要姫 第二章・5
含みの感じられる口調にナイアはぴんと来た。
クラウディオは、アレクシとナイアの裏切りを懸念している。
ランクーガの反乱兵が二人と手を結び、バルトフェルトに剣を向けるのではないか。
あるいはそういった疑念を抱いた誰かの差し金で、ここへ様子見に来たのだろう。
「なるほど。ナイア様がこちらにいらっしゃると聞いて馬鹿なことを考える連中はいるかもしれませんね。あるいは……裏切り者の私を粛正しようなどと考えているのか」
だがアレクシがつぶやく言葉は、己が疑われているとは微塵も感じてないようなものばかり。
「ご心配をかけて申し訳ない、クラウディオ殿。ですがこの宮の警備は万全です。私もですが、ナイア様には誰にも指一本触れさせはしません。ご安心を」
ナイアの中に自身を突き入れたまま、彼は生真面目な口調で言う。
こういう言葉だけを聞くと、アレクシは悲しいぐらいにナイアの覚えている彼のままだ。
クラウディオもその言葉に嘘はないと思ったのだろう。
にっこり笑ってうなずいた。
「そうですか。それは良かった。ですが、万一見かけた際には」
「承知しております。ランクーガの民は私やナイア様の不幸も知らず、のうのうと平和を享受してきた者たちです。これ以上我々を害しようなどとは………許しておけない」
暗い怒りの込められた台詞にナイアはびくりとしてしまう。
確かにランクーガの民は、アレクシやナイアが王にどのような無体を受けてきたか知らないだろう。
しかし彼らは本当にただ「知らない」のだ。
悪気があって二人の不幸を見過ごしていたわけではない。
王宮内の事情など生涯知らされることのない彼らにとって、要姫がランクーガを守るなど当たり前のこと。
騎士の職にあるアレクシも同様だ。
何をしているか知らないが、きっときれいな着物を着て優雅に暮らしているんだろうねえ。
その程度の認識だろう。
無邪気な彼らの認識ごと、守らなければいけない立場にナイアはいた。
ナイアの暮らしも彼らの労力の上に成り立っているのだから。
アレクシだってそんなことは分かっているはずなのに。
以前の彼なら口にするはずのない言葉に、思いがけないほど強く心が震えたのが分かった。
「そのようなこと…………おっしゃらないで下さい」
思わず一言、そう言ってしまった。
「ナイア様?」
怪訝そうなアレクシに、ナイアは一度は無惨に潰された瞳を向けた。
「そのようなこと、おっしゃらないで。私も、アレクシ様も………ランクーガの民の平和のために、要の神殿で努力をして来たはずです……」
祖国を守るために。
自分を縛るための大義名分だと分かっていても、王に繰り返しすり込まれた「国のため、民のため」という言葉はナイアの芯に今でも残っていた。
実際生まれてすぐに王宮に売られたナイアが、民のことをちゃんと知っているわけではないのだ。
だがだからこそ、憧憬にも似た不思議な庇護欲のようなものが胸の中にある。
自分の力により、彼らは平和に暮らしていけるという一種傲慢でもある自負。
そういったものがなければ、例えアレクシが側にいてくれても永遠に続く要姫の重責には耐えられなかっただろう
けれどアレクシは、ナイアのそのような態度にいささか機嫌を損ねたようだった。
「私たちの不幸は民のためなどではない」
暗い怒りの込められた声が今度はナイアに向けられる。
美しい緑の瞳の奥で、冷たい青い火が燃えているように感じられた。
「王のためです。王のせいです」
焼かれた痕跡など全く残っていないアレクシの表情が歪む。
今は亡きランクーガ王のことを口にする時、決まって彼の顔はかつて焼かれた時のことを思い出したかのように醜く引きつれる。
「あなたはもう要姫ではない。民のことなど考える必要はない…………!」
いきなり乱暴に引き寄せられた。
深くに潜り込んでいた彼の男根がぐぐっと大きさを増し、内壁をえぐる。
短く声を詰まらせたナイアの太ももをすくい上げるようにして、アレクシは白い体を敷布の上に押し倒した。
「あんっ…………!」
そこを引き裂くような勢いで、深々と根本まで埋め込まれた。
そのまま始まった激しい抜き差しに、ナイアの体はがくがくと揺さぶられる。
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