付ける薬もないぐらい 第二章・8



「いでっ……!」
「オレがどれだけこいつの面倒を見てきたと思ってるんだ」
よほどの激痛なのだろう。
頭を押さえてしゃがみ込んだヒースを忌々しそうに見ながら、クルーガーは言った。
「顔見りゃつついてからかうだけのお前にそんな権利があるか。毛が生え揃ったら金を握って、それなりの店に男にしてもらいに行け。じゃあな」
からかいにヒースはかあっと顔を赤くする。
童貞であることを揶揄されて、ますます引っ込みがつかなくなったらしい。
「な、なんだよ、よそ者が俺たちが作った物にたかりやがって! 覚えてろよ、もううちの家からはあんたに食い物なんか出さねえからな!」
すでに十歩ほど歩いていってしまっているクルーガーは、もう振り向きもせずにこう言った。
「了解した。お前の家からのもらい物は受けないように今後注意しよう」
冷たくつぶやく彼の腕の中、ルーンはこわごわとその顔を見上げる。
もう怒っているという風でもなく、クルーガーの顔は無表情に近かった。
「その代わり、今後何の病気にかかろうと俺はもう知らんからな。ヒース、お前の一物に出来たでっかいおできを俺がきれいにしてやった恩を忘れるなよ」
眉一つ動かすことなく言い切ると、クルーガーは沈黙している少年たちを置いてさっさとその場を立ち去った。


***

小屋へと戻る道すがら、ルーンはおずおずと師匠に話しかけてみた。
「あの、ししょ、他の、食べ物……」
「持ち手が一人になってさばき切れなくなったんでな。後で誰かが届けてくれる」
回答自体はちゃんと返って来た。
しかしその目はルーンを見ることはない。
「あ…………あの、オレ、平気、重いでしょ? 降ろして……」
これは無視。
クルーガーの腕は緩むことはなく、ルーンは強いその腕に抱えて運ばれていくことしか出来なかった。
やがてとうとう小屋が見えて来た時、彼は泣きそうな小さな声でこう言った。
「…………ごめん……なさい。オレ、もらったの、落としちゃだめだと思って……」
言葉が終わる前に、すとんと地面に降ろされる。
いつの間にか二人は小屋の中に入っていた。
まだ黙ったまま、クルーガーは静かに扉を閉める。
怖くて顔を上げられないルーンの頭にまずため息が降って来た。
続いて伸びて来た大きな手が、くしゃくしゃと亜麻色の髪をかき混ぜる。
「悪かった。やっぱり連れて行くんじゃなかったな」
後悔の響きを帯びた声に驚き、顔を上げればクルーガーの苦々しい表情が見えた。
「すぐに追おうと思ったんだが、村の連中に囲まれちまってな。しばらく回診もしていなかったから、じじばば連中があれはどうだこれはどうだとうるさいし」
クルーガーが訪れれば、体調不良を訴え診てもらおうとする者は多い。
今回も、ルーンは転がった野菜を追っていっただけなのだ。
いくらどじでも危険な目に遭うことはなかろうと皆は思ったのだろう。
ルーンがふたなり化していることを思えばクルーガーの血の気は引いただろうが、かといって無下に振り払うことも出来まい。
だって彼はよそ者。
ヒースの言うように、平穏にこの地にとどまるにはそれなりの対価を支払わねばならない存在なのだから。
「師匠…………!」
いきなりルーンが抱き付いて来たので、クルーガーはぎょっとした顔になった。
「師匠、師匠ごめんなさい、行かないで、どこにも行かないで!」
更にはそんなことまで叫ばれて、訳が分からない彼は思わず尋ね返す。
「な、おい何だ、いもを追ってどこかに行ったのはお前だろう?」
最もな言葉にも、感情が昂ぶり切ってしまっているルーンにはあまり通じた様子がない。
「だって、だってッ、ごめんなさい、オレ、オレ分かってなかった、オレが変に見られたら、師匠も変に見られるんだって……!」
ふたなり化した姿を見咎められれば、ルーン本人にはもちろん好奇の視線が向けられる。
しかしその視線はやがて、師匠であるクルーガーにも向くに違いないのだ。
「なのにわがまま言って、ついて行って、本当に、本当に……!」
「…………まあ、それもあるかもな」
苦笑したクルーガーは、あやすようにゆっくりとこう言った。


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