Don't Leave me 第四章・12
約束の言葉をジラルドはくれる。
けれど、真実の言葉はくれない。
いつも寡黙で冷静で、秘めたる力持つ彼をこんなにも動揺させ常ならぬ振る舞いをさせている理由を教えてくれる様子はない。
「もし……」
なおも顔を伏せたまま、アシェンは小さな声でこう言った。
「もし、ジラルドさんが何か困っていて……それで僕に出来ることがあったら、言ってね」
アシェンの頭の上に置かれたジラルドの手が止まる。
それに心細さを覚えながらも、アシェンは言葉を続けた。
「僕、ジラルドさんに、恩返しをしたいんだ。いつもしてもらってばっかりで、僕……あっ」
ぎしりと激しい音を立て、寝台が大きく軋む。
背中にジラルドの体温を感じ、一瞬アシェンは体を強張らせた。
だがジラルドは愛撫を始める様子はない。
まるですがりつくようにしてアシェンの体に覆い被さり、滑らかな肩を抱いてじっとしている。
「ジラルドさん………?」
彼の震えが伝わってきて、アシェンは驚いてしまった。
「ジラルドさん、どうしたの………?」
答えはない。
けれど背中で息を殺している彼の、不安と恐れがかすかに乱れた吐息を通して感じ取れる。
「……ジラルドさん……大丈夫、だよ」
ジラルドが抱えている恐怖の理由は分からない。
背中から押さえ付けられている状態なので、抱き返すことだって出来ない。
だけどアシェンは苦労して指を伸ばし、ジラルドのたくましい腕の辺りの服をきゅっと掴んだ。
「僕…………いるよ。何の役にも立たないけど、僕、いるから……」
やはり答えはない。
ジラルドから伝わる震えはますます大きくなった気さえした。
だけど彼がアシェンの肩を掴む力は強くなり、食い込む指先は痛いぐらいだ。
だからアシェンはその後しばらくも、背中越しに自分を抱いた男に繰り返した。
側にいると。
どこにも行かないと。
***
後ろ髪引かれる思いをしながら丘を下り、家路を辿る。
「…………どうしたんだろう、ジラルドさん」
そろそろ家、という辺りまで来たアシェンは、何となく後にしてきた丘を振り返ってみた。
しばらくの間アシェンの背で震えていたジラルドは、唐突に起き上がり普段の冷静さできちんとアシェンの服を着付けてくれた。
妙なことをしてすまない、と乾いた声で謝ってはくれたけど、やはり彼の抱えた重荷を語ってくれる様子はない、
それどころか何となくよそよそしい、まるでこちらを追い出したがっているような雰囲気さえ漂わせ始めたのだ。
何も知らないくせに、思い上がって馬鹿なことを言ったのが気に障ったのだろうか。
そう思い気まずくなったアシェンは、早々に彼の家を出た。
おかしな態度ばかりを取るジラルド。
空気の重さが悲しくて、逃げるように小屋を出た自分を一瞬ひどく切なそうに見たジラルド。
「……分からないよ、ジラルドさん……」
うなだれてつぶやいてから、未練を振り切るように家へと目を戻したその時だった。
がしゃん、どたんと派手な音が家の中なら響く。
続いて戸口から転がり出て来た人影に、アシェンはぎょっとし思わず叫んだ。
「エルゼ!?」
見間違えるはずがない。
夜目にも燐光を放つかのように鮮やかな魔性の美少年が、妖しく服を乱した状態で自分の家から飛び出してきたのだ。
目を丸くしているアシェンだが、エルゼに続き家から出て来た人影にはもっと驚いた。
「兄さん!」
本日は家で勉強をしていたはずのカルアン。
それが、エルゼと同じく服を乱し顔を真っ赤にして戸口に立っている。
「ふざけんじゃねえぞ、人間様を舐めるな!」
非常に怒っているらしく、カルアンは弟の存在にまだ気付いていない。
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