付ける薬もないぐらい・16
その言葉に、ルーンは驚いたようにクルーガーを見つめる。
限りなく頭は悪いがだからこそ限りなく純粋に透き通った、その目に見つめられクルーガーは口ごもった。
思えばあれは何年前か、すでに売り先を決める段階に入っていたルーンを見た時も彼はこんな風に自分を見た。
積極的に、どうしてもこの子を救いたいなどと思ったわけではない。
だが誰も引き取り手がいないのならと、そういう消極的な気持ちで育て親として名乗りを挙げたのだ。
後で山ほど後悔もしたが、それでも気持ちはいつも最初の時に戻って来た。
大してお人よしでもないはずのクルーガーにそういう気持ちを抱かせた、それはルーンの功績である。
「そりゃ義務感がなかったとは言わないが、今では、まあ……」
もごもごと語尾を濁したクルーガーは、少しの間を置いてこう言った。
「…………オレが言っている意味、分かってるな」
相手に答えを出させようとする、ずるい言い方にルーンは困惑した表情になる。
珍しく弱ったような彼の口調に少しだけどきどきしながら、一生懸命考えてみた。
「えと……」
困り顔の師匠を同じく困った顔で見つめ、ルーンは小さな声でつぶやいた。
「師匠、やっぱり、オレのこと要らない……?」
「あああああ」
案の定な答えにクルーガーは頭を抱えた。
だが、ルーンの察しの悪さは彼が一番よく知っているのである。
もう何年もずっとずっと、怒りながら捨てて来ようと思いながらいっしょにいたのだから。
「ししょ、あの、違う……?」
おろおろするルーンに苦笑いを返し、クルーガーは真面目な顔になってこう言った。
「恩返しのつもりなら、まだ当分はオレの側にいろよ」
またびっくりした顔になったルーンから目を逸らし、彼は怒ったように吐き捨てる。
「ちょっと目を離すと女になってるような馬鹿弟子、おちおち手放せるか、馬鹿。オレの教育が疑われる」
クルーガーを見つめるルーンの表情がぱあっと晴れていく。
大きな瞳を喜びに満たし、彼は掛け布団を跳ね上げて師匠に抱きついた。
豊満な胸が押し潰されるのにも構わず、クルーガーに自分の体をこすり付けるようにして顔いっぱいの笑顔で笑う。
「ししょ、大好き…………!」
「……知ってる」
ふて腐れたようにつぶやいたクルーガーは、やけになったようにルーンの頭をぐりぐりと撫でた。
***
「なんであれで治らないんだ……」
ルーンがふたなり化してから十日目の夜。
つてを頼って探して来た、古文書の部類に入る古い書物をめくりながらクルーガーは自室でうなり声を上げている。
産み付けられた卵は全部排出したはずだ。
処置の方法まではどの本に載っているのも大抵同じ。
後は放っておけば徐々に変化した体は元に戻る、という記載も同じ。
なのにルーンの体は一向に少年に戻る気配がない。
「くそっ、薬師の能力だけじゃ限界か……こりゃ王宮の連中にでも頼るしかないのか…………?」
あまり取りたくない最終手段についてぶつぶつと零しているところに、師匠、という声が聞こえた。
「ししょ、あの…………まだ、寝ないんですか?」
険悪な表情のまま振り返れば、そこには寝巻き姿のルーンが立っている。
村の人間に頼み、女性用の服を何枚か手に入れたので胸がきつくて前が止まらないということはもうない。
ただし色味も形も女性用の服を着込んでしまうと、ルーンの見た目は完全に少女だ。
しかし幼い顔立ちとは裏腹な起伏の激しい体付きが、何とも言えない危なっかしい雰囲気を作り上げている。
「いや、もうそろそろ寝るが」
険しい表情を意図的に緩め、出来るだけ優しい声を出したクルーガーにルーンは小さな声で言った。
「…………ししょ、あの、また、オレ…………」
震えを帯びた声によく目を凝らせば、ルーンの顔は薄赤く染まっている。
出来るだけ体の線が見えない服を選んできているはずなのに、その乳房は張り詰めとがった乳首が薄い布を押し上げているのが分かった。
クルーガーは無言で立ち上がる。
いまだ体が元に戻らないせいだろうか。
全ての卵を出し切ったはずなのに、化け物が残した後遺症はいまだルーンの体に留まっている。
「――おいで」
師の呼び声に恥ずかしそうにしながら、ルーンはその側に近寄った。
引き寄せられ、口付けをされ、すでに屹立した乳首を指先で愛撫されると甘い声が漏れた。
「ん、あぁ……、ししょっ…………」
精子を欲しがる浅ましいメスそのもののよがり声。
その声を更に引き出すために、クルーガーはルーンの寝巻きを強引に取り去っていく。
…………いっそ、このままでもいいのかもしれない。
薬師たる身には相応しくない思いが脳裏に浮かんでは消える。
付ける薬もない思いを振り切るように、彼は弟子の体に没頭していった。
〈終わり〉
***
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