Don't Leave me 第四章・15



「え!?」
心底驚いた声を出すアシェンを、カルアンは力づけるように笑った。
「お前があいつを問い詰めるのはさ、ほら、今まで仲良くして来た分難しいだろ。オレだって、あいつがわざとオレにエルゼをけしかけたなんて思ってないし……エルゼも、なんか煮詰まった末って感じだったし」
言いながら、カルアンの目はまたエルゼがいた辺りに向く。
「最近お前、元気ないもんな。ジラルドのところに行く回数も減ってるし…………何かあったんだろう?」
気にしていないように見えて、やっぱりカルアンは自分のことを気にしていたのだ。
以前よりはジラルドのところに行く頻度は確かに下がっている。
隠し事をされていることもある。
きっと表情に出てしまっていた気分の重苦しさを、今まで指摘せずにいてくれた兄と両親の愛に感謝しなければならない。
だけど…………と、胸の中にわき起こる反論の気持ちを抑えつけ、アシェンはうなずいた。
「……うん。分かった」
「よし」
満足そうに笑う兄の目は、やはりエルゼがいた方を見て動かない。
「あの…………兄さん、本当に大丈夫?」
「ああ、平気平気」
ひょいとアシェンに視線を戻し、カルアンはいつものように笑った。
「それじゃ、あれだ。…………敷布とかの始末は自分でするから、お前悪いけど割れた物とか片付けてくれるか。あいつ暴れやがってさ」
多分体液などでぐしゃぐしゃの寝具類を弟に処理させるのは恥ずかしいのだろう。
アシェンもその気持ちは分かるので、かすかに赤くなりながらうなずいた。
迫り来る夜に追われるように、兄弟はいったん家の中へと入っていく。
先に弟を家の中に入れたカルアンは、戸を閉める一瞬背後を振り返った。
「………………なんで、泣くんだよ。意味分かんねえよ……好き勝手やられたのはこっちだってのに……」
つぶやく声には戸惑いと、本人にもよく分からない不可思議な感情が同居している。
しかしすぐにアシェンに呼ばれ、カルアンは家の中に入り扉を閉めた。


***

その夜のことだった。
どうにか片付けを終え、何も知らない両親につまらない兄弟喧嘩をして幾つか家の中の物を壊したことを報告し終えた後のこと。
真夜中の室内にむくりと起き上がったアシェンは、足音を忍ばせて家の外に向かう。
「……ごめん、兄さん」
カルアンの気持ちは分かる。
自分とジラルドだけでは話しにくいと思い、同行を提案してくれたのだろう。
すでに彼だって関係者になってしまった。
話を聞く権利はあると、そう思ってもいるのかもしれない。
けれどまず、自分だけでちゃんとジラルドに話したい。
勝手なことをしている自覚はある。
でも、きっかけはやっぱり自分のことなのだ。
ジラルドとの関係を思うと、正直カルアンが同席していては話しにくいこともある。
それにカルアンに問い詰められ、ジラルドがつらそうな顔をしていたら。
…………きっとアシェンは、ジラルドを庇ってしまうだろう。
「僕…………僕、ごめん、兄さん、ごめんなさい……!」
時に意地悪にからかわれることはあっても、いつだって一番に自分のことを考えてくれた兄。
優しく暖かい両親。
町の人たち。
彼らを傷付ける原因になっているかもしれない人外の魔物のことを、なぜこんなにも好きになってしまったのだろう。
自分でも持て余してしまう激しい感情。
ジラルド本人には告げることの出来ない想いが、狂おしくアシェンを突き動かす。
いっそ言ってしまおうか。
好きなのだと。
いつもどこか寂しそうなあなたの側に、この先もずっといたいのだと……
そう思いながら町を抜け、あの丘へと足を踏み入れる。
暗い道をがむしゃらに走っていく内に、アシェンは泣きそうになってしまった。
これが最後になるかもしれない。
問い詰めるような真似をしたら、彼はもう二度と自分と会ってくれなくなるかもしれない。


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