Don't Leave me 第四章・8



ジラルドはそんなアシェンを、たまらなくなったようにぎゅっと抱きしめて言う。
「馬鹿……! オレの心配はしなくていいんだ! だが、確かに、ここにいてはまずい」
そう言うと彼は、アシェンを軽々と腕に抱えた。
「ジ、ジラルド、さん……!?」
「オレの家に行こう。ちゃんとお前の具合も見ないと……」
まるで自分が怪我でもさせられたかのように、ジラルドの顔は青ざめている。
そんな彼の様子を見ていると、こんな時なのにアシェンは胸が熱くなるのを感じた。
声を上げることも出来なかったのに、彼は助けに来てくれたのだ。
「あり…………がと、ジラルドさん……」
礼を述べると、だがかえってジラルドは辛そうな顔になった。
「………礼など言わないでくれ」
何かをこらえているような表情に、アシェンも気が付いた。
エルゼが自分を狙った。
多分そのことには、ジラルドが関係しているに違いない。
バベルのこと、エルゼのこと、…………留守の間どこで何をしているのか。
ジラルドは結局、何一つアシェンに教えてくれていない。
今だって説明してくれる様子もない。
「…………ううん……だって、来てくれたんだもの」
それらのことを全て分かっていながら、アシェンは笑顔で首を振った。
そもそも自分たちの関係は、助けてもらったお礼にとこちらが一方的に押しかけたところから始まったのだ。
会う度肌を重ねるようになったことだって、ジラルドが親切でしてくれていること。
聞く資格などない。
巻き込まれたくないのなら、自分から離れることは出来るはずなのだから。
「ごめんね、ジラルドさん。いつも、ありがとう……」
心からの言葉に、ジラルドの眉根はきつく寄せられる。
しかし暖かな少年の体をしっかりを抱えた男の唇からは、説明の言葉はおろか「もう来るな」の言葉も出ることはなかった。


***

エルゼに襲いかかられた数日後、アシェンは迷いながらもジラルドのところへ行くために家を出た。
あれ以来警戒はしていたが、今のところ第二の襲撃が起こる様子はない。
ジラルドも気を付けておく、と言ってくれていたこともある。
何よりただ…………彼に会いたい。
寂しさや疎外感を感じないわけではない。
元気以外に取り柄のない子供である自分が、これ以上彼の世界に関わっていれば最悪の事態だって起こりえるだろう。
けれど気付けば脳裏に彼の姿が過ぎり、足は独りでにあの丘へ向かう。
何も説明してくれなくてもいい。
今以上の関係になりたいなんて贅沢は言わない。
側にいたい。
「なんだ、またあいつのところに行くのか?」
そろそろ本格的に独り立ちの準備をしているせいだろう。
本日は不在の両親に代わり、このところ家で勉強をしていることが多いカルアンが出かけにこう声をかけてきた。
「たまにはジラルドじゃなくてにいちゃんと遊んでくれよな。まあ、今日のところは勘弁してやるけどさ」
露骨に顔を赤くする弟を見送り、意地悪な兄はにやにやと笑った。
しかしこの日はもう一人、自分を物陰から見送る姿があったことに小走りに家を離れていくアシェンは気付かなかった。




ジラルドの住む小屋にたどり着くまでは、やはり緊張はしていた。
エルゼやバベルにまた待ち伏せされていやしないかと思ったからだ。
けれどいざ小屋の扉の前に立つと、別の緊張がある。
今日はジラルドはいるのだろうか。
それともまた。
この期に及んでの迷いを振り切るため、思いきって扉を叩こうとした拳が空を切る。
「あ、あっ、ジラルド、さんっ」
まさに扉を叩こうとしていた寸前、内向きに開いた扉の向こうにジラルドが立っていた。
「あっあのっ、あっ、い、いたんだ………」
構えすぎていた反動で、反射的にうつむいたアシェンは訳の分からないことを言ってしまった。


←7へ   9へ→
←topへ