要姫 第二章・4
「ナイア様、クラウディオ殿ですよ?」
真顔でそんな風に言う彼のものに串刺しの状態で、ナイアは必死に首を振った。
「ク、クラウディオでも、誰でもッ、こ、こんな、私、嫌、見られたくないっ………!」
ナイアとしては当然の反応だ。
ランクーガを滅ぼした仇敵だとかいう以前の問題である。
このような場面を他人に見られて平然としていられるはずがない。
アレクシもアレクシで、これがクラウディオでなければ別方向に極端な反応を示すはずなのだ。
ナイアを公然と妻と呼ぶ彼は、美しい要姫を独占することに心を砕いていた。
その嫉妬心の強さは、使用人達がナイアを直視することすら禁じるほど。
おかげでナイアはバルトフェルトに来てからというもの、アレクシ、それにクラウディオ以外の人間とまともに口をきいたことがなかった。
万一今この場へ使用人などが踏み込んできたのなら。
アレクシは騎士の名に相応しい剣技、もしくはクラウディオに与えられたと思われる理術の力で相手をばらばらに切り刻んでしまうだろう。
なのにクラウディオに対してはこの態度。
思えば要の神殿で犯されたあの時だって、アレクシは彼という観客を当然の存在のように扱っていた。
姿を見ることはもちろん、実際にクラウディオがナイアに触れるその時まであからさまに不機嫌になったり邪険にしたりはしなかった。
焼かれた顔を修復し、新しい力を与えてくれたいわば恩人であるとしてもだ。
他の人間達へとは一線を画したアレクシのクラウディオへの態度には、明らかに不自然な部分がある。
こういった彼の反応も、ナイアがアレクシが変わってしまった、クラウディオに変えられてしまったと思えてならない理由の一つだった。
しかし肝心のアレクシ本人に、自分の不自然な振る舞いに対する自覚は皆無らしい。
「ナイア様、落ち着いて下さい」
「そうですよナイア様。どうぞ私のことはお気になさらず」
含み笑いをしながらクラウディオはそう言った。
本気でナイアの反応に戸惑っているようなアレクシに対し、彼の表情はどう見てもそらっとぼけているもの。
ナイアの示す、常人なら当たり前の激しい羞恥。
そして巫女姫の当然の反応を当然のものとして認識できない、アレクシの妙な態度をまとめて笑っているに違いない。
「しかし、どうされました。本日は、申し訳ないですが私はお休みを頂いているはずなのですが」
アレクシが言う通り、夕べから彼はずっと宮にいてナイアの体を貪っている。
バルトフェルトに連れて来られて以降、ナイアはこの宮に軟禁状態。
しかしアレクシはクラウディオの口添えで、バルトフェルトの王宮に仕官しているようだった。
そのため時には数日ほども宮に帰ってこない時がある。
元々アレクシは、ランクーガ王に濡れ衣を着せられるようなことさえなければ非の打ち所のない騎士だったのだ。
バルトフェルトに来た後も、その能力とランクーガの情報を持つことを重宝されてだろう。
普通なら敵国の人間が王宮に仕官するなど考えられない。
例え理術師として名高いクラウディオの口添えがあったとしてもだ。
この点でもナイアは、彼がアレクシに何かをしたのだと考えていた。
アレクシが絶対にバルトフェルトに楯突かないと断言できるような何か。
おそらくは精神を操作するような処置を施されたせいで、きっと彼は変わってしまった。
「ええ、実はどうもランクーガの一部の兵の生き残りが反乱を企てているといった話がありましてね」
クラウディオの思わぬ言葉に恥ずかしさも忘れ、ナイアは蘇った目を見開いた。
…………バルトフェルトに血も涙もなく蹂躙され尽くし、ランクーガ王国は壊滅した。
最後の砦だった要の巫女姫が力を失った上、元騎士の手引きにより大陸最大の理術師が王宮内に侵入を果たしたのだ。
その日の内に王は首を落とされ、王宮は陥落。
その後はただただ、阿鼻叫喚の一方的な略奪と殺戮が繰り広げられたと聞いている。
「反乱?」
さすがに目付きを鋭くするアレクシを、クラウディオは意味ありげに見て言った。
「ええ………しかも奴らは、王宮近辺に姿を見せているなどといった話もありましてね。ですからまさかとは思いましたが、一応私がこちらにご様子をうかがいに来たのです」
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