あんな風に力を抑えて抱いてやらないといけないような人間のガキで満足できるはずないだろう? その点僕はバベル様仕込みだ。一度ぐらい相手をしてやっても」
「黙れ。オレはお前には何の興味もない」
最後まで彼の言葉を待たず、ジラルドはぴしゃりとその誘いを撥ね付けた。
途端にエルゼは怒りの表情になり、何事か言いかけたがバベルはくすくすと笑いながら少年を手で制して言う。
「そのくらいにしておくんだな。しかし他の奴には目もくれないほどにアレがいいわけか」
良くない想像に光る赤い目で、彼はまたアシェンが去った方を見てつぶやく。
「少し興味が出て来たな。一度オレも味見をさせてもらいたいぐらいだ」
「バベル様! そんな、ご冗談をッ」
主人の戯れに血相を変えたエルゼの視界を白いものが過ぎる。
いきなり腕を伸ばしたジラルドが、バベルの胸倉を掴み上げたのだ。
「例え冗談でも、今後二度とそんなことを言ってみろ」
それまできゃんきゃんと忙しく吠えていたエルゼもとっさの言葉が出ない。
それほどまでに今のジラルドの放つ気配は冷たかった。
「オレがお前に従うのは、オレとアシェンの関係を壊したくないからだ。アシェンにちょっかいをかけるようなことは絶対に許さない」
「………分かっている」
鼻で笑ったバベルにあごをしゃくられ、ジラルドは無言で彼の胸倉を掴んでいた指を離した。
しかしその目はまだきつく、バベルをにらみ続けている。
「そんなに露骨な反応をするな。ますます興味が出てしまうじゃないか」
「貴様…!」
「分かっているさ。だがお前も覚えておけ。オレも本来、こんな真似をされて笑って受け流してやるような馬鹿じゃない」
幾分しわになってしまった胸元の生地を指先で伸ばす、その瞳は物騒な光をたたえている。
先のジラルドと同等、いやそれ以上の威圧感を漂わせたバベルは、ジラルドを見つめ薄い笑みを浮かべた。
「同族として忠告しておいてやろう。どうせお前とあの人間のガキの仲は長くは続かない。ただの人間と魔奏者は生きる世界が違う。お前がどれだけあいつを想おうが、いずれ必ず関係が破綻する時が来る」
もっとも、と彼は皮肉げに続けた。
「お前だって自分でそれに気付いているからこそ、あいつの方からお前を求めるように仕向けたのだろう? 下らないことだ。どうせならいっそ、完全に支配して人形化してしまえば」
「うるさい! オレとアシェンのことだ、お前には関係ない!」
普段の無表情はどこへやら、かっとなって声を荒げるジラルドをバベルは哀れみさえ含んだ目で見返した。
「馬鹿な奴だ。だが…………ふうん」
「バベル……」
良くない企みをひそめた目が一瞬アシェンの去った方角を見たことに気付き、ジラルドが低い声を出す。
今度はバベルもからかいの言葉を返さず、かすかに肩をすくめてこう言った。
「分かっているよ。では、またな」
簡潔な別れの挨拶を残し、バベルは何やら不服そうなエルゼを伴い姿を消す。
ようやく丘の上に一人になったジラルドは、悲しげに視線を落とすと無言のまま小屋の中へと戻っていった。
***
十日ぶりにジラルドに抱かれてから数日が経った日のことだった。
「今日は、どうしようかな……」
いつものように商売に出て行った父と兄を送り出してしまうと、アシェンの手はとりあえず空く。
何か用事はないかと母に聞いてみたが、急いでしなければならない仕事は特にはないらしい。
そうなると当然、アシェンの気持ちはジラルドの方へと向かってしまう。
「今日はいるのかな…………」
数日前に再会したあの日、わざと次に会う話をしなかった。
ジラルドも特に予定らしきことは言ってくれなかった。
今まではいつも彼はあそこに当たり前にいたのだ。
だからアシェンの側に時間が出来れば、後は人目につかないようにあの丘へ登れば良かった。
しかし今、彼は丘の上の小屋にはいないかもしれない。
もしや北の大国に……つい考えてしまったことに、小さく首を振る。
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