要姫 第二章・11



だがアレクシ同様、王からの覚えがめでたいとは決して言い難い男だった。
漁色家で横暴な振る舞いを繰り返す国王に対し、公然とした非難を繰り返してきた男でもあるからだ。
しかし武勲と一本筋の通った物言いにより、兵士達からの信頼は絶大。
そのため王も彼をアレクシのように失脚させることが出来ないのだと、誰かに聞いた記憶がある。
「……これは、失礼」
ナイアの姿を見るやいなや、ソーンは思わずといった調子でぼそりとつぶやいた。
ナイアも彼の発言で、自分がどんな格好を彼らの前にさらしているのか気付く。
だが気まずい沈黙が流れたのも一瞬のこと。
要姫の目が、という部下の一言にソーンもはっとした顔になった。
「…………目が……そうか、さてはクラウディオか」
瞳をつぶされた経緯までは知らないだろうが、ソーンほどの重職にある身なら当代の要姫が目が見えないはずと知っているのだろう。
同時にそれを癒した男にも心当たりがあるようだった。
「くそ、それではもう子が出来た後か」
舌打ちをしたソーンは素早く辺りに目を配った後、おもむろに手にしていた剣を振り上げた。
警備の兵士か誰かの血にまみれた白銀のきらめきが視界を過ぎり、ナイアはぎくりと身を硬くする。
「気の毒な面はあるが、仕方がない。これ以上バルトフェルトに力を付けさせるわけにはいかん」
淡々とそう言うと、ソーンは振り上げた剣を無造作に振り下ろしてきた。
熟練の戦士の卓越した剣が奇妙にゆっくりと自分に向かってくるのを感じながら、ナイアは混乱の極に陥っていた。
ソーンたちは一体どうやってここへ。
なぜ自分を殺そうとする。
自分が妊娠しているかどうか、そんなことをなぜ彼までが気にする?
「いッ………、いやァ――……!」
気付けばナイアは叫んでいた。
その叫びに乗って、懐かしくも厭わしい感覚が全身を抜け出てソーンに向かう。
「うわっ!」
「なんだ、力を失ったはずじゃ…………!?」
ソーン、及び彼の部下達の混乱した叫び声。
ナイアの中に残されていた要姫の力が、主の危機に際して発動したのだ。
侵入者達は衝撃に打たれて後方に吹っ飛び、同時にナイアを戒めていた理術の鎖も弾け飛んだ。
無我夢中で起き上がったナイアは、荒い息を押さえながら寝台を飛び降り壁際へと逃げる。
「くそっ! どういうことだ、アレクシの奴、ナイア様を妻としたと……」
取り落とした剣を拾い上げながら、ソーンは忌々しげにうめいた。
だが全裸で壁にすがるナイアを見つめ、彼は困惑した声を出す。
「しかし…………なぜだ。毎日のように散々楽しんでいると……」
そう言うソーンの目が、自分の太ももの辺りを這うのにナイアは気付いた。
わざとにアレクシが拭き取っていかなかった彼の精液が、動いた弾みにあふれ出し肌を濡らしているのだ。
込み上げた羞恥に頬がかっと熱を持つ。
思わずしゃがみ込んでしまいながら、ナイアは必死になって叫んだ。
「ど、どうして…………将軍、なぜ、私をッ」
言いながら間抜けな質問をしていることに自分で気付いた。
ランクーガの民にとって自分とアレクシは裏切り者の筆頭。
アレクシの手引きを受けてランクーガ王宮に潜り込んだクラウディオは、名高い騎士と要の巫女姫がバルトフェルトについたと声高らかに宣言した。
無論ナイアは違うと言ったが、そのようなことあの理術師が外部に漏らすはずがない。
何よりナイアはとにかくとして、アレクシも堂々と人前に出てランクーガ王の暴虐に耐えかね祖国を裏切ったことを語ったのだ。
それにより生き残ったランクーガの人々の抵抗の気力は萎えた。
突然王宮の表舞台から消えた美々しい騎士のことを、民はとにかくある程度の地位にある者たちは知っていた。
王の嫉妬をかい、謂われなき罪のために追い払われた騎士が要姫の守護騎士となっていたことも。
その彼が焼かれたはずの顔をさらし、自分とナイアはすでに夫婦であるなどと口走ったのだ。
ランクーガの守りの文字通りの要である要姫の裏切り。
ソーンのような男が絶対に許すはずがない。
けれどソーンの反応は、ナイアの予測とは微妙にずれていた。
「決まっている。これ以上バルトフェルトの、クラウディオの好きにさせてはおけない」
裏切りに対する怒りというよりも、それはこれから先の危機を防がんとする発言だった。


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