要姫 第二章・12



「まさかすでに子を産み落としたということはないだろうが……どちらにしろ、奴らの手にこれ以上要姫を渡すわけにはいかん!」
剣を握り直し、ソーンが一気に距離を詰めようとした矢先。
「アレクシ様!」
中年の侍女の叫びとともに、広がっていく理術の気配。
怒りに顔を歪めたアレクシ本人よりも一足先に室内に飛び込んできた力の波動が、再びソーンの手から剣を弾き飛ばした。
続けてその力はソーン本人を襲おうとしたが、間一髪彼の部下が凶悪な力の前に盾として立ちはだかる。
「馬鹿ッ、よせ!」
ソーンの叫びも空しく、彼の部下はまるで落雷に打たれたように全身を痙攣させてその場に倒れ込んだ。
一瞬にして体の前面が焼けただれた、悲惨な光景にナイアも息を飲む。
しかし肉の焼ける嫌な匂いをわずかに残し、哀れな焼死体はあっという間に灰になりその場に崩れ落ちた。
「…………くそっ!」
あまりにも巨大すぎる力。
ソーンも劣勢を悟らざるを得なかったのだろう。
残りの部下に目配せをし、ナイアの横をすり抜けてそこにあった窓を突き破った。
「ナイア様、ご無事ですか!?」
走り込んできたアレクシは、まずしゃがみ込んでいるナイアの側へと駆け寄ってくる。
一方外へと転がり出たソーンは、二人を振り返り苦い顔をしていた。
「アレクシ……そうか、話には聞いていたが、その顔もクラウディオが治してくれたのか」
「黙れ!」
ひとまず愛しい要姫の無事を確認したアレクシの全身から陽炎のような力が立ち上る。
ソーンもただちに踵を返したが、去り際に彼はこう叫んでいった。
「ナイア様、アレクシ、クラウディオの甘言に乗るな! 奴は要姫の力を使い、全世界を意のままにしようとしている!」
叫ぶソーンに構わず、アレクシは理術の波動を彼に向かって叩き付ける。
突き破られた窓の周りの壁が粉砕されたが、ソーンは素早く後ろに下がってなおも大声でこう怒鳴った。
「要姫アーリア! 要姫から生まれた要姫! クラウディオの狙いはアーリアの再臨だ!」
要姫アーリア。
ナイアは知らない、おそらくははるかな昔にランクーガの守りを担った要の巫女姫。
けれど要姫から生まれた要姫、とは。
ランクーガ王でさえ、ナイアの力を失うことを恐れて処女だけは守ったというのに。
男の種を受け入れ、妊娠し出産まで果たした要姫が過去にいたというのか。
しかしなぜクラウディオが、ナイアとアレクシを使ってその再現を狙うのだろう。
呆然としているナイアが見守る中、ソーンは生き残った部下達と共に見る間に遠くなっていく。
「戯れ言を……!」
ナイアをその場に残し、アレクシは破壊された壁を飛び出しソーンを追っていった。


***


結局ソーンはまんまと逃げおおせたようだった。
「逃走経路を何種類か用意してから襲撃してきたようですね。敵ながら手回しがいいことだ」
アレクシがソーンを追っていった直後にやって来たクラウディオが、かすかな苛立ちをにじませた声でつぶやいている。
ソーンに逃げられてしまったアレクシも、ひどく険しい顔をして寝台の上のナイアのすぐ側に立っていた。
クラウディオが言う通り、ソーンはあらかじめ数種類の逃走経路を用意していたらしい。
アレクシも理術を用いて一度は追い詰めかけたが、彼もまだバルトフェルトに来てから日が浅い。
十二分な下準備をした上でやって来たソーンたちは、からくもその手を逃れたというわけだ。
とはいえ彼らも全くの無傷というわけではない。
部屋で焼き殺されたのとは別に、アレクシは数人を殺害し更に一人を生け捕りにしていた。
おそらくは理術で強制的に口を割らされるだろう。
すでにランクーガは陥落し、ソーンたちが身を隠せる場所もそう多くはないはず。


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