「霧の朝」第三稿 ペラ換算18枚

アイ(14)……人間の少女
      墓地の近くの街の住人
ムウマ(16)……野生のポケモン

第一場 霧に曇った墓地〔未明〜夜明け〕
   たくさんの墓が並ぶ静かな墓地。
   かすかな風の音。
   一人の少女アイが立っている。
   他に誰もいない。
   そこへ一匹のポケモン、ムウマがやっ
   て来る。
アイ「(目の前の墓を見つめながら)私はア
  イと言います」
ムウマ「(アイを見つめながら)一方、私は
  ポケモンです」
   しばらくの沈黙。風の音が大きく聞こ
   える。
ムウマ「今日私、いえ夜のふける前ですけれ
  ど、歩いてみましたこの街を」
アイ「いかがでしたか、私の街は」
ムウマ「それはそれは素晴らしい街並み!」
アイ「それをあなたに見せることが出来て光
  栄です」
ムウマ「しかし、生きた人間おりません。つ
  いぞ会うことはないのです。この街は一
  体全体どうしたというのですか?」
アイ「街に住む人、死にました」
ムウマ「なんてことです? 生きた人間、誰
  一人としていないのです」
アイ「それはつまり、皆みんな死んだのです」
ムウマ「何があったのか、無かったのやら」
アイ「……長いながい話になります」
ムウマ「ところが私には沢山時間があるので
  す」
アイ「ですから、私はこの街に起きた出来事
  を」
ムウマ「私に話してくださるのですね」
     ×   ×   ×
アイ「(どこともなく歩き出す)一年前の、
  昨日です。その日、私の両親が経営する
  農場に一頭の子牛が産まれます」
   アイ、子牛の側に寄り、しゃがむ。
アイ「この子牛、ほかといくつも違っていま
  した……。角は片方のみ大きく、曲がっ
  た形で発達し。そしてその顔、人、その
  ものでした」
ムウマ「ありえませんね、普通なら」
アイ「だからわたしは、そしてわたしの両親
  でさえも、ひどく驚きました。そして、
  かの子牛をすぐにでも殺そうと、しかし
  私には見るなと言うのです」
ムウマ「しごく当然のことです」
アイ「(空間に向かって訴える)やめて、お
  願い! 殺さないでよ!」
ムウマ「そのような子牛が産まれたとウワサ
  にでもなれば、農場を経営出来ないので
  す」
アイ「かわいそうじゃない、そんなこと!
  生まれたばかりの子牛なのよ! 楽しい
  ことも、悲しいことも、まだ何にも知ら
  ないうちに殺してしまおうというの?」
ムウマ「しかしそれは仕方のないことなので
  す」
アイ「お願いだから……殺さないで……殺さ
  ないで……」
ムウマ「……あなたはやさしいのですね」
アイ「……それはごく当然のことだと私は考
  えます。子供が子牛に同情することも」
ムウマ「大人が自分の家族を守るため家畜を
  間引くことも」
アイ「やはり、私のような子供の戯言を、両
  親は聞いてはくれません」
   アイ、カプセルを取り出す。
アイ「そこで私はとっさの考えで、手に持つ
  モンスターボールを子牛にあてがいまし
  た」
ムウマ「それはまったく意味のないことです。
  何故ならば、ポケモンではない普通の動
  物はモンスターボールには入らないので
  す」
アイ「(カプセルを見つめながら)子供でさ
  え知っているそんな理屈に抗って、その
  時は私は考えを巡らしたのです」
ムウマ「もしこの醜悪な子牛がモンスターボ
  ールに入りさえすれば、両親の怒りはた
  ちまちにおさまり、子牛は殺されないで
  すむかも知れない。あなたはそう考えた
  のですね」
アイ「……そして不思議なことでした。子牛
  はモンスターボールに入ったのです」
ムウマ「本当におかしなことですね。カエル
  の子はカエルでしかありません。牛から
  ポケモンが産まれるはないのです」
アイ「大変おかしなことです。しかし事実、
  モンスターボールに子牛は入ったのです」
   と言ってアイ、走り出す。
ムウマ「いてはならない、その子牛」
   アイ、腕を捕まれる動作。
アイ「(必死に空間を振りほどく)やめてパ
  パ、殺さないでよ! お願いよ!」
ムウマ「さて子牛はどうなりますか」
  アイ、無言で地に膝を打つ。
ムウマ「(アイを見下ろしながら)そうです
  か。どうして殺されていましたか」
アイ「口にするのも恐ろしい」
ムウマ「さあ、私に教えていただけないです
  か」
アイ「それほどの出来事なのです。なんてむ
  ごいこと! しかしまさにその時でした」
   アイ、ムウマを背に立ち上がる
アイ「今わの際のその子牛、予言を一つ残し
  ました」
ムウマ「予言……ですか」
アイ「私はじっと、見つめられ、そして子牛
  が言ったのです」
ムウマ「なんとも信じがたい話ではないでし
  ょうか。子牛が、ものをしゃべったと」
アイ、ムウマ「言うてみよその恨み
  今日晴らさんぞその恨み
  見えぬ得物、地に放ち
  恨み晴らせ神々よ」
ムウマ「まったく持って恐ろしい」
アイ、ムウマ「太古の神々、子を殺す
  子の子殺すは外道なりて
  生かせば生まんや子の恨み
  子の子の恨み我晴らさんと
  子の子は子の子をやれ殺し
  業深き神々よ
  言うてみよその恨み
  明くる年に晴らさんや
  除けたくは我ここに崇めよ」
ムウマ「そんな呪いを吐く畜生は、早く殺し
  てしまわねば」
アイ「父はそう考えました」
   銃声が響く。
   耳を塞ぎ身をちぢめるアイと、それを
   見下ろすムウマ。
     ×   ×   ×
ムウマ「さあこの子牛、何が言いたくてのた
  まったものでしょうか」
アイ「その時の私には、何も分かりませんで
  した」
ムウマ「すると今は分かるというのですか」
アイ「(空間に向かって訴えかける)神様か
  らの警告です! いつまでも争いを止め
  ることはなく、ただ自然を傷付ける、傲
  慢な人間に対してこれは神様からの!」
ムウマ「そんなことがあるものか」
アイ「(泣きながら)聞いてください信じて
  ください! 私たちは神様のお告げをす
  でに聞いてしまった! もう一つの月も
  時間はないの!」
   ムウマ、無言。
   アイ、崩れるように伏せる。
   ムウマ、アイの側に寄り添う。
ムウマ「この墓地の東に農薬工場があります。
  もっとも今はただの廃墟でしかありませ
  んが」
アイ「(無言)」
ムウマ「(アイを抱きながら)そう遠くない
  昔。それはそこで生まれたと、そういう
  話を聞いています。特殊な兵器であるそ
  れは、農薬工場である場所で、どういう
  わけやら理屈やら、生まれたのだと聞い
  ています」
   ムウマ、アイを打ち捨て、立ち上がる。
ムウマ「はらわたに毒の霧を貯め込み、薄け
  れば奇形を、濃ければたちまちの死を呼
  ぶ。そんな毒を生み出す以外の力を持た
  ない、肥大した薄い皮膚で覆われた、哀
  れな兄弟、同胞よ。それは生まれてきた
  のです。そして人はこんな哀れな生き物
  すら、戦に利用したのです」
   風が強く吹き、霧が晴れる。
   墓地に朝日が差す。
   ムウマの姿は消え、アイの亡骸だけが
   残される。
ムウマ(M)「優しい風が彼女を今、大地の底
  へと連れて行く。しかしやがて太陽も、
  ここに咲く小さな花すら照らさない。い
  つまでか、それはいつまでも――否、人
  の英知の果てる頃まで」

-閉幕-

儂は何でも御見通し
儂に分からぬ事は無い
記号の海に放られた、物語の一つ其の中に此の世界が在る事も

其して自らを含む此の世界を物語として儂自身が描き出して居る事も知らぬ筈が無い
と或るビルの屋上鬱塞とした灰色の森から身を隠す可く造られた様な此の小屋で
世界と同義とも言える様な此の物語を儂は今書き綴って居るのだ
何れ此の物語はと或る人物に読まれる事に為るだろう
否今正に読まれて居るので或るが客観の存在として儂を既に儂が知って居る今
現在で或るか未然で或るかは大した問題では無い
如何にせよ
儂はと或る人物の為に斯うして此の物語を書き綴り又其う為る事で斯うして存在して居るので或る

然し此処で矛盾が生じる
儂を儂自身が描く事で儂が儂の存在を肯定し
其の仕組自体はと或る人物の為に存在して居る
と為ると此の物語は君にとって虚構で或ろう
儂は其の事実をも認識した上で此処に儂の存在を望んで居る
詰まる所儂が虚構で或るか虚構で無いかは実は如何でも良いのだ
儂自身が儂の存在を肯定して居る以上
儂の同一性は確立して居る
同時に此の物語を読んで居る君の存在をも確立する

儂は此れを読む君に一つ頼み事をしようと考えて居た
其の頼みとは他でも無い
此の物語を此処まで読んで欲しいと言う物で或る
其して物の見事に儂の頼みを聞いて呉れた君に、謝辞を述べる

儂は何でも御見通し
此れは必然で或る

  まえがき

 歴史的に初めて今日でいうポケモンという存在を系統立てて研究したのは、18世紀後半仏蘭西のタジリン伯爵だと言われています。
 その後、このポケモンの研究は各地で盛んに行われてきました。
 そしてポケットモンスター(携帯獣)という呼称が与えられたのは、20世紀も初頭、我が国のニシノモリ博士によりカプセルへ収納できる性質が学会に発表されてからのことです。

 これはタジリン伯爵の研究からはるか1世紀前、大同盟戦争前夜の仏蘭西、パリシティ校外に住む一人の小説家が綴った日記の一部、ポケモンに関すると言われている部分を抜粋したものです。
 ポケモンという言葉すらない時代、後にポケモンと呼ばれる生き物と関わったとある男の物語です。


 1683年6月21日
 この動物に私は「ミミー」と言う名前をつけた。
 王立中央図書館の「赤い血の動物についての研究」によれば、「ミミー」は「エブオリ」と言うかなり希少な動物であるらしい。
 しかしこの動物の特異性について、この書物には特に記されてはいない。
 ミミー、このエブオリが、他の動物にはない、明らかに特殊な能力を持っていることを私は発見したのだ。

 私がミミーと出会ったのは今日の昼下がりのことだった。
 病気持ちの母に呑ませる薬草を採取するため、なだらかな丘に茂るその森に入った私は、うずくまるウサギに似た小動物の姿を見つけた。
 しかしどうも普通のウサギではないらしかった。
 大きさが、中型の犬くらいあったのだ。
 息が荒く、人間が近づいても反応しないようで、どうも弱っているらしいことに気付いた。
 母の看病をしていたせいもあったかも知れない。私はどうにもこの動物が可愛そうに思えてきたのだ。
 しかし目立つケガも無く、どういう理由でこれが弱っているのか、さっぱり分からない以上、私には何も出来ないと思った。
 どうしたらいいのやらとうろたえていると、不意にコートの内ポケットに入れておいた小瓶を落としてしまった。
 採った薬草を入れておくためにと、空の小瓶を持ってきていたのだ。
 そんなことはどうでもいいのだ。私が記すべきなのは、弱った小動物が転がったその小瓶の中にスッポリと収まってしまったことである。
 ウサギは穴ぐらに住む動物だと言うが、まさか口が2インチ、深さが5インチも無い小瓶に、この大きさのウサギが入れるものであろうか。
 それが一瞬にして、そして恐らく自ら、入ってしまったのである。
 私はますます頭が混乱してしまった。妖精にでも化かされているのではないかと考えてしまった程である。
 
 落ち着いてよく考えた末、私は小瓶ごと家に持ち帰った。
 透明なガラスには、くしゃくしゃした何がなんだかよく分からない毛の塊が映っていた。
 ひとまずそれを机に置き、友人に獣の治癒に詳しい医者がいたのを思い出し、それを呼びに街に出た。
 友人を連れ私が帰ってくると、その小動物はすでに瓶から出てきていた。
 そしておかしなことに、このウサギのような動物は、森で見つけた時には確かに衰弱していたはずであるのに、この時のそれはとても落ち着いた様子で、私の机の上に座っていたのである。
 さらに、まるで主人に仕える犬のように威風堂々とした目でこの私を見つめているのである。
 私は友人に、これはどういう動物なのか、知っているかと訪ねた。
 友人は、私はついぞこのような動物を知らないから、図書館に行って動物に関する書物を調べてきてはどうか、と答えた。

 ミミーは今、机の上でまるまって、どうやら寝ているようだ。
 どうやら私の机の上が気に入ってしまったようである。
 これでは明日からの仕事に差支えがある――もっとも今日の分の仕事も手につかなかった――のだが。
 私は少しの間このミミーを飼ってみようと考えている。
 これはそもそも、小瓶に入ったミミーを持ち帰ったときから考えていたことだったし、ミミーという名前をつけてやったのもそのためだった。
 今私の中には、このミミーに対する興味と様々な憶測が渦巻いている。

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 Sixth
   名
    complete


――で、それはビル風のせいだと思うの。私は誰かに語りかけている。
ふーん。なるほどォ。と彼は私の話すコトを、一生懸命ノートにまとめている。
しかし、説明の下手な私のせいで、彼は正確に理解できてないかも知れない。
下手なのだからしょうがない、まあ別にいいよね、なんて私は密かに彼を裏切ってる。
私はまた窓の外を眺めた。
ここは集合住宅地の一角、じゃなくて、かつてそうだった場所。建物達は体中ヒビ割れで、雨風に黒ずんでいる。欠けた窓からは見捨てられた家具や雑貨が顔を出し、いつだったか一緒にすごした主人の暮らしを憶えている。
ようするに、ここ、廃墟。私たち以外誰もいない。雑草が昼間でも徘徊しているくらいだもの。
ううん、違った、徘徊じゃなくて――。

あ、ほら来たよ、私が云うと、彼は窓にしがみついて頭を外につきだした。
その様子があまりに無邪気で、ようやくだねと私は笑った。
雑草が飛んでゆく。


        暗澹の中
 Sixth
 complete
    天国の扉を叩く者


 こう、風がほおをかすめていく感じが好きです。この人と、伝わる振動を共有できるのがうれしいです。
 規則的に通り過ぎていく光の筋が、背景の山々を消し去ります。まれで閉ざされた空間が二人だけの世界を演出します。
 速く、もっと速く!
 ますます速度をあげていきます。風は少し乱暴で、私はしがみつきます、あの人に。遠くの方に一層強い光が見えてきました。そこに行きたい。そこに行けばずっと探していた何かが見つかるような気がします。
 手を伸ばそうとした瞬間、いきなしに世界はくるりくるりと回転しだすし、私は真っ暗な、とても真っ暗な何もない空間を何処までも――あ、今、天使が見えた気がする。


「……」
 窓から、日の光と、セミのうるさい鳴き声が入ってきます。
 目を覚ましたわたしは、自分がまるで今日生まれてきた独りぼっちな人間のような、さびしい気持ちになりました。例えばあの人がいない朝のような、いえ単にたまたまトイレに行ってたいたりだとかそういうときなのですが、そういうような感じなのです。毎日違う場所で寝ているせいもあるのかも知れませんが。今日はと言うと、なぜか病院、のようなところ、のベットで寝ていました。身体を起こして見渡したところ、そこはとっても大きなお部屋でした。ベットがいくつも並んでいるのですが、わたし以外に人はいないようです。そのせいか、さびしい気持ちが増してきた気がします。何よりいつもそばにいたあの人は、ここにはいないようなのです。無機質でちょっぴり古めなまっ白いこのお部屋も、外から聞こえてくる聞き飽きたセミの鳴き声も、わたしをなぐさめてはくれませんでした。
 ふとんを少しよけて、体をいろいろ調べてみました。手足には包帯が巻いてありますが、痛い感じはないです。手で触ってみると、頭にも包帯が巻いてあるようでした。左目には、いつものと少し違う眼帯。左目が見えないのは、わたしが幼い頃からです。
 ベットから立って、窓をのぞきました。たぶんここは四、五階くらいでしょう。すぐ下はアスファルト。昼間なのに人影のない庭。
「どーしよっかなァ……」
 ……その前にもう一度、昨夜のコトをよく思い出してみることにしました。


 あの人が運転するオンボロバイクで、わたしは旅をしていました。もう大分前からです。別にどこかへ行く当てはないのですが。ただ家にいるのがイヤでイヤで仕方なかったんです。理由は聞かないでください。それをあの人が連れだしてくれたのです。家出です。
 山道を走っているときです。曲がりくねった道のずいぶん向こうで、明かりがチカチカしていました。
「おい。……おいったら!」
「あ?」
「まえ、クルマ。……たぶん」
「ハハッ」
 あの人はいつものようにバイクを止め、ライトも消しました。木々の揺れるザワザワする音の向こうからティーゼル独特の音が聞こえます。車がどんどん近づいてくるのが分かりました。わたしはあの人の背中に、さっきより強くしがみつきました。ジャケット越しに体温を感じました、正直を言うと、この熱帯夜です、ちょっと暑苦しい。
 向こうがこっちに気付かないウチに、エンジンをふかし、わたしたちは走り出します。目をつむっているのに、車のライトがまばゆいです。エンジン音が高くなってきたかと思うと、車のクラクションが、プア、プアアンと間抜けに鳴りました。
「!!」
 今、バイクを思い切り傾ければ、ギリギリ車を避けれる、ハズでした。
 ガタン、ズザザ、とそんなような音が聞こえたかと思うと、いつのまにか世界が逆さまになっています。キレイな満月が見えます。星もこのあたりはたくさん見れるんですね。あれはオリオン座? いま夏じゃなかったですか?
 そんなことより、今なにが起きたのかを整理してみないといけません。わたしは地べたに仰向けで寝転がってるみたいです。横を見るとバイクがボロボロのボロボロになって転がっていました。もしかしたら車の脇をすり抜けるときどこかに当たって、バイクごとはね飛ばされたのかも知れません。速度はすごかったんでありえると思います。
 あの人はどこにいるのかと思って顔をあっちこっち向けたいのですが、どうしたことか視界が動きません。視野の狭いこの目を恨みます。体中痛むのです。それでも痛みの少ない腕を杖になんとか上半身を起こすと、目の前にあの人が見えました。いつもとは違うあの人が見えました。同時に振ったサイコロなのに、私と違う目の出たあの人が見えました。
「――!――!!」
 多分車に乗っていた人でしょう。そっちを見ると、ちょうど大中小といった感じで、三人の陰が見えました。よく見れば車は乗用車ではなく軽トラックでした。三人が近づいて来ます。
 なんとなく腕から力が抜けさっきと同じに倒れ込んで、空を見上げました。なぜだかそのときは悲しい気分になれませんでした。……大切な人を失ったのに。そのときはなれませんでした。
 そうこうしてるうちに三人が来るハズでした。しかしはじめにわたしの目に入ってきたのはその三人ではなく、なにか別のどこかで見たことのあるようなモノでした。たしか丸っこい白い体に、三角形の突起が頭に三つ付いたような感じ。なんだかへんなの。
 そのあとは……、よく覚えてないみたいです。


 そだ、あのへんなのはなんだったんでしょう。ポケモン?
 まあ関係ないですよね、もう。窓を開けたらモアっとした空気が入ってきました。セミの声も大きく聞こえます。桟に手をかけて、体を――。
 カッ カタカタ……
 なにか落ちたんでしょうか。音がしたので振り向くと、赤と白のツートンカラーで5センチくらいの丸いモノ。いわゆるモンスターボールが床に転がっていました。
 わたしはそれを思い切り蹴飛ばしました。
 わたしは今も生きているのです。[EOF]

 以上未終禄話

表紙

Campus
Campus notebooks contain the best ruled foolscap suitable for writing. NOTEBOOK

応用学

2-4
クロサワ

A普通横罫 7mm×30行 40枚 ノー4A KOYUKO


32項

          ならし死ネよ
4.通信技術への応用 6/24

ポケモンが自分の体を物質からエネルギーや
情報に変える現象を「相転移」と呼ぶ。
物質、エネルギー、情報、このそれぞれの状態を
「ポケモンの相」と呼ぶ。

物質    …普通に存在している時の状態
エネルギー …MBの中などにいる時などの状態
情報    …通信回線を行き来する時などの状態

この相転移現象は通信技術に応用可能であったため
携帯獣通信能力(ポケコム)と呼ばれ、
またこれを実際に通信技術に応用したものを
「携帯獣応用通信伝送技術」と呼ぶ。
携帯獣応用通信伝送技術を使わずに、
物質を情報として伝送することは現在不可能であると
されている。
                 ↑テスト範囲

最初の通信伝送システムでは、MBだけが送られ、
中のポケモンが行方不明になる事故が多発した。
これはMBの材質や、通信回線の安定性に問題があったと
考えられている。
現在は全世界国際通信協会の

あー
きもち悪い
死にたい


33項

なんでポケモンが情報になるんだよ
情報ってパソコンとかでコピー出来るもんのことだろ
ポケモンってコピー出来るのかよ
ファックスでポケモン送ろうとしたってバカだ
紙が向こうに送られてるって思ってるやつとかいる


35項

「ああ、クロサワさー、なんかくらいよねえ
 ぜんぜんしゃべんないし、いつも一人でいんじゃん?」
「わたし苦手だわー、あーいうの」
「にゃるー、さといも一個いい?」
「ていうかわたしあのたいどがむかつくんだよね
 なんつったらいいのかなー
 ぜんぶ自分とはかんけいありません的なさあ、きもくないあれ」
「じゃーロールキャベツちょーだい
 ん、でもあのこ、1年のころはまだけっこうともだちいたよ」
「えー、そうだっけ」
「わたしらがトレーナーやんのめんどくさくなって
 もどってきたころくらいまで
 1年の夏くらい」
「わたしはあんまり覚えてないけどなー」
「あーそういえばユキとかそうじゃない?」
「わたしはよく知らないけど、聞いた話だと
 夏休みにトレーナーデビューするやつらって多いじゃん?
 それでさー、2がっきになって、クロサワが学校きたら、
 あの子のともだち? ユキとか?
 みんなトレーナーになっちゃってたの
 それでそのころからせいかく曲がって、くらくなったらしんだよ」
「えー!?マジで? っていうかあいつダチに
 おいてかれたんじゃんかよ
 はじめて知った、バカじゃないの?」
「ていうかよっちハシの持ち方おかしくない?」
「え?」
「どれ、うんちがう」
「うそー」
うるせーうるせーうるせー
全部聞こえてんだよ
バカども

てめえがバカだろ人の会話ぬすみ聞きしてんじゃねーよ しね


36項

青い、でもそれほど青くない空。
無機質な黒いビルの群は視界の隅から伸び、
この空を私から奪う。
ゆっくりと迫る厚い雲は、すでに傾き始めた太陽を
私から奪ってしまう。
私は午後の授業をサボリ、蒸した6月の風が吹きさらす
学校の屋上で、一人、空を眺めている。

私は屋上が好きだな


ツカサキ先輩
私が一年の頃、まだクラスになじめなくて、
独りだったとき、その時ポケモンを教えてくれたのは
先輩でした。

ユキちゃん
最初は馴れ馴れしくて少し引いたりしていたこともあったけど、
いつもお昼を誘ってくれた数少ない親友です。

ユウイチくん
誰にでも優しくて、でも私には他人より二割増しで優しかった君は今、
日本のどこらへんるんでしょうか。


37項

携帯獣新聞関東版平成十年六月二十三日夕刊一面
これでいいのか? ポケモン大国日本
義務教育課程児童・生徒不登校率67.4%(平成9年度全国国勢調査)
終業者新規雇用率13.8%(同調査)
年間未成年行方不明者数20万人(同調査)
近年、日本人トレーナーの質はますます上がる一方だ。先日行われた
ワールドマスターカップ戦では一位と三位を日本が独占した。
これは今日の内閣が発足して以来、持続して進められている
「ポケモン優先政策」のお陰と言えそうだ。この政策の影響で
ポケモントレーナーになる者は多い。しかし今年度内閣予算案に
おいては6割近くがこれに割かれており、ポケモン関連以外の事業や
政策が疎かになるではないかという疑問もある。世界的に見ても
これほど多くの予算をポケモン関連に注いでいる国は少ない。
「ポケモン優先政策」では満10歳以上の者であれば、例え本来学業に
つくべき児童及び生徒であっても、ポケモントレーナーとして国からの
各援助と学業の免除を受けられるが、右記のデータのようにこの弊害は
決して少なくない。また国を挙げてポケモントレーナーの育成する理由が、
日本においては「文化の繁栄」とされているが、他のポケモン先進各国の
いくつかでは「軍事転用」と明言ており、日本にあってもこのような
思惑が存在するのではないかとの見方が

この学校ももうずいぶん人少ないんだよね
キライなやつしか残ってない
でもトレーナーにだってなりたくない
ポケモンなんてこの世にいなくてよかったのに
偉いやつらとかの陰謀だろどうせ


38,39項

チョーシのっていきがってんじゃねえよブスのくせに
しねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしね
しねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしね
しねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしね
          きもいんだよ顔が
おまえよくブクロで万引きしてんだろ
            知ってんだよ
明日4時半に屋上来い


41項

私がしねばいいんだろ
しねばいんだろ
たのまれなくったって死んでやるよ
みんな死んじまえ

*

*


42項

人を殺しそうになった。
スズキとウチヤマダを殺しそうになった。
私はどこか遠くに行きたい。
だから明日から行くことにする。
トレーナーになる気はないけどニドがいればトレーナー
ということに出来るしそうすれば私のことを誰も知らない
どこか遠くまでいける。


43項(切り取り)

お母さんごめんね
私のことはトレーナーになったと思って忘れてね
トレーナーになれなかったお父さん
好きな人と逃げたんでしょ
もう隠さないでいいよ
もし見つけたら教えてあげるね
じゃあさよなら    6/27


78項
でもいきたくないポケモンだってきらい
大事な友達がポケモンをきっかけにどんどん自分からはなれていく。
友達だと思っていたのにずっとずっと一緒に学校にいけたらいいなって
思っていたのに
それだけでいいって思っていたのに
みんな置いてくんだよ。
私のことなんて嫌いだから忘れていく
とりのこされる人の気持ちなんて誰も考えないんでしょ
どこかにいってしまった友達のこと
友達がいた頃の学校のこと思い出しながら
さみしい思いしてる私のことなんてどうでもいいんでしょ
学校なんて嫌いあいつらなんて嫌いポケモンなんて嫌い
みんなみんな大嫌い
死んじゃえみんな死んじゃえ
死 死 死 死 死 死 死
 死 死 死 列 苑 死 死 苑 歿


80項
クロサワさん、お久しぶりです。
私は今4組の教室でこれを書いています。
旅先であった楽しかったこと、辛かったこと、見たもの、
感じたもの、たくさんあなたにお話したいです。
けど、時間が無いので少しだけ。
旅先のあるPICで偶然ユウイチくんに会いました。
少し頬がこけていたので驚きましたが、
今でも元気にやっているそうです。
彼の話によれば、私もずいぶん様変わりしたそうです。
街で会っても、クロサワさん私のこと分かんないかな?
ツカサキ先輩は今はもうトレーナー修行を止めて
専門学校への進学の準備をしているそうです。
私はというと、海外へ行って自分を
試してみようと考えています。
そのために一度戻って来ました。
出来ればクロサワさんともう一度会ってから
行きたいのですが、その時間があるか
分からないのでこのお手紙を残します。
こんな世の中じゃなかったら、私にも他の道が
あったんじゃないかなと今では思っています。
クロサワさんがどんな進路を考えているのか
私には分かりません。
それはトレーナー修行なんかより
もっともっと大変なことなのかもしれません。
あなたの、私の、ユウイチくんや
ツカサキ先輩の苦しみを、一緒に
分かち合うことが出来ないことが残念です。
でも、私たちはそれぞれ別の道で
それぞれ頑張っていくと、そう信じています。
       7月6日 あなたの友達 ユキより
初出:http://www1.interq.or.jp/kokke/pokemon/commu/story/981.htm
2007 - 2009/9/27