付ける薬もないぐらい 第二章・15
「だから、そんなに気にしないでくれ。心配しなくてもあんたの家族だけ差別したりしない、オレの手が必要ならいつでも言ってくれ。ああ、じゃあな」
思わず外の景色を覗き込もうとするルーンをぐいぐい中へと押しやりながら、クルーガーは早口にヒースの父親との会話を終了させる。
どうにかこうにかヒースの父は去ったらしい。
大きなため息を吐きながら、クルーガーはやっと小屋の中に戻って来た。
「師匠、今の人…」
「ああ、ヒースの親父だよ。あのガキゃちっとは応えたようだな、親父に泣きついたらしい。親父も親父で自分のガキのせいで村八分にされちゃたまらんと、びくびくしながら謝りに来たわけさ」
貴重な薬師の機嫌を損ね、村人の看病をしてくれなくなったら困る。
まして事の発端が自分の息子の不始末となれば一大事だ。
青くなったヒースの父は、村人たちがクルーガーに渡そうとしていたものに加え食料品と現金まで持って謝罪に来たのだと彼は不愉快そうに説明した。
「ふん、謝るたってぺこぺこ頭を下げるだけで具体的なことは言いやしねえんだ。おまけにヒースの馬鹿がどう言ったか知らねえが、ルーンが悪いだのなんだのと」
感情に任せてしゃべっていたクルーガーは、失言に気付いてはっとした顔になる。
ルーンも自分の名前が出たことに驚き、思わずこう尋ねた。
「オレが、なに?」
「…………ああ、くそ」
がりがりと頭を引っかいたクルーガーだが、いずれ聞くこともあるかもしれないと思ったのだろう。
思い切った様子で、それでも多分に皮肉っぽい口調でこう言った。
「お前のその、体がな。理由は分からないにしても、あんな年頃のガキなら興味を持って当たり前だと。ヒースのクソマセガキ、オレがお前を引き取ったのもゆくゆくは女にして遊ぶためじゃないかとは抜かしたらしいぞ」
吐き捨てるようにつぶやいたクルーガーは、まだ腹立ちが収まらないのだろう。
険しい顔付きをますます山賊めいたものにしながら、ぶつぶつと悪態を吐く。
「ったくガキもひどいが、親父があのざまじゃ無理もない。たっぷり説教はしといたが、あいつらにはいずれきつい仕置きが必要だ。女になってお前がどれだけ大変だったか、知りもしないで……」
ひとしきり苛立ちを吐き出したクルーガーは、きょとんとしているルーンを見た。
「…………なんだお前、のほほんとした顔をして」
「え?」
目をぱちくりさせるルーンの鈍い反応に、クルーガーはますます苛々した顔になった。
「怒れよ」
「え、ええ?」
「おもちゃにするために引き取られたなんて言われてるんだぞ、お前。怒っていいだろう!」
「だ、だって……」
師匠の剣幕に当惑しながら、ルーンは良くない頭を一生懸命巡らせる。
「えと…………あの、だったらちょっと、嬉しい、かも……」
「はあ?」
完全に予想外の回答だったらしい。
怒りを忘れ、間抜け顔をさらす師匠にルーンは真面目な口調で答えた。
「だってそれって、師匠がオレに価値があるって思ってくれてるってことですよね?」
どじで馬鹿で気が利かない。
何をやらせても役立たず。
そんな自分のことを、クルーガーがどのような用途であれ「使える」と思ってくれる。
だったら例え彼がこの地を離れるつもりになったとしても、いっしょに連れて行ってもらえるかもしれない。
「オレ、全然役に立たないわけじゃないなって……師匠?」
思い付きに瞳を輝かせ、妙に嬉しそうに語るルーンを前にクルーガーはがっくりとうなだれていた。
「…………オレはたまに、お前は本当はとてつもなく大物かもしれないと思う時がある……悔しいが」
苦笑いした彼は、思い出したようにルーンの寝癖の付いた髪をそっと撫でてやった。
くすぐったそうな表情をするそのあどけない顔を見やり、クルーガーは複雑な瞳をする。
「まあ…………なあ。だがお前はやっぱり男なんだ。化け物に妙な真似をされてこんな風になっちまったんだし、この先どうなるか分からない」
手の平の下で心地良く滑る髪を撫で続けながら、彼はつぶやいた。
「本当は、その、なんだ、あんまり抱いたりしない方がいいのは分かってるんだけどな……前はとにかくとして、後ろはなあ。男でも使えちまうし」
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