要姫 第二章・9
押し殺したような声にもクラウディオは笑みを絶やさない。
「私が? いえいえとんでもない。私にそのような力は」
「とぼけないで下さい! あなたが、あなたがあの方をそそのかして、こ、このように……っ」
己の現状を訴えようとした瞬間、今更のような羞恥が蘇ってきた。
「このように。まあ、そうですね。失礼ながら、なかなか刺激的な眺めです。全く目の毒で」
アレクシの精液に内股を濡らした卑猥な姿。
その全身をわざとらしいしぐさで一瞥され、体がかっと熱を持つ。
黙り込んでしまったナイアをおかしそうに見た後、クラウディオはいきなりその肌に手を伸ばしてきた。
「何を……!」
うわずった声を上げるナイアに構わず、彼の手はナイアの腹部に触れる。
性器に触られることを予見して緊張する要姫に構わず、クラウディオは妙に慎重な手付きで平たい腹を撫で続けた。
おまけに理術の波動まで感じ、ナイアは予想と違う理術師の動きに怪訝そうな顔をする。
アレクシのいぬ間に間男めいたことをする気かと思ったが、どうもそうではないようだ。
「まだ御子を孕んでいらっしゃる様子はないですね」
ようやく手をどけたクラウディオの声には、わずかばかりの落胆が込められていた。
決して大きな反応ではなかったが、普段がにこやかな笑顔の仮面の下に真意を隠している男である。
珍しい反応に我知らずまじまじとその整った顔を見てしまうナイアと、彼の紫黒の目が合った。
「おまけにアレクシ殿のおっしゃる通り、なぜかあなたの中にはまだ要姫の力が残されているようだ。さすが歴代一の力を持つと噂の巫女姫。王にも他の男達にも、アレクシ殿にもあれだけ犯され尽くしてなお神の寵愛を受けていらっしゃるとは」
相変わらずほめているのか馬鹿にしているのか分からない物言いだ。
赤くなって瞳を逸らすナイアを、彼はそのまま見つめて独りごちる。
「そういうあなただからこそ、価値があるとも言えましょうが。もしや要姫のお力で、妊娠を拒んでいるのではないでしょうね?」
「そ、そんなこと……知らないっ………」
思わぬ言葉にナイアは首を振った。
確かにこの身の中にはまだ、巫女姫としての力がわずかばかりは残されているようだ。
処女でなくなったあの時に失われたはずだったのに、要の神殿にてクラウディオに刃向かう一瞬絞り出されたこの力。
けれどあまりにもわずかばかり過ぎるそれは、ナイア自身の意思では容易に発動さえ出来ない。
第一そんなものが自由に使えるのなら、今この時クラウディオの前に無惨に犯された姿を放置しているものか。
「そうでしょうね。そうしますとやはり単に要姫が妊娠しにくいだけか、それとも無意識に妊娠を拒んでいるのか…………やれやれ、アレクシ殿に何の不満がおありですかな、ナイア様は。あなたも彼を想っていたとお聞きしましたが、違いますか?」
からかうような言葉にナイアは、先の自分の質問へのまともな答えを聞いていないことを思い出した。
「……私が好きなのは…………私が好きだったのは、あんな、あんな冷たい、ひどい言葉を使う人でも……わ、私を、だ、抱いたりするような人では、なくて……」
彼は私を抱いたりしない。
自分が発したはずの言葉が、自分の胸を冷たくしていくのをナイアは感じた。
ふたなりの化け物。
聖なる力を持っているのでなければ、生まれた瞬間に殺されたはずの醜い生物。
そうと罵られながら犯され続けた恥ずべき過去をアレクシに知られてしまったら、もう生きていけないと思っていた。
いつでも優しく誠実な仮面の騎士。
彼が自分に仕えてくれるのは、自分が汚れなき要の巫女姫だと信じているから。
その木訥で純粋な忠義には値しない身だと知っているからこそ、アレクシの忠義を失いたくないと身勝手に考えていた。
「あなたが……あの人を変えてしまった。例えどのような不遇に追いやられようが、あの人は黙ってそれに耐えていた。それなのに」
「おやおや、あなたもランクーガの王と同じですか」
さも軽蔑したようにクラウディオが鼻で笑う。
よりにもよってランクーガ王を引き合いに出されたことに衝撃を受け、瞳を見開くナイアに彼は更に冷たく言った。
「つまりはアレクシ殿には誠実な騎士として上位者に従順に仕える、それ以外の生き方は許されないというわけだ。どれだけ人間が出来ていようが彼も人の子。人並みの欲望を抱くこともあるでしょうに」
←8へ 10へ→
←topへ