付ける薬もないぐらい 第二章・1



昼下がりの小さな村外れの小屋の中、ふと思い付いたように立ち上がった薬師クルーガーはこう言った。
「食い物が切れて来ていたな。ちょっと村に分けてもらいに行って来る」
師匠である彼が告げた言葉に、その弟子であるルーンもぱっと立ち上がった。
勢いで手にしていた薬草でいっぱいのかごをひっくり返しそうになるが、何とか踏みとどまって嬉しそうな声を出す。
「師匠、オレも行きます!」
元気の良い返事をした馬鹿弟子を、戸口に立ったクルーガーは三白眼でじろりとにらんで言った。
「だめに決まってるだろ馬鹿」
にべもない一言にしゅんとうなだれるルーンの胸は、大変ふくよかにふくらんでいる。
どじで気が利かない痩せっぽちの少年の身から、どじで気が利かない痩せっぽちの胸だけ豊かなふたなりの身になって早半月。
魔物に産み付けられた卵を排出したにも関わらず、彼の体は一向に元に戻る気配がない。
「やっぱり、オレがこんなだから……?」
女性器を備えて以来、ますます大きく潤みがちになった青い瞳が悲しそうに己の胸元を見つめた。
「…………まあ、そういうことだ。お前だって、変にからかわれたりじろじろ見られたりするのは嫌だろう」
ため息混じりにクルーガーはそう言った。
普通の娘と比べてもいささか豊か過ぎるルーンの胸のふくらみは、ちょっと厚着をしたぐらいでは隠せない。
だからこのまま出て行けば、その身に起こった変化は誰の目にも明らかになる。
当然好奇の視線は免れまい。
元からどじで頭がよろしくない上に身寄りのないルーンは、村の悪童たちの格好のからかいの的なのだ。
性別に関わらず、彼もまだまだ遊びたい盛り。
たまにしか行かない村について来たがる気持ちは分かる。
けれどからかわれて恥ずかしい思いをするのも、結局ルーン自身なのだ。
「………はい、分かりました。行ってらっしゃい、薬草の選別しときますね…」
ルーンもクルーガーの心中は分かったのだろう。
案外素直に引き下がり、またかごへと視線を落とした。
目に見えてしょんぼりとしたその姿に、クルーガーは深々とため息を吐く。
戸口から戻って来た彼は、ルーンの手元からひょいとかごを取り上げた。
驚いて上げた顔を見つめ、ばさばさの黒髪をかき上げながら言う。
「お前一人に選別をやらせておいて、毒草でも混ぜられちゃかなわんからな。出来るだけ体の線が出ない服に着替えるんだぞ」
たちまちぱあっと顔を明るくしたルーンは、それは嬉しそうにこう言った。
「大丈夫です! まだ全然終わってないですから!」
朝からやらせていたはずの仕事に対する報告に、クルーガーは黙って弟子の亜麻色の頭を一つ叩いた。


***

小さな村の門とも言えない門を潜り、顔を出した薬師師弟に村人たちはたちまち集まって来る。
「クルーガーさん、先日はありがとうございました! これから寒くなります、よろしければこれを着て下さい」
「これ、うちの畑で今朝取れたものです。良かったら…」
「小魚で申し訳ないですがこれをどうぞ。内臓を取って日干しにすれば日持ちしますよ」
手に手に食料やら生活用品やらを手にした彼らは、クルーガーが何か言う前にその手に品物を渡していく。
「ああ、ありがとうな。助かる」
クルーガーは一人一人に礼を述べ、横に控えていたルーンの抱えたかごに手際良くそれらの物を詰めていった。
小さな村には貴重な薬師として、クルーガーは非常に重宝がられている。
ついこの間も一種の熱病に倒れた大勢の人々を、自分も寝込みそうになりながら救ったばかり。
山賊のような見た目を持ち、口が悪くて短気だがその腕は折り紙つきだ。
おまけにクルーガーは一応支払いは要求しても、いついつまでと期限を切ることがない。
特に貧しく、返済能力のない相手と見れば最初から「出世払い」と明言し金額さえ言わないこともあった。
だから村人たちは、彼が顔を見せれば寄ってきてこうやって色々な物を渡していく。
クルーガーも暗黙の了解でそれらを受け取り、そしてひとたび急患が出ればただちに駆け付けるのだ。



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