要姫 第二章・13
捕まるのは時間の問題だと思うと、ナイアはようやく許された着衣の下でふるりと身を震わせた。
ソーンたちの安否も心配だ。
だがそれより気がかりなのは彼が残した言葉。
要姫アーリア。
クラウディオの目的は、当代の要姫であるナイアも知らないその存在の再臨だと言っていた。
「要姫、アーリア」
知らず言葉が口を突いてしまったようだ。
クラウディオの強い視線を感じ、はっと口をつぐんだが遅かった。
「どこでその名を」
「……あっ、いえっ…………」
「……なるほど。ソーン将軍はそのようなことをあなたにお話していったのですか」
心の底まで覗き込むような紫黒の瞳。
逃げるように眼を背けたナイアの視界の端で、彼の指先が動いた。
途端に生じる理術の波動。
「あっ…………!」
短い悲鳴を上げたナイアの頭の芯に、見えない冷たい針が差し込まれたような感触が生まれた。
「私にもお話頂きましょう。将軍がおっしゃったこと、全て」
「うあ、あっ……、し、知らないッ、私っそれ以上はっ」
以前忌まわしい過去を語らされた時と似たような状況。
独りでに言葉を紡ぐ自分を抑えきれず、苦しい息を吐きながらナイアはしゃべる。
「要姫、アーリア……、要姫から生まれた要姫………、あなたの目的は、その再臨……ッ」
「…………なるほど」
理術による探査によっても、それ以上の情報は取れないと判断したのだろう。
クラウディオは呆気なく見えない針を抜いてくれ、ナイアはほっとすると同時に脱力して寝台に突っ伏した。
実際ナイアはアーリアの名前自体今日初めて聞いたのだ。
考えてみれば、自分より一代前の要姫のことだって名前すら知らない。
ナイアが要の神殿を訪れた際そこには主は不在であり、女官や神官達も新たに雇い直された者ばかり。
アレクシはもちろん誰一人、ナイア以外の要姫に実際に会ったことはないはず。
ナイアも唯々諾々と従うことを教えられた身であり、自分がどのように振る舞えば良いのかだけを習った後は淡々と巫女姫の仕事をこなして来ただけだ。
「武芸だけの男かと思い、今まで見逃していましたが…………下らぬ知恵が回るようだ。あるいは誰かが入れ知恵をしたのかもしれませんが。アレクシ殿、これは一刻も早くソーン将軍を捕らえる必要がありそうですね」
「もちろんです」
強い力を込めてアレクシはうなずく。
そのあまりの自然さにナイアは驚いてしまった。
今の話を聞いていなかったのか。
クラウディオはナイアの腹を、そこから生まれ出でる子を使いよからぬことを企んでいると認めたも同然なのだ。
なのに腹の子の父親になる予定のアレクシは、そんなことは聞いていないと気色ばむ様子もない。
まさか始めから彼もそのつもりで?
「ア……レクシ様。あなたは、あなたも、その、アーリアの再臨を願って………?」
恐る恐る尋ねたナイアに、アレクシはさも不思議そうな顔をする。
「アーリア? いいえ。私はただ、あなたに早く私たちの子を産んで欲しいだけで」
「あの……ですから…………、今、クラウディオが、その」
「ナイア様、無駄ですよ」
冷たい笑みを含んだクラウディオの声。
ぎくりとして眼を上げれば、くすくすと意地悪く笑っている理術師の端正な顔立ちがあった。
「将軍の世迷いごとになどアレクシ殿は惑わされはしないのです。ですから彼の妻であるあなたも、下らないことはさっさと忘れてしまいなさい。何でしたら私が、きれいさっぱり忘れさせて差し上げてもよろしいが」
にこやかな笑みの向こうにありありと透ける悪意と野望。
その横で、妙に純朴な戸惑いの表情をしているばかりのアレクシを見てナイアの背筋が冷たくなった。
「あなたは…………、何を、企んでいるのですか」
多分聞かない方がいい。
そう思いはしたけれど、言わずにいられなかった。
「アーリア……要姫が産んだ、要姫…………わ、私が産んだ子も、要姫になるというのですか? そんな……」
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