付ける薬もないぐらい 第二章・2



少なくともルーンがクルーガーの弟子となった時からずっと、この関係は続いていた。
彼は元々この辺りの者ではないのだと、ルーンは誰かに聞いたことがある。
その腕の良さ、薬学に関する知識の豊富さから、王宮付きの薬師だったのではないかといった噂まであった。
さすがにそれはないだろうという話ではあるが、遠方の金持ちがクルーガーをお抱え薬師とするために人を寄越したことだってあるのだ。
いつか彼は、その能力に相応しい場所で活躍するためにここを去ってしまうかもしれない。
村人たちも、そしてルーンも、ひそかにそれを恐れていた。
「おい、何をぼさっとしてるんだ」
不意にクルーガーに呼びかけられてルーンは物思いから覚めた。
気付けば群がった人々はだいぶ数が減っていて、手の中のかごはその分重みを増している。
目立たないようにと釘を刺され、胸を荷物入れのかごで隠していたせいだろう。
村人たちのお目当ては基本的にクルーガーであることもあり、ルーンがふたなり化したことは現時点ではばれていないようだった。
「あっ……、わわっ!」
しかし急に声をかけられたルーンは、驚きに手にしていたかごごと身じろいだ。
その拍子にいくつか入れてもらっていたいもが、ころころと転げ落ちあらぬ方向へ転がっていく。
「あ、あっ! 待って!」
慌てたルーンは反射的にかごを抱えたまま、いもを追いかけて走り出した。
「おい、ルーン!」
クルーガーの叫びが聞こえたが、ルーンは止まらずにそのまま走って行ってしまった。




てんてんと転がり続けるいもを追いかけ、捕まえたと思ったら、また別の野菜がかごから転がり落ちる。
いったんかごを置けば良さそうなものだが、そこにルーンは頭が回らない。
「もらった物なんだから、落としちゃだめ…………!」
唯一人より優れた点と言えるがんばり具合を発揮し、必死になってどれぐらい走っただろうか。
「おう、なんだルーン、また物乞いに来たのかぁ?」
かごを抱えてはあはあと息を荒げているルーンに声をかけて来たのは、村の少年たちの集団だった。
先頭の、一際体格の良い鳶色の髪と瞳をした少年はヒースという。
意地悪でいたずら好きな彼は村一番の問題児であり、何かにつけルーンをからかう一人でもあった。
天敵の登場に、ルーンはひっと息を呑む。
同じ年頃とは思えぬ身長と体格を備えた少年は素早くルーンに近寄り、こう言った。
「またこんなに……ふん、クルーガーのおっさんもうまいよな。いい奴ぶって、馬鹿な連中から貢物集めてさ」
一瞬きょとんとしたルーンは、ヒースの顔を見つめて言い返す。
「し、師匠はいい人だよ!」
ヒースが言うような言葉は、しばしば他の村人からも聞くことがある。
はたから見れば確かに、クルーガーの行いは偽善的に見えるのかもしれない。
しかし偽善であろうがなかろうが、彼が大勢の人々を救って来た事実は変わりない。
何よりルーンは一見山賊のような見た目のクルーガーが、実は大きな優しさを持っていることを知っている。
馬鹿でどじで気が利かず、ちょっと目を離したらふたなりになっているような自分を彼は変わらず側に置いてくれているのだ。
自分のことならいい加減聞き慣れているが、師匠の悪口を言われるのは我慢出来ない。
「…………何だよ、生意気だぞ」
ちょっと突付けばすぐ逃げ出すはずのルーンの思わぬ反抗に、ヒースは苛立った顔になる。
「何だよこんな物!」
強い力でかごを引っ張られ、ルーンは慌てた。
「だ、だめ、また落ちるっ……!」
必死になってかごにしがみ付いたルーンは、いつしかヒースとその仲間たちの目線が自分の体に注がれていることに気付かなかった。
「お前、なんだそれ? 胸にまで物入れてるのか?」
幾らなんでも本当に胸がふくらんでいるとは通常考えないだろう。
かごだけでなく、胸にまでもらった物を詰めているのかとヒースは馬鹿にした声を出した。


←1へ   3→
←topへ