Don't Leave me 第四章・7



「会いに行けば分かるよ、そんなこと」
自分を鼓舞するように口に出してつぶやいてから、アシェンは立ち上がり家を出た。
留守なら留守で構わない。
家で悶々としていても仕方がないからと、とにかくあの丘を目指して歩を進めていく。
ところが、もうすぐジラルドのいる丘が見えてくるという辺りまで来た時だ。
昼日中とはいえほとんど人気のない町の端に辿り着いた辺りで、いきなり足が動かなくなった。
「え? あ……!」
先日、バベルに会った時と同じ。
かろうじて声は出せるが、身動き一つままならない。
「あ…………あ、あ」
スライムをけしかけられ、犯された恐怖が蘇る。
同時に視力を奪われ、初めて犯された時の恐怖も蘇ってきた。
おまけに今回は、相手が誰かも分からない。
「うあ、あ…………、あっ、ぐうっ!」
混乱する足下を、何かの力にいきなりすくわれる。
声を上げて倒れたアシェンの耳に、さも愉快そうな忍び笑いが聞こえて来た。
「くくく、ははは。いいざま!」
どこかで聞いた覚えのある声だ。
「エル、ゼ…………? うわあ!」
反射的にあの金髪の美少年の名を呼んだ途端、視界が反転する。
体の側面を派手に地面にぶつけてしまい、あまりの苦痛に涙がにじんだ。
笑う声は聞こえなくなった。
だがまるでその代わりのようにアシェンを拘束し、悪意をぶつけて来る力が増した気がする。
思えばあのエルゼという小生意気な美貌の少年は、初対面からアシェンを馬鹿にした態度を取っていた。
「やっぱり、エル、ううう……ッ…………!」
もう一度その名を呼んだ途端、見えない力が全身を締め上げてくる。
「生意気だぞ、人間!」
声だけで正体がばれるとは思っていなかったのだろうか。
苛立ったような声は自分がそうだとは言わないまでも、明らかにエルゼのものだった。
「ふん、そうか。だったらもういいよ。ちょっと脅してやるだけのつもりだったけど、告げ口されちゃ具合が悪い」
アシェンにはよく分からない台詞を吐き捨て、彼は小気味よさそうに笑いながら続けた。
「命まで取りはしないさ。代わりに喉を潰してやろう。口がきけなきゃ告げ口なんか出来ないもんな!」
声高らかに叫んだアシェンの喉元目掛け、全身を締め付けていた力が収束していく。
喉を潰すというよりは、絞め殺そうとでもいうような力に悲鳴もままならない。
この間、バベルに脅された時ともまた違う。
あの時のようにジラルドへの警告めいた処置とも思えない。
理由も目的も見当が付かない理不尽な暴力にさらされる悔しさと情けなさに、アシェンはただ奥歯を噛みしめることしか出来なかった。
ところが次の瞬間、最初と同じ唐突さでアシェンは拘束から解放された。
「……バベル様!?」
エルゼの驚きの声が耳をかすめたが、それより今は苦痛から解き放たれた安堵に頭がいっぱいだった。
「う、ぐっ…………ごほっ」
喉元を押さえて咳き込む彼に、力強い腕が伸びて来る。
「アシェン、無事か!?」
誰かと考える必要もないその声に、アシェンは咳き込みながらも懸命に顔を上げた。
「ごほっ………、ジラルド、さん……」
「大丈夫か!」
「だ、大丈夫、だよ………」
かすれ声でつぶやくアシェンをしっかりと腕に抱き、ジラルドはその辺りの民家の影辺りを見つめている。
そこにエルゼがいるのだろうか。
だが今は彼の声は聞こえず、アシェンを苦しめる力を出してくる様子もない。
「エルゼ……、もう、いない………?」
怯えながらもそう言うと、ジラルドはああ、と苦い声で言った。
「バベルの名前、呼んでたけど…………ジラルドさん、そうだ、だめだよ、こんなところにいちゃ……」
外れの方とはいえ町中だ。
いつ誰が来るとも限らない場所だと気付き、アシェンは慌てた。


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