リレー小説

アイツ

私たちの親友
華苗さんへ
お誕生日のお祝いに

第一走 ピカチョー↓

プロローグ

 あの日の空が青かったことを覚えている。
 季節を問わず、火山塵に空を覆われることのない天蓋が蒼かった記憶はほとんどない。。
 噂では聞いていた物の、それは私にとってどうでも良いことだった。
 ――なんでも高名な博士が越してきて、ハジツケの地で何かを研究するらしい。
 しかし、当時の私はそれが何の博士かも知らなかったし、ましてやその研究内容など知るよしもない。
 その日、私は気持ちの良い晴れを存分に満喫しながら散歩していたはずだ。

 そして私はアイツに出会った。

 赤と白に塗り分けられたボールを手持ちぶさたに弄くっている男の子。
 当時の私でも、それが何かは一目で見分けが付いた。――モンスターボールだ。
 それはあまりにも有名であり、そして且つ、当時の私の腕には届かぬ代物であった。
 それを目前で――そして、同年代の男の子が持っている。
 私は好奇心をそそられた。
「それ、モンスターボール?」
「は?アンタ…誰?」
「わたし?わたしは…」
「よし、ノンと呼ぼう。」
 それが、そいつと私の馴れ初めだった。

 何故かそれ以来町中のヒトから『ノンちゃん』の愛称で親しまれるようになってしまった。
 悔しいからアイツの名前も弄ってやろうと思った頃には――私はアイツの名前を忘れていた。

 馴れ初めから一年。
 アイツとは毎日のように出会った。
 どうやら家が近くだったのだろう。
 しかし、アイツは断固として家に私を招待しようとはせず、また、家族のことも何一つ喋らなかった。
 だから私は結局最後まで、彼の家族の“博士”が誰で、何をしていたのかを知らない。
 くわえてアイツと出会うのは必ず外であった。
 そして別れるのは必ず私の方から切り出さなければならない。
 別れを自己申告するというのは名残が残る。幼心にたまにはそっちから切り出して欲しいと思うこともあった。
 また、何度かアイツを尾行したこともあった。
 しかし、アイツはそれをわかっているかのように複雑な道を歩いてゆき、あっという間に私を煙に巻いてしまった。
 そしてもう一つ、私は知らないことがあった。
 それは毎日のようにアイツが握っていたボールの中身だ。
 アイツは必ずそのボールを連れてくるのに、頑として中身を見せようとはしなかったのである。

 アイツは人を驚かせるのが好きだったように思われる。
 突然大仰な態度を取っては、私を冷や冷やさせ、そんな私を見て笑った。
 内心腹立たしいと思わなくもなかった。――が、アイツの笑顔を見るのも好きだった。
 その日は一年前と同様によく晴れた日だった。
 この一年間晴れる日は何度もあった。一年という感覚に乏しかった当時の私に晴れた日であると言うことだけが特別な日である印であった。
 特に晴れた日は良いことが起こるに違いない、一年前以来、そう信じている節があった。
 胸密かに心を躍らせ、私はいつもの場所に向かった。
「ノン!!頼む!!コイツを預かってくれ!!」
 そう言ってアイツが私に向かって突き出したのは、あのモンスターボール。
 今までも触らせもしなかったボールを“預ける”とまで言ったのに、私はただ喜ぶことしかしなかった。――今まで生きてきた中で、私の犯した最たる愚行だ。
「え?良いの?」
「あぁ!!大事にしてくれよ。それじゃ、時間がない!」
 そう言って、アイツは手を振り急いで私に背中を向けて走っていった。
 私が声を掛ける間もなく、影も形も見えなくなっていた。
 アイツとたった二言三言しか交わさず別れるのは惜しかった。
 しかし、その時私が持っていたボールはすぐにそんな気をどこかへ放ってしまっていた。
 何より、どんなに大仰なことをやって私を心配させても、私と大喧嘩をして『二度と会わない!!』等と叫んでしまっても、翌日には同じように、アイツが待っていた。
 しかし今となっては、それが私を待っていたのかどうかはわからない。
 私がヒノアラシの煉と出会ったその翌日。
 はじめて私はアイツより先に来た。
 早起きした甲斐がある。驚かせてやろう。
 ヒノアラシに付けた名前や、家族で話し合って決めたことも教えてやろう。
 そう考え、一人得意顔になってほくそ笑んでいた。
 日が暮れ、寒気を含む風が頬を撫でていく。
 待っても待っても。
 ――どんなに待ってもアイツは来なかった。

 アイツがいなくなった日を境に、誰一人としてアイツと、その家族のことを口に出そうとはしなかった。
 いつだったか、私がそのことを母に尋ねた時も、
「他の人にそのことを言ってはいけません!!」
 と、普段よりキツい口調で叱られた。
 思えばそれからしばらく、警察と思われる人が騒々しく町を引っかき回していたのも何か関係があったかも知れない。

 私は真相が知りたかった。
 私は大人のように、都合の悪い現実から目を背けたくなかった。
 アイツが、何か本当は後ろめたい事をしていたのかも知れない。
 例え、事実はどれほど辛くても良い。例えどんな現実でも、受け入れるから。
 でも本当は――。

 ――私はアイツともう一度――…。





 私は海に来ていた。
 波が引いては打ち寄せる。
 私は今十四歳の少女である。やや同年代の者に比べると大人びているらしい。
 ハジツゲタウン出身で、今は旅をしている。私の心強いパートナー
 ホウエン地方は海に囲まれる、海の地方だ。
 しかし、私が海を訪れたのは昔の家族旅行以来だろうか。
 ミナモシティの海岸は、観光娯楽の方面でも大変有名である。
 私は海に来ていた。
 では、この観光シーズンをとうに終えたこの季節、岸に打ち上げられたびしょ濡れになった女を見つけた場合、私はどうすればよいのだろう。
 一.脈と呼吸を確認する。
 二.気道の確保。
 三.通報。
 四.人工呼吸とマッサージ。
 五.素通り。
 旅に出る前に仕込まれた基礎知識の中に、簡単な蘇生術があったはずだ。
 確か…一番はじめに必要なのは二番のはず。
 私は女性に寄って、仰向けに寝かせる。首を持ち上げて、顎を反らせる。コレで気道は確保できたはず。
 次に脈と呼吸の確認を…。イヤ、先に通報した方が良いだろうか。
 すぐに脈と呼吸をはかることを選んだ。
 そして、バクフーンである煉を同時に喚びだし、通報するよう指示する。
 私も脈をはかろうと女性に近づく。
 改めて、この女性を観察してみる。
 艶やかで長い黒髪を腰まで流しているのが特徴的だ。
 淡い黒色のしまった着物をおよそ百六十cm程の身に纏っている。格好のためか、どこか時代がかっている。
 顔の方はと言えば…目を閉じているのでいかんとも判別し難いところだが、やや美しい方ではないだろうか。
 そして、着物の裾からは、何故かスニーカー…。正直に言うが、着物にスニーカーは似合わない。
 簡単にそんなことだけ観察をすますと、改めて脈を取るため、脇に屈む。
「…どうかしたんですか?」
「きゃっ!!」
 咄嗟に悲鳴をあげてしまう。突然背後から声がした。
 やや高めの男女の程を判別しがたい声。
 振り返るとそこにいたのは、長身痩躯・長髪の男だった。
 髪を首もとで結って垂らしている。
 しかし、そんなことはどうでも良い。何故、その円錐形の“三度笠”なんてアイテムを装備しているんだ。
 そんな私の心境を無視するかのように、長髪の男は、女性の腕の下まで寄ると手首を掴んだ。
 そのまま人差し指と中指をそっと動脈に添える。
 そして、言った。

「脈がない。」


第一章 溺れ行く人の魂の行方

「イヤ、あるわ」
 あるのかよ。
「そら気付けだ、起きろ。」
 長髪の男は立ち上がると無造作に女性を蹴る。
 明らかに気付けじゃない――というか、この男、明らかに危ない冷徹なロールプレイングゲームの黒幕格の男である。
 しかし、取り押さえるにも、私の連れる最強のポケモン、煉は今いない。
 どうする!?
「ぶへッ!」
 思いっきり長髪の男が蹴り飛ばす。
 ごろごろと砂浜をころがっていく女性。
 何か、変な悲鳴をあげた。そろそろ本当に…。
 しかし、そこで、遂に女性は起き上がった!
 ユラリと幽鬼のように立ち上がると、女性は思いも掛けない言葉を叫んだ。
「こんのクソ雪奈!!死ね!!」
 内容がどうとかじゃない。
 明らかに声が――男だった。
「気が付いた…というか、アナタ、まさか――男!?」
「あ?まさかもとさかもどう見たっておと…」
「………」
「………」
「………」
 しばしの間、沈黙が流れる。
「残念だったね」
 雪奈と呼ばれた長髪の男が言った。
 そして、そのまま砂に膝を突くと、腹を抱えて笑い出す。
「クソ!!服!!オレの服!!」
「アナタ、もしかして、そうゆう趣味なの?…ちょっと私は用事を思い出したから」
「ヤメロ!!違う!!断じて違う!!そんなベタな言い訳残して誤った記憶のまま封印するんじゃねぇ!!」
 女装した男が何を言っても言い訳にしか見えない。
「ところで、キミがノンちゃん?」
 !?
 何故その名を?
 っていうかその名で呼ぶな。
 私の反応を見てどうやら私であると判断したらしい。良かった、と雪奈が言う。
 不覚だった。
 あの冷徹さを見た後でこの爽やかさなど仮面にしか見えない。身の危険を覚える。
「ホウエン地方でバクフーン使いの女の子、は少ないからね。」
 その雪奈の向こうでは、女装男が一人悶絶している。
 どうも、アレも見たところ仲間か何かのようだ、助けにはなるまい。
「それで…私に何か用?」
「うん…ボクらの依頼主…名前は出すなって言われてるんだけどね。その人が、君を呼んでたんだ。」
「…それで?」
「うん、それで、ボクらに付いてきて欲しい。送り火山まで。」
 ――送り火山?ここからはそんなに遠くないけれど。誰がそんなところで私を…?
「でも、最近の送り火山は妙な噂が絶えないからね。奇妙なヌケニンが徘徊してたり、空から突然人が降ってきたりするらしい。」
「ヌケニン?」
 女装男が何故かヌケニンの単語に反応する。トラウマか何かなんだろうか。
「それに、ムウマが夜な夜な現れて一人は寂しい寂しいって言いながら送り火山に登っている人をどこかに連れて行くんだって。」
 夜に送り火山って言うシチュエーションは肝試しくらいしかなさそうだけど。
 大体からして、嘘くさい話だ。
 よくある都市伝説となんら変わりはしない。
「一種の神隠しだね。それで、向こうの世界に行っちゃうと、そのまま闇に染まって帰れなくなるんだとか?」
 一息に喋り終えた雪奈がフゥッと息を付く。
「あぁ、自己紹介が遅れたね、ボクは雪奈。それから、アイツが緋お…じゃなくてセバスチャン。」
「おいコラ!何で今言い直した!?わざわざ言い直すなよ!?」
「それで、一応ボクらは今何でも屋…みたいなのを開業してるんだよ。その依頼で、君を迎えに来た。」
 まさか、それでヒョイヒョイついていく人が今の世にいると思っているのだろうか。
 そうやって犯罪を犯せたのは、数十年も前の話だ。
「キミのバクフーンの…もとの持ち主のだ。そう言えばいいって言われてるけどどうする?」
 私が旅に出たのは“アイツ”を探しているからだ。
 でも、私に残された手がかりなんて皆無と言っていい。
 ハジツゲを出て以来、私の捜査じみた旅は何の進展も迎えてはいない。
 それが、はじめてのヒントだ。
 どうする?
 雪奈の言うことを信じれば、“アイツ”も私を捜していることになる。
 しかし、違うのなら…。
「ムウマの話…どこまで本当か知らないけれど、ポケモンが作った異空間ならボクならこじ開けられるよ」
 …?
 どういう事?
 何か関係があるの?
「後、身を案じてるのなら最低限の安全はボクらが保証する。コレでボクらは一応有名人…のはずだから。その道では」
 返答に窮する。
 もう手がかりはないのだろうか?
 コレは手がかりなのだろうか?
 どうすれば?
「送り火山までは送るよ。その後は望めばついても行くし、ついても行かない。どうしたいかは君次第。」
 はじめて与えられたチャンス。
 身の危険と隣り合わせかも知れないチャンス。
 普通なら逃げ出すか?
 でも、私はずっとずっと――…!!

第2走 晃

送り火山の異世界

「本当にここまででいいんだね?」
「はい、後は私がなんとかやってみます。」
 結局私は噂を頼りに送り火山まで来ていた。
 あいつに会える可能性は低いかもしれないけど、それに賭けたかった。
「じゃあ、始めるぞ。はあぁぁっ!」
 雪奈が念を込めると、異空間が開いた。
 中は暗くてどうなってるのか分からない・・・。
「ここに入れば異世界に入れるハズだ。気を付けて。」
 決心がぐらつかないうちに異空間へ入る。

「ここが・・・異世界?随分暗くて肌寒い所なのね・・・。」
 誰が見ても普通の世界には見えない。
 辺りは紫色っぽく、生物がいるような気配も無い。
「とりあえず暗いと進めないわね・・・出て来て、煉!」
 バクフーンの煉が出た途端、少しだけ視界が開けた。
 それと同時に異世界の惨状が目に付く・・・。
「なんて所なの・・・けど、あいつに会うまで進むしかない・・・!」
 恐怖心を押さえ込み、足を動かす。
 煉はそんな彼女を見守りながら進んでいく。
 
「こっちであってるのかな・・・道がないと分からないよ・・・。」
 歩いていくうちに段々不安になってくる。
 それはそうだろう。
 景色が変わらないのだから・・・。
「ここってさっきも通らなかった・・・?」
 いつもは落ち着いている煉も辺りの様子を伺っている。
 
 ――――ケラケラケラケラケラケラ

「!?今のは何・・・?」
 何処からか不気味な笑い声のようなものが聞こえたような気がした。
 戸惑う私を煉が促す。
「行こう」と言っているように・・・。

 ――――ケラケラケラケラケラケラ

「また・・・?何なのよ一体・・・隠れてないで出て来なさい!」
 不安に耐え切れず叫ぶ。
 強がりは言えても、怖いものは怖い。
「こうなったら・・・煉!かえんぐるまよ!」
 声のする方向に煉の得意技「かえんぐるま」を放つ。

 ――――ギャアァァァァァ

 声の主が悲鳴をあげる。
 どうやら直撃したらしい。
「いいわよ、煉!さぁ、出て来なさい・・・!」
 観念したか、それとも怒り狂ったか、そこに姿を現したのはジュペッタだった。
 表情からは何も読め取れないが、凄まじい殺気が込められている。
 どうやら完全に怒らせてしまったらしい。
 ・・・悪いのはあっちなのに。
「ジュペッタ・・・?それにしては大きいわ・・・。異世界ではポケモンも違うみたいね・・・。
 こうなったら戦って倒すしか無いわ!煉、もう一度お願い!」
 戦闘態勢に入る煉。
 異世界でのバトルが始まった・・・。

「煉、かえんぐるま!」
 再び得意技を放つが、ジュペッタにあっさりとかわされてしまう。
 嘲る様な笑いから「シャドーボール」が飛んで来た。
「物凄い威力とスピードのシャドーボールだわ・・・!煉、避けて!」
 回避行動は完璧だったはずだが、それを上回るスピードのシャドーボールが煉にヒットする。
「煉、大丈夫!?」
「まだいける」とでも言いたそうな煉の表情。
 こちらも本気になってきたようだ。
「今度はだましうちが来るわ。煉、かみなりパンチ!」
 接近してきたジュペッタを迎え撃つ。
 ダメージはどちらも受けたが、ジュペッタの方はかなり動きが鈍い。
「そうか・・・追加効果で麻痺になったのね!チャンスよ煉、かえんぐるま!」
 痺れて動けないジュペッタは回避する事が出来ず戦闘不能に。
「やったね煉!怪我は無い?」
 頷く煉。
 疲労の色はあるが、動けないほどではない。
「いきなりあんな敵が出てくるなんて・・・!迷ってる場合じゃないわ、急いで奥へ進まないと!」

 あいつが待つ奥へと私は走り出した・・・。
 ――――再びめぐり合えると信じて!

第3走 ファイ

奇妙な人間と幽霊達

私は、煉と共に走る。途中、たくさんの階段が私を疲れさせた。
「寂しい・・・寂しいよぉ・・・」
急に悲しい声が聞こえた。私は驚いて立ち止まった。

何処にいるの・・・? 何処にいるの・・・?
恐怖感が私を襲う。しかし、そんなものを背負っていてはいけない。私はまた、長い階段を上る。

「寂しい・・・寂しいよぉ・・・」

扉だ。いや、扉というより門と言ったほうが正しいだろうか。とても大きい門だ。圧倒される。
私は門を開けようとした。しかし、びくともしない。
「煉、かえんほうしゃ!」
かえんほうしゃであけてみよう。少しずつだが、扉が開いてきた。
「頑張って、もう少しよ!」
また、だんだんと門が開いていく。そして、完全に開こうとした時・・・
「・・・ッ!!?」

白いような、黄色いような光に包まれた。
何だろう、この光は。あんなに暗いところにいたのに、あんなに冷たかったのに
  ──暖かい。暖かい光。

『あぁ!!大事にしてくれよ。それじゃ、時間がない!』

・・・・

  ──周りが暗くなってきた。もう出口なのだろうか。

  ──着いたようだ。また、暗くて冷たい所だ。
あのジュペッタのような大きいポケモンはさすがにいないが、それでもゴーストタイプのポケモンがそこそこいる。
影からヤミラミが覗いている。
カゲボウズが不思議そうに私を見ている。
ヨマワルが鎌を持っている。

「ん?客人とは珍しいな。アンタ、どこから来たんだ?」
一匹のサマヨールが私に話しかけてきた。

・・・!!ポケモンが喋っている!?
「あぁ、表の世界からやってきたのか。そんなに驚くのも無理はないだろう。」
異世界のポケモンって、喋るのか・・・。
「あんた、わけありでここに来たようだな。この先に行きたいのか?」
「え、えぇ。この先に行きたいの。」
「そうか。この先には危険なポケモンがたくさんいる。気をつけるんだな。」
危険なポケモン・・・。さっきのジュペッタより、恐ろしいポケモンがいるというの?雪奈が言ってた、ヌケニンのことだろうか。
「わかったわ。ありがとう。」
前には不自然なドアがある。しかし、私は驚かない。ドアを開けて、進む。

  ─────

「ん?表から来た子か。何の用だい?」
ゴーストが話しかける。
「私はこの先に行きたいの!通して。」
「い〜や、俺と遊んでけよなぁ・・・ヒャハハハハハ!!」
ゾッとした。私は煉を出した。ところが
「ちょっと待て!」
一匹のゲンガーが止める。
「あ、兄貴!何でしょう?」
「何こんな可愛い女の子と遊ぼうとしてんだぁ?おぉ?しばくぞオラァ!」
「し、・・・失礼しました!大変申し訳なく思っておりますですハイ!」
ゴーストが敬礼しながら謝る。・・・そんなに恐ろしいゲンガーなのだろうか。
「ま、これ持てや。」
「何でしょう?」
ドカーン!!爆弾だった。ゴーストが真っ黒こげの間抜け顔だ。
「プッ!」
私は思わず笑ってしまった。
「あ、この小娘がぁあぁぁぁぁぁ!!!」
「やめろっつってんだろが!」
スパーン!ゲンガーが卒塔婆で殴る。またちょっと吹いてしまった。
「しぃましぇん兄貴ぃ・・・。」
「まったく・・・嬢ちゃん、失礼したな。さぁこのオレと取れたてホヤホヤの血でm」
ズバーン!今度はゴーストが卒塔婆でゲンガーを叩く。
「ってー!!貴様、何やってんだぁ!!!」
「兄貴だって失礼なことやってるじゃないッスかぁ!!」
「オレはいいんだよ!」
「よくねぇッス!」
「何だとオラァ?」
「やんのかオラァ?」
戦いが始まった。お互いにシャドーボールを撃ちまくっている。これは早く逃げなきゃ!私はさっさとこの場から逃げて、先に進んだ。
「あ、あれ?あの嬢ちゃんは?」
「行っちゃったみたいッスね・・・。」
「「○| ̄|_」」

また扉だ。前には鎌を持ったヨマワルが一匹。
「ヒヒヒ・・・そこの小娘、ここを通るのかぃ?」
「そうよ、だから通して。」
「そうかいそうかい気分爽快・・・通っていいぞ。 ・・・血ヲクレタラナ!!」
ヨマワルは鎌を振り回しながら私のほうに向かってきた。
「キャッ!!」
とっさに避けた。傷はひとつもなかった。
「あぁぁぁぁぁぁれぇぇぇぇぇぇぇ・・・」
ジュッ!
「うぁちゃー!ホァタタタタタタ〜!!!」
あのヨマワルは火でやけどをしてしまった。・・・とりあえず助かったのね。

『最後ノ扉 心シテ開クベシ』
ギィィィ・・・! 開いた。
────

「アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!!」
「AHYAHYAHYAHYAHYAHYAHYAHYAHYAHYAHYA!!!」
本当に驚いた。一人の少年とゴクリンが雄叫びをあげている。
・・・そういえば、
「ゴクリン、俺たちってすごいよな!」
「だよなぁ、ファイ!俺たち空からこんなところに来ちゃったもんなぁ!」
『空から突然人が降ってきたりするらしい。』
そんなこと言ってたっけ。どうやら彼、ファイのことらしい。それにしても奇妙だ。
スパーン!マダツボミがファイという少年とゴクリンにハリセンでツッコむ。
「いってー!何すんねん!!」
「うるせぇよゴクリン!ここは暗い、静かなところなんだぞ!もっと緊張感持てよ!」
「そうだぞゴクリン、おとなしくしろよ!!」
「ファイもだ!おもいっきりさわいでたじゃねぇか!!」
・・・何この雰囲気?今までとは全然違う。何かこう、アホらしいというか・・・。
「ん?あ、そこに華麗に咲く一輪の華のような美しい美少女がっ!!」
「ファイ!おいらも好みだ!このハートを打ち抜かれたぜぇ!!」
「自分はこの頑丈な心臓をライフルで打ち抜かれたようにキタゼぇぇぇっぇぇぇ〜〜〜〜〜!!!!」
え?何?
「そこの人!僕と一緒に肝試しでもしないかい?」
「いや、おいらと一緒にホラー小説を読んd」
スパパパパパパパッ!
「「うぁiofeonboンvkSンwr44pjとrgじゃrsんdヴぁsbvろぐぇhgれぼんヴぉrwbvくぃえrbヴ!!!???!!」」
マダツボミははっぱカッターでファイとゴクリンを攻撃した。両方とも、気絶した。
「失礼したね。君は?」
「私は・・・ノンちゃんて呼べばいいわ。」
「そうか。君はこの先に行くのかぃ?」
「えぇ。」
「そうか。では進めばいい。俺は最近ここに来たんだ。ファイはどうやって行くのか知らないが、表の世界と、この異世界を勝手に行き来している。何せ究極のバカだからな。」
「そ、そう・・・。」
と、ファイとゴクリンが復活した。
「おいまだ蕾!華麗な華でもないのに何しやがる!!」
「おいらとファイはファイテンション100000.18365026405658230016403750570347026倍になってしまったZEEEEEEEEE!!!!!!」
「黙れ。」
「このやろぉ!ヘドロばくだん!!」
「10分の1倍かめはめΦ!!」
「ソーラービーム!!!」
どくゎああああぁぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁあぁぁぁん!!!!ファイの攻撃は弱すぎてなくなる。ゴクリンとマダツボミの技がぶつかったようだ。
「ファイテンションは永遠に不滅です!がはっ!!!!」
「萌えたよ・・・萌え尽きたよ・・・真っ白にな・・・。ぐはっ!!!」
「まったく、世話がやけるぜ。 ん?まだいたのか。さっさと行けよ。」
私はマダツボミと握手(?)をして、先に進んだ。

───もうすぐ、もうすぐだ!!

第4走 一匹ウルフ

もうすぐ…その言葉を励みに、走った。
でも、先にあるのは漆黒の空間ばかり。
回りも真っ暗。
そして相変わらず、冷たいこの空間。
「寂しいよ…寂しいよぉ…」
また、声が聞こえた。
さっきよりも、はっきりと。
悲しそうな声は、私をもこの声の主と同じ気持ちにさせた。
でも…私はアイツを探しに来たんだ。
こんな声、関係ない。
そう自分に言い聞かせ、走る。
怖い…寂しい…暗い…。
人間が持つ、負の感情。
でも、アイツが待っていてくれるのなら、私はそんなもの跳ね除けてやる。
もう一度アイツに会って、色んなことを話すんだ。
絶対…会うんだ!
「ぐぴゃっ!」
突然、知らない声がこの空間に響いた。
声がした方を振り返ると、煉があたりをきょろきょろと見回している。
「…煉?どうしたの?」
煉に声をかけると、煉は不思議そうに首をかしげた。
辺りを見回しても、私と煉以外だれもいない。
…こんなことを気にしている暇はない。
もうすぐアイツに会えるんだ。
「…行こう、ここで立ち止まってても意味ないよ」
煉は、こくり、と頷いて返事した。
そして…私たちは、再び走り出した。

…煉が、昼寝していたエアームドを踏んづけていたことに気づかずに。

少し走ると、煉の炎に照らされて、闇の中に何かが映し出された。
人型の、何かが。
自然と、走る速度も上がる。
どんどん、その人影に近づいていく。
走りすぎて、息が切れて、足も痛くて。
それでも全力で走った。

「───っ…」
でも、その人影の目の前に来た時、自分の思ったことは間違いだった、と思わされた。
その人は、アイツではなかった。
黒い長い髪の毛に黒い瞳の男。
そして服も黒い。
自分より年上だろうか。
そんな若い男。
彼はこの暗闇に完全に溶け込んでいた。
彼も、ムウマに連れてこられたのだろうか。
それとも、先程の奇妙な少年達のように、自分から来たのだろうか。
どちらにしろ…こんな場所で一人で正気を保っているとは…普通ではない。
「…人間か」
彼は、私を見てそう呟いた。
「それが何か?」
「…ムウマに連れて来られた…訳ではないな」
彼は私を見て言った。
「…どいてくれない?急いでるの」
私は、突き放すように言った。
だがかれは、一向にそこを退こうとせず、代わりに答えた。
「…その事についてだが…私はムウマにこう頼まれている…」
そして…彼は腰に差した刀に近い形をした剣に手をかけ…続きの言葉を紡いだ。
「ムウマが連れて来た『友達』を『奪い』に来る奴を…ここで引き止めろ、とな」

…聞いて、驚くと共に、少し呆れた。
いくら剣を持っているとは言え…生身の人間が、ポケモンに勝てるわけがない。
「…私にはポケモンが居ます。あなたは生身の人間…これだけで私のほうが有利だと思うけど…戦いますか?」
それで、ふと何かを思い出した彼は、私に突然問いかけた。
「…ここに来る前にエアームドに会わなかったか?」
「…答える義理はないわ」
…会ってないし。
私は煉に目配せした。
それに答え、煉も戦闘体制に入る。
「…エデンの事だ。どうせそのバクフーンが昼寝中の奴を踏んづけたとかそんな所だろう…さて」
彼はそれだけ言うと、自らの腰の剣から手を離した。
「貴様は、先程私を生身の『人間』と言ったな?」
「…それが?」
私の反応を見て、彼はふん…と嘲る様に私を見て。
「私が『人間』ではなかったら…どうだろうな?」
「…それでも、私は戦う」
「…覚悟は…出来ているようだな」
そう言うと、彼は剣に手をかける。
私は、いつでも煉に指示を出せるよう、身構えた。
突然、彼は、身構えながら私に声をかけた。
「貴様は…貴様ら人間は…『奪われる』側の事を考えていないのか?」
「…私は『奪い』に来たんじゃない。『会い』に来たのよ」
私の言葉は、はっきりとこの空間に響いた。
男は、相変わらず私を睨んでいた。

そして…硬直状態に嫌気が差した私は、煉に指示を与える。
「煉!火炎g「待て」
しかし、その指示は男の声によって遮られた。
男を見てみると、既に男は剣から手を離し、私を見据えていた。
「貴様は『会い』に来たのだな?」
「…そうよ」
「それなら私に止める義務はない。さっさと行け」
「へ…?」
素直に驚いた。
突然、先程まであれほど私の邪魔をする気満々だった男が、突然すんなり通すと言っているのだ。
「何で…?」
「私は『奪い』に来たものはここで止めろ、と命令されていた。だが…『会い』に来たものまで止めろ、とは言われていない。行け」
…何だかよくわからないが、とりあえず私も煉も戦闘体制を解いても良いことはわかった。
そして、男は一つ大きな溜息をつくと、座り込んで、明かりを出して本を読み始めた。

…と、自分達が来た方から、ばさばさと羽音がする。
そして…降り立ったのは一匹のエアームド。因みに、背中には足跡がついている。
エアームドは降り立つなり、男に対して怒鳴りつけた。
「コラウルフ!テメェ雇われたってのにこいつ等通して良いのかよ!」
エアームドが怒鳴り散らすのに対し、彼は落ち着き払って読書しながら先程言った言葉で対応した。
「…奴らは『会い』に来たのであって『奪い』に来たわけではない。大体、それなら何故お前もすんなり通られた?」
「昼寝してるところを踏まれたんだよ!テメェあれほど『竜ジャガイモ』が食えるとか大喜びしてたくせに良いのかよ!?」
「…アレは嘘だろう」
「嘘かよ!?」
「大体、こんな場所に竜ジャガイモが生える筈あるか愚か者。アレは極度の高山にしか生えんのだぞ」
さらに、彼は続ける。
「そしてムウマは人を驚かせる事が趣味且つ生きがいのポケモンだ。人を騙す事など日常茶飯事だろう」
「テメェ、知ってやがるならどうしてンな辺鄙な場所の仕事を引き受けやがった!」
「…それはそろそろ帰ってくるリュートとアークに聴け」
そして、その言葉が終わると同時に、突然何かがヒュン、と自分の隣に降り立った。
よく見てみれば、それはポケモンのアブソルとフーディン。
「オウイェ☆ウルフ、頼まれたブツはゴッソリ拾ってきたゼェエ!」
「…というか、良いのか?これ…」
よく見てみると、アブソルもフーディンも籠を背負っていた。
アブソルは体の側面に巻きつけている形だ。
そして…その中に入っていたのは、漆黒の鉱石。
「…間違いない。この異世界でしか採取不可能な暗黒鉱石だ。表で売れば高くつく」
「…ウルフ、テメェまさかその為に…」
「…こいつ…」
「Oh…デンジャラスだZE」
私は、呆れてものも言えない。
「さぁ、欲しい物も手に入ったな…さっさと逃げるぞ」
「オウイェ。ヅラ刈るゼェエ!」
「痛ぇよ!俺の頭はヅラじゃねぇよ!止めろ馬鹿!」
「…(ため息)」
そして、彼らは戻るべくさっさと歩き出した。
…そういえば、あのポケモンたちは何故喋っていたのだろう。
竜ジャガイモって、何だろう。
彼は何でその竜ジャガイモが食べたかったのだろう。
いったい、人間じゃないとすれば何なんだろう。
あの鉱石を売って、お金を得て何をするつもりだろう。
そして、何であのフーディンはハジケていたのだろう。
疑問はたくさんあったが、それは心のうちに仕舞っておいた。
「…気にしてても始まらないよね。行こう、煉」
「っと、そういえば…おい人間」
突然、先程の男に呼び止められた。
何なんだろう。正直鬱陶しい。
「何だか、アレ以上に訳の解らんヌケニンとテッカニンが出るらしい。気をつけておけ」
…私としては貴方も全然わけがわかりません。
私は、彼の忠告を一応頭に残して、先へと進む。

───もうあと少しで、私の思いは…───!

第5走 ブレイカーとか言う人

「キャァッ!」
突然、まばゆい光が私を襲った。
ここはどこ?さっきとはまったく別の空間・・・。
「おい、ハエ!」
誰かの声が聞こえる。ハエ?
「だから俺様チャンはハエじゃねぇと、673832.2920373回は言っているぞ!」
今度はさっきとは違う声。だけど数字の単位がかなりおかしかった。
「・・・」
やがて光はフェードアウトした。
周りは一面の花畑。
そこには一匹のヌケニンとテッカニンが居た。
ヌケニン?あの雪奈という男や、先ほどの謎の男が言っていたのはこのヌケニン?
「おい!だれだザメハ唱えたのは!」
「勝手に目覚めたんだろ!つーか、わかる人にしかわからんネタ持ってくるな抜け殻!」
「うるせぇぞ、ハエ。むしよけスプレーで一撃必殺かもNE?」
「うぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぅぅぅ〜〜〜!お、お、お、お、お、おおおおおおお前こそぉ〜〜〜!」
「何だ?お前こそ世界最強だって言いたいのか?照れちゃうね〜、ヌケちん照れちゃうよホント〜♪」
目覚めた?どうやら私は寝ていたみたい。
しかし何この二匹。喋っている内容がまったく理解ができない。あ。なるほど、あの謎の男の言っていたことがよくわかった。
喧嘩をしているっていのはわかっているけれど・・・。
とりあえず、話をしてみることにする。
「あなた達は?」
「オイラか?オイラはアナタに恋をするものです、セニョリータ・・・!」
「あ、こんなアルティメットクレイジーな奴気にすんなや。俺様チャンはテッカニンのテッカだ。4649!」
「あ?オイラはアルティメットクレイジーじゃねぇぞ、コラ。オイラはアルティメットオーバークレイジーなんだよっ! な、なんだってー!?」
「お前、一人でMMRごっこか。めでてーなー。ププw」
またわけのわからないやりとりを始めた。
でも、悪そうなポケモンでは無いというのは判る。
「ねぇ。ここはどこなの・・・?」
私は質問をしてみた。
どう考えてもここはおくり火山の内部とは思えない空間。
「ここ?電話ボックスの中」
「アホ!病院の中だ!」
「いや、ありえん!やっぱ小学校のトイレの中だ!」
「違う!それもありえない!」
貴方達の頭の中身のほうがありえない気が・・・。
なんだか頭が痛くなってきた。
しかし。
さっきから・・・煉の様子がおかしい。何故かビクビクしている。
まさかこのヌケニンとテッカニンにびびっている?そんなはずは無い、絶対に。
「ねぇ、本当にここはどこなの?」
わけのわからない喧嘩をしている2匹に私は詰め寄った。
「天国」
「え?」
「いや、地獄だろ」
「え?何を言っているの・・・?」
やっぱり頭がおかしい、この2匹は。
そのときだった。


ズプァアアアァァァァァ〜〜〜ンッ!


「タッカラプトポッポルンガプピリットパロ!」
「ほりいゆうじえにくすどらごくえすとだよ!」
突然生じた衝撃波によって、ヌケニンとテッカニンは遥か彼方まで吹き飛んでいった。
わけのわからない叫び声をあげて。
「あなた、大丈夫?」
そこに現れたのは白のフリル付きの青いドレスを着た女性。
肌の色は白く、ウェーブした赤っぽい薄い茶色の長い髪が印象の、垂れた目にエメラルド色の瞳の大人しそうな女性であった。
まさかこの人が先ほどの衝撃波を起こしたのだろうか?
いや、違った。その隣に居るミュウの仕業だった。
「あいつら果てしない馬鹿だから気にするなよ」
ミュウ。幻のポケモンと言われるあのミュウが私の目の前に居た。
まさか本当に私はあの世に言ってしまった?まさか、これは夢に違いない。
「今、ヌケとテッカが居ない間に事情を話するわ」
「事情?」
「ここは何処かとか、何故ここに居るのかとか、私は誰かとか、そういうことよ」
「はぁ・・・」
まぁ、それが一番聞きたかったことだった。
するとその女性は突然とんでもないことを言ってのけた。
「いきなりで悪いけど私は死人よ」
「え!?」
まさか・・・。まさか、私は本当に死んだの・・・?ということは側にいる煉も・・・?
「そして、あなたとあなたのバクフーンも死んでいる。つまりここは・・・」
「いや、もう言わないでください・・・」
そのまさかだった。私は本当に死んでいた。
でも何故?
特に痛い目にも苦しい目にもあっていない。
しかし、その答えはすぐに出た。
「さっきのヌケニンの仕業なのよ。大丈夫、元に戻れるから。」
「は、はぁ・・・」
その後、この女性の話を聞いたところによると。
なにやらあのヌケニンは「背中の穴に吸い込んだものを問答無用にあの世に送ってしまう」というとんでもない技・・・というよりも能力を手に入れてしまったらしい。
その所為で次々と生き物を吸い込んではこの世界、つまり「あの世」に送ってきているらしい。
限りなく迷惑である。
ちなみにこの女性は吸い込まれてやって来たのではなく、元から死人だったらしい。
「本当に戻れるんですか!?」
私はその女性に問い詰めた。
すると女性はクスリと笑ってこう答えた。
「このミュウに頼めばすぐよ」
「え?」
「この子、生きているのにこっちの世界に居るの、不思議でしょ?さっきのテッカニンとヌケニンも生きてるけど」
なんなんだ一体。頭が痛い。死後の世界の人や生き物はみんな頭の中がお花畑なのか?
死んでもないのになんで「あの世」に居る?もはや人智を超えている。
「俺はあの世とこの世を行き来できてさぁ。ハッハッハッハッハッ!」
ミュウはそう言って笑う。
無邪気で可愛らしい見た目とは裏腹に、豪快な笑いっぷり。
「とにかく、このミュウに掴まって」
「・・・」
「どうしたの?」
「え?あ、はい!」
私はもう何がなんだかわからなくなって呆然としていた。
臨死体験よりレアな体験だこれは。
そして私と煉はミュウに掴まった。
しかし。
「マテエェェェェェェェェェェェェッ!」
「げっ!抜け殻とテッカのヤロー、もう帰ってきたぞ!」
「はっはっはっは!テッカ、オイラとフュージョンするなり!」
「試してガッテン、ヌケ!」
「「いくぞ!フュ〜〜〜〜〜ジョンッ!ハッ!」」
ヌケニンとテッカニンがクルクルと回り、そしてまばゆい光が彼らを包み込んだ。
光が消え去ったあと、そこに居たのは一匹のヌケニンだけ。
「オイラ様チャンはヌケでもテッカでもない、きさまを倒す者だ!」
ヌケニンの声にテッカニンの声が混じっていた。
「おい、一旦俺から離れてろ」
「え?」
「早く離れてろ!」
「あ、はい!」
すごい気迫。まるでミュウとは思えないくらい。
しかし、あのヌケニンとテッカニンは一体何をしたのか。
テッカニンが居なくなっているし・・・。
「あいつ、融合したんだよ。融合っつってもヌケの背中の穴の中にテッカが入っただけだけどな」
「え?」
すごい、このミュウ。私の心の中の声を聞き取った。
でも、ここって「あの世」。「あの世」の世界であの背中の穴に入ったらどうなるんだろう。
「このオイラ様チャンことテッカヌケがキサマを地獄に叩き落してやろう」
「相変わらず口だけは達者なんだな、お前ら」
「そう言ってられるのは今のうちだ。かかってこいよ」
ヌケニンはツメをクイックイッとやってミュウを挑発した。
しかしミュウはまったく動じない。
「やれやれ。オツムのねぇ奴同士が融合すると更に馬鹿になるのかな?」
「オイラ様チャンは優しいから貴様に先に攻撃させてやろうと思ってなぁ」
「そうかい。じゃあ、いくぜ」
シュン。
消えた。
突然ミュウの姿が消えた。テレポートでもしたのだろうか。
そしてヌケニンの姿も居なかった。
「彼らは今、目にも見えないスピードで戦っているのよ。音がするでしょう?」
ドス。バギ。ゴン。ドゴ。バゴ。
確かに痛そうな音が次々と聞こえてくる。
しかし、見えないほど早いスピードで戦っているとは・・・。
「おらおらおらおらおらおらおらどうしたどうしたぁ?さっきまでの自信はぁ!」
「く・・・く・・・」
いつのまにか勝負が着いていた。
倒れていたのはヌケニンのほうである。
「(やっぱり私、夢を見ているの・・・?)」
「融合を解かせてもらう」
そうミュウは言うと、ヌケニンの背中の穴に手を入れて、何かを引っ張り出した。
テッカニンだった。
「や、やべぇぞヌケ!俺様チャン達が融合しても勝てねぇ!こいつ恐ろしく強いぞ!」
「慌てるなハエ!お前はハエ叩きで潰されてろ!オイラはその隙に逃げる!」
「な、な、な、な、な、な、な、な、何を言うとんねん!」
またわけのわからないやり取りが始まった。
「さぁ、あいつらが漫才しているうちに元の世界へ帰るぞ!」
ミュウが飛んできて、私と煉の腕を取った。
そして。

・・・・・。

「・・・ん?」
私は目を覚ます。そこには先ほどとはまるで違う雰囲気である場所。
周りは闇黒に包まれており、不気味な雰囲気が漂う。そして寒い。
隣には私の手持ちポケモンであるバクフーンの煉が寝ていた。
「本当にあっちの世界だったの・・・それとも夢・・・?」
今はそんなことどうだっていい。あと少し。あと少しなんだ。
「おい、糞に集ってるハエ!モンブラン5億個とレモンティー地球の海と同じリットル買ってこい」
「そんな金ねぇというかそんなにモンブランとレモンティーは存在しないというか何がハエだ、おい!」
「買ってこれないなら地獄に落ちるKANA!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?」
「ぬぬぬぬぬぬぬぬぬ!コノヤロー!」
「おお!やめろ、つばめがえし・・・あ!痛い!ごめん、オイラが悪かった・・・ちょ・・・ちょっと・・・や、やめろ言うとるやろ!」
先ほどの出来事は夢ではなかった。
現実に、私は『あの世』に行っていたのだ。


───これ以上、妙なことは起こらないように願って、私は先へと進む・・・───

最終走 殻サリス

Hold onto,Dont

 私は走り続けた。このおかしな空間を。
 しかし、いつしか足の動きは鈍くなってきていた。とうに私を追い越した煉が、待っているぞとでも言うかのようにこちらを振り返る。
 疲れてきた、と感じる。
 体力ならこの旅で余りあるほど鍛えてきたつもりだ。しかしそういう問題ではなかった。煉がいなければ一寸先も見えないこの世界。この先アイツと本当に会えるのかと言う疑問。そして何より先程からどんどん大きくなってくるこの不安。
 私はゆっくりと煉のそばに寄って行った。
「ねえ煉、あのさ、アイツって――」
 ……さ……しい……。
 どこからか聞こえてきたのは先程も聞いた声だった。私は瞬時に体を緊張させ、あたりを見回す。煉も警戒しているようだ。
 しかし煉の灯りに映るのは、ただ無機質としか言いようのない世界だけだった。割れたコンクリートの大地。傾いた電柱の森と、ケーブルの枝葉。錆びた鉄骨の野原。打ち捨てられた物たちが、いつまでも身を寄せ合う場所、とでも形容しようか、そんな印象を受ける。
 ……さみしい……さみしいよ……。
 今度はもっとはっきりと聞こえる。何故こんなに悲しい声が出せるのだろう。心の奥の何かが無理矢理掘り返されるような感覚に戸惑う。すすり泣くような泣き声、それは私が出しているのではないかとあらぬこと考える。
 しかし声の主はすぐに分かった。先程からいたのか、今現れたのかは分からないが、私と煉から数メートルと程ない所に幼い少女が座り込んでいる。この空間に来てからというもの、不思議なことばかりだ。だからと言って見過ごした所でどうなろうか。私は一歩一歩、煉とともにゆっくりと近づいてみる。そしてすぐに、何かがおかしいと気づく。
 煉の灯りが照らす少女の背景は、黒ずんだブロック塀だった。だからもちろん少女にも煉の灯りは充分に届いているはずなのに、いくら目を凝らしてもその少女はまるで輪郭しか見えないのだ。少女は顔に手をあてこちらを見ようとはしない、ように見える。
 私は少女のすぐ横にしゃがみ、声をかける。
「ねぇ、どうしたの?」
 ……うぅぅ……ヒク……うぅぅうぅ……ヒク……。
 少女は泣くばかりで、こちらに反応しようとはしない。私は仕方なく少女の肩に触れるてみる。
「ねぇキミ、何泣いてるの?」
 もう一度声をかける。すると少女はようやく私に反応し、こちらへ顔を向ける。その瞬間、涙を拭く手の隙間から覗いた彼女の顔を見て、私は驚愕した。
 顔が無い。
 それが私の正直な感想だった。
 彼女の顔、いや肌全体が新月の夜のように闇に染まっており、ただ泣き腫らした目と涙の跡だけが彼女の顔を形作っている。私は思った、明らかに人ではない。恐らくは……ポケモン、そうムウマ。
 ひどくしゃくり上げながらムウマは喋りだした。
「……ヒク……あのね……う……だれもね……ヒク……わたしのこと……おぼえてないんだよ……みんなね……しらないって……ヒク……いうの……」
 冷たくて、ぬるっとしたものが背中を撫でた気がした。何?この感じ……。
 ムウマの顔はこちらを向いたまま、泣きはらした目が大きく開き、口の両端がわずかに上がった。
 ただ、私は彼女の顔を眺めていたことは確かだ。そして何かを考えようとして、しかしそれを止めた。再び考え、止めた。その繰り返しが、そして私が彼女の顔を見つめていたのが、何秒の間だったのか、何分の間だったのか、分からない。
 ようやく私の思考がまともに、あるいは無理やり活動を再開したとき、初めの思考は、あたりの様子が一変していることについてだった。煉はまるで石のようにピクリとも動かない。背中の炎が消えている。試しにモンスターボールのキャプチャービームを当ててみるが、ボールマーカーすら反応しない。周囲を見渡す、明るいのか、暗いのか。試しに目の前にかざしてみた手のひらが、輪郭を残して消えている。私は気づいた、自分の体が、ムウマと同じ体になってしまっていることを。そしてスポットライトのような妖しげな光、もしかしたら影だけが、私とムウマを照らし出していた。

 ふと、後ろから布が擦れるような音が近づいてくるのに気付いた。
「――ケラケラケラケラケラ。ネーネー、コワレタおもちゃガドウナルノカ、しッテルーゥ?」
 振り向くと、あの巨大なジュペッタが歩いてくる。右腕が肩から吹き飛び、黒っぽい濡れた綿のような物が飛び出している。
 私が煉に、そうするよう命令したのだ。
 ジュペッタはモゴモゴ動かしている口のチャックを、まだ付いている左手で開けようとしている。
「ジジッ……アンナニかわガッテクレタノニ……ジジッジッ……でもスグあたらシイノかッテもらウカラさ……ジッ……イツノまニカ……ジギッ……ぼくノこと……ジギギッ!!」
 ジュペッタが勢いをつけて、無理矢理にチャックを引っ張る。
 ――パゥッ……。
 破裂音。ジュペッタの頭はまるで風船が割れるように、はじけた。
 突然の出来事に、思わず私は目をつぶる。

 恐る恐る目を開けるとそこには、私をこの場所まで導いた男達、雪奈と緋穏がいた。
 雪奈は、言葉を一つずつ選ぶようにゆっくりと、私にささやいた。
「キミのバクフーンのもとの持ち主、もしその人物がここにはいないとしたら、キミはどうする?」
 何を言ってるの?――途端に私は逆上する。そんなのウソよ! アイツが、私のバクフーンの元の持ち主が私を呼んでるって、そう言ったのは雪奈、あなたじゃない!
「キミにそう伝えろ、っていうのが、オレたちが受けた依頼だ」
 イライラしている様子の緋穏が、信じられない一言を放った。その言葉に私は、何がなんだか、わけがわからなくなる。
 じゃあ、あなたたちの言っていたことは、私を陥れるための罠だったってこと? ウソ、ウソよ……。

「ヒャハハハハハハハハハ!」
「テメーはうるせーんだYO! 少し黙ってろい」
 常に戯れ合い、離れない二匹。ゴーストと、卒塔婆を持ったゲンガーだった。
「おっと、スイマセン兄貴」
 イヤだ、今この人達と話なんかしたくない。ここにアイツがいないって言うのなら、他を探すんだ。
「ところで嬢ちゃん、名前はなんてったけかなぁ」

「おい、お前まだこんなとこにいんのか」
 幻のポケモン、ミュウ。
「大丈夫? 顔色が悪いわよ」
 彼女は死人。死後の世界の住人。
「なんだなんだ!? オイラとお別れするのはやっぱり寂しいよーってか?」
「あ〜ららららら。この抜け殻ったらネジが千本くらい抜けちまってるみたいだぜ。俺様チャンに会いたくなったからに決まってんだろ!」
 あなたたちは、また殺すの? 私を殺しに来たの? 死にたくない、私にはまだやりたいことが、アイツともう一度会わなきゃ、死にたくないよ!
「どうしてだ? 俺みたいに、誰も知らない、誰も見たことのない幻の存在になるんだぜ?」

「アーッヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!!!!」
 ファイと言うイかれた少年。
「のわぁ〜っとぉ!!! なんだこの美しい少女は〜!!!!!! オイこっちこい、ゴクリン!!」
 もうイヤ、もうイヤ、もうイヤ――。こんなところ早く出て行くのよ、ここから出してよ!
「ところで君、以前どこかでお会いしませんでしたっけ?(歯キラーン)」

「そういえば君はどこからここに入って来たんだ?」
 ……あなたは誰?
「どうしたの?」
 こんな人知らない、私知らない!
 助けて、助けて!
「え、僕だよ、アキラだよ。覚えてないの? ひどいな〜」

「貴様は先程、ムウマの友達に『会い』に来た、と言っていたな」
 ウルフと呼ばれた男。そう、私はアイツに会いたくてここまで来たのよ。なのに、どうして……。
「――で、それは一体……誰だ?」
 誰って、そんなの他でもないじゃない。アイツは……。
「どんな奴だった? 名前は? 顔は? 特徴は?」
 だってそれは……。
「……貴様はな、何も覚えていないのさ」
 そんなことない!

「それなら、そいつと何をして遊んだんだ?」
 アイツに会いたい、その一心でハジツゲを飛び出した、ポケモンを育てた、ジムに挑戦した!
「君はその少年といつもどこで会っていたわけ?」
 私が今までどうして旅を続けてこられたと思うの?
「彼の親は何の研究をしていたんだい?」
 アイツの行方の手がかりを、どこからでもいい、誰からでもいい、手に入れるためなら何でもしてきた!
「その野郎、どこに住んでやがったんだ?」
 きっとどこかでアイツは生きてる、私を待ってる、そう信じて走ってきた4年間なのよ!
「どういう服を着てたってんだ?」
 その苦労が、一体誰に分かるっていうの?
「その男の好きなものは?」
 私の大切な思い出、今の私が私でいられる証拠なのよ!
「彼はあなたにどんな笑顔を見せたの?」
 それを覚えてないわけがないじゃない!
「その男の子を覚えていないのよ、あなたは」
 私の悲鳴が、そこにぽっかりと開いた真っ黒い穴に響いたのが聞こえた。私は一生懸命に幼い日の記憶を漁った。しかし、ことアイツとの思い出を、私はついに思い出すことができなかった。まるで初めから何も知らなかったかのように。どうして? どうして思い出せないの? 私はいつのまにか忘れてしまったのだろうか。あんなに会いたいと思っていたアイツのことを、忘れてしまった? 大切な思い出を、信じられないが、こうも簡単に忘れてしまうものだろうか。
「いいえ、違うわ。その男の子は、ある友達のいない寂しい女の子が生み出した、空想なのよ」
 私のまさに目と鼻の先に、ムウマの顔はあった。ムウマの冷たい吐息が私の頬をくすぐる。その、輝きの無い、夜の海のように深い瞳に、私の視線は吸い込まれていた。
「あなたの旅の中で、彼の手がかりがいつ見つかったっていうの? 見つかるはずもないわ。だってそんな人、最初からこのホウエンにはいなかったんだから」
 思えば私の心はいつもがらんどうだった。けどそれは、アイツがいなくなってしまったからだと思っていた。
 ムウマの瞳から目をそらすことが出来ない。そこには、悲痛な表情に顔をゆがめる、みじめな私の顔が映っていた。
「あなたは居もしない男の子の友達の話をして、周りに笑われていただけなのよ。警察が探しまわっていると大騒ぎして、親に叱られただけなのよ。居もしない彼を探すと言い訳して、現実から逃げ回っていただけなのよ。名前すら分からないのだからと、彼を探すふりに満足していただけなのよ」
「いや、いや、もうやめて、お願いもう聞きたくない!」やっとの思いで目をつむる。
 しかし、ムウマの言っていることはきっと真実なのだろう。なぜなら私は現にアイツとの思い出を持っていなかったのだから。ムウマの言うことを聞くと、すべての辻褄が合ってしまう。そうでなければ私の心の空洞をどう説明すればいいのか。なぜ今までアイツに関する情報を得ることが出来なかったのか。真剣でなかった? いるはずがないとどこかで思っていた? そうかもしれない。にわかには信じられない、しかし他に納得できる答えを思いつかない。これ以上自分にウソをついて、どうなるというのだろうか。もはやそうとしか考えられなくなる。認めるしかない。
 幼い私は、空想の友達を作り出して、いつも一人で遊んでいたのだ。孤独に耐えかねて、私は私をなぐさめてくれる夢をみていたのだ。私の心の空洞は、その頃からそのままの私の心そのものだったのだ。
 私は涙をこらえきれず、ついに泣き崩れてしまう。そして心のどこかで、ほっとしている自分がいた。
 寂しい。寂しい。それは私の心の声だ。ムウマはそれを知っているのだ。そして私に気づかせてくれた。ムウマはきっと私のためを思ってくれているのだろう。
 振るえる声で、私はムウマに問う。
「私はこれから、どうすればいいの?」
 ムウマが私に、優しく語りかける。
「目を閉じなさい。彼はそこにいるわ。そして心を閉ざしなさい。そうすればもう一度会えるわ。今度はいつまでも、楽しい夢をみていられるわ。あなたが彼をいると思えば、彼はいる、そういうものよ」
 その声はとても心地よく、まるでお母さんが慰めてくれているようだった。

 朦朧とする意識に、遠くから、やがて近づく、なにやら必死な声が私を呼んでいた。
「ノン! だいじょうぶかい、ノン?」
 気がつくと、視界いっぱいに、オレンジ色に染まった夕焼け空が広がっていた。雲ひとつ無かった。どうやら私は、仰向けで倒れているらしかった。首筋を生い茂った草がくすぐっている。そんな私を心配そうな顔でのぞく少年がいた。
 私はその少年を知っている。
 それは、アイツだった。
 一体どういうことだろう。なにが起きたと言うのだろう。私はアイツを探して旅に出たはずじゃなかったのだろうか。送り火山の異空間に入り、そしてムウマと出会い、どうなったのだろうか。あんなにも会いたいと願ったアイツを目の前にして、私は混乱した。
「ああ、よかったノン。なんともないか? ボク心配したんだぞ。ノンが急に柵の上なんか歩くから……」
 アイツの言葉を頼りに思い出してみる。そうだ。それはなんてことの無いことだったのだ。
 私は、いつも私を驚かせて喜ぶアイツを今度は私が驚かせてやろうと、木で出来た柵の上をバランス良く歩いて見せようとしたのだ。しかし柵を支える杭は根元が腐っていたのか、私の重みに耐えられず倒れてしまい、私の体は柵から転げ落ちてしまったのだ。
 そこできっと私は気を失い、悪い夢を見ていたのだろう。私のような子供が、ポケモントレーナーの真似事を出来るはずがない。アイツがいなくなるなんて、そんなことがあるはずがない。なぜなら現にアイツは今私の目の前にいるではないか。昨日も今日も、この場所でアイツと会っていたではないか。私の心の中の小さな不安が、ちょっとした悪い夢を私に見せただけに違いない。今日だってこの空は晴れ晴れとしていたではないか。
「えへへ、だって、ビックリさせようと思ったんだもん」
 少し照れて、あいまいに笑いを浮かべて見せる。そんな私をアイツはほっとした表情で見つめた。
 アイツがいて、私がいて、そこはハジツゲのまわりに広がる野原だった。
「ねえ、次は何して遊ぶ?」
 それから私たちは二人、いつまでもそこで遊び続けた。
 太陽が西の空を赤く染め上げても、私たちは野原を駆け回っていた。
「日が暮れる前に帰りなさい」という母の言葉を忘れていたわけではない。けれど、世界一料理の上手な私の母の作る温かい夕食よりも、今日はアイツともっと一緒にいたかった。だから今日は、今日だけは、あの太陽が暮れてからでもいいじゃないか。そう自分に言い聞かせ、別れを切り出すための勇気と、母の言いつけに逆らう罪悪感とを投げ捨てる。だいじょうぶ、「少し遠くで遊んでいたから」と言い訳すれば、母もしかたなしに許してくれるだろう。いつも私が先に別れを切り出していたのだから、今日はアイツが別れを切り出すまで待っているのだって悪くない。けど、もし本当にアイツが「もう帰ろう」などと言おうものなら、そしたら私はどういう気持ちになるだろうか。
 なんだか急に不安になってうつむく。それを不思議に思ったのか近づいてきたアイツに、思い切って抱きついてみる。
 驚いた様子で、しかし次の瞬間には笑顔で私の頭をなでてくれるアイツ。なんだか今日は優しい。けれどそれが少し恥ずかしくもあって、そっと体を離す。
「ノン?」
 わざとすねた顔をして、ぷいとそっぽを向いてみる。
「ずーっとここにいていいんだよ」
 アイツがそう言ってくれる。私はその言葉がたまらなく嬉しくて、もう一度アイツに抱きつく。暖かい。アイツはここにいる。私もここにいる。この暖かさがその証明。
 私はそれをさらに確かめるように聞いた。
「もうどこにも行かない?」
「ずっとここにいるよ。だからノンもずっとここにいていいんだよ」
 現在と変わらない未来が続くと言う幸せ。そんなことは私たちにとって、当然のこと、確かめるまでもないことなのだ。それをどうしてこれほどまでに嬉しく感じるのだろうか。なんでもない、簡単なことなのだ。私が望んだことは、本当になる。この世界は最初から、そういう優しさで満ち溢れている。私が願えば、アイツはずっと私のそばにいるし、私もずっとアイツといられる。疑う必要は無い。私はその当たり前の幸せを感受すればいいのだ。
 そして私たちは手をつないで野原を走り出した。いつまでも駆け回っていた。私たちを見守っている太陽が沈むことはなかった。いつまでも、いつまでも、いつまでも――。
 しかしその太陽は、やがてグニャリと捻じ曲がった。それは端の方から弾けて火花となり、燃え上がった。地平線からどす黒い煙が空へ、真っ赤な炎が草原へ、あっという間に広がっていく。
 間もなく、凄まじい熱風が、私とアイツを襲った。たたきつけるような風に素肌が火傷する。むせ返るような煙に息が苦しい。その風圧にあってはただ立っていることも難しく、アイツと二人、体を支え合う。
 熱い、痛い。それでいて、ぞくぞくと寒さを感じ、震える。何か、あってはいけないことが起こる気がする。いやすでにそれは起こっている。しかしそれ以外の何か、もっともっと、とても大変なこと、それを私は知っているような気がする。なぜ今そんなことを? 私は何を知っているの? 思い出したくない。とてもイヤな感じがする。
 気がつけば烈火の渦が私とアイツを取り囲み、火の海となっている。空に黒い煙が覆う。絶え間なく、バチリバチリと爆ぜる音が聞こえる。その間にも風圧とその熱とがますます強くなる。母に結ってもらった髪が目茶苦茶に乱れ、お気に入りの服が焼け焦げ、はだける。
「ノン!」
 アイツはとっさに、私を下に覆いかぶさるように伏せた。アイツの体が盾となり、そのお陰で私の体は吹きすさぶ熱風から守られる。次の瞬間、爆風と表現できるほどの凄まじい風圧がアイツを吹き飛ばそうとする。
「ダメ!」」
 私は伏せた格好のままアイツの腕を掴み、離さない。土と灰にまみれながら、力強くアイツを掴み続ける。私がようやく手に入れた幸せだ。もう二度と失いたくない。
 しかしその努力もむなしく、私の握ったアイツの腕はふわりと解けた。アイツの体のあちこちから黒い何かが噴出したかと思うと、その全てが闇に染まり、瞬く間に爆風にかすれて消えてしまった。
 アイツが、消えたのだ。
 イヤなことがあったのだ。それは今? 目の前で起こっている出来事のこと? ……違う、もっと前の、過去の、思い出。忘れたい、思い出したくないこと。なんでそんなこと思い出さなくちゃいけないの? 忘れていていいのに。だってイヤなんだから。私は今までそうしてきたし、ムウマもそれでいいと言ってくれたじゃないか。それをどうして……。
 その出来事を理解するのもつかの間、さらに強い爆風が私の体を宙に浮かせる。世界が燃えていた。あっという間だった。これほどまで簡単に、私の世界は壊された。黒い煙と一緒に体が舞う。目が回り、意識が遠くなる。

 ぼんやりとした視界に、まぶしくほとばしる炎と、黒々としたたくさんの何かが見えた。煉と、煉と私を取り囲むゴーストポケモン達だった。そこはもはや、懐かしいハジツゲではない。送り火山の異世界だった。
 次々と襲い掛かるゴーストポケモンに煉が抵抗しているのが見える。トレーナーに従うポケモンは主人の命令が無ければ技を使えない。強力なポケモンの暴走を防ぐため、リーグバッジにはそういう機能がある。煉は私を守るために、このゴーストポケモン達と、技を使うことも出来ず、素手で戦っていたのだ。
 私は何をしていたのか。硬い地面に倒れこみ、気を失っていたようだ。起き上がろうとすると、焼けるような痛みが体のあちこちに走る。全身に力が入らず、這いつくばる格好になる。
 スカートをなびかせ空中にふわふわと浮かんでいるムウマが、私をじっと見下ろしている。さげすむような、そんな視線を送ってくる。
 悲しさと、悔しさと、切なさとが胸にあふれ、力が出ない。
 そんな私に、奇声を上げながらゴーストポケモンが攻撃をしかける。放心し、体が動かない。自分の体をかばうことも出来ず、ただ目をつぶる。

 この痛みを私は知っていた。
 それはホウエン地方の田舎町、コトキタウンに立ち寄った時のことだった。
 そのころ煉はまだマグマラシで、私の言うことをちっとも聞かないポケモンだった。当たり前だ。もともとの主人が違うのだ。まだリーグバッジをいくつも持っていない私の命令を、おいそれと聞くほど、煉はお人好しなポケモンではない。
 だから、ある民家から出てきた中年の男性を見て、煉が突然駆け出した時も、「またか」と思ったものだ。見知らぬポケモンにいきなり押し倒されて驚かないはずが無い。すぐに男性に駆け寄り、私は謝らなければならない。よく躾をしますから、ここはどうか許してください。こんなこと何度目か、イヤになる。しかし男性の放った言葉に、驚いたのは私の方だった。
「……煉か!?」
 私はこの男性を知らない。だからこの男性が、私のポケモンである煉を知っているはずがない。いくらマグマラシがホウエンでは珍しいポケモンだと言っても、私のような駆け出しトレーナーのポケモンである煉を知っている人間が、こんな田舎にいるはずがないと思った。
「お嬢さんがこのポケモンのトレーナーかい? ……だとしたら、いや失礼だが、君はノンちゃんじゃないか?」
「ノン」という愛称を、私はトレーナーとして名乗ったことが無い。この男性はなぜそんなことまで知っているのか。私は男性を問いただした。
「息子は毎日、君の話をしていたよ。是非一度君と会いたいと思っていた。ハジツゲでは息子とよく遊んでくれたそうだね。そしてあいつのポケモン、当時はまだヒノアラシだったかな、それを君に託したことも、息子から聞いている」
 驚くべきことに、この男性こそが私の探していたアイツの、父親だと言うのだ。とんでもない偶然に、そう、とうとう見つけたのだ。
 それからアイツの父親は、私を家の中へ招いてくれた。そこにはアイツの母親もいて、紹介してくれる。そして今までのことを教えてくれた。アイツの両親は、当時ハジツゲで行っていた研究成果を、あるテロ組織に狙われたのだった。特殊な鉱物が持つエネルギーを利用して、ポケモンの能力を強化する、決して悪用されてはならない恐ろしい研究だと言う。テロ組織の手から逃れ、研究を守るため、一家はハジツゲを後にした。各地を転々とし、やがてこのコトキにたどり着いた。ホウエン地方に暗躍するテロ組織については、私も人づてに聞いたことがある。ポケモンにとって住みやすい環境に世界を改変することを理念とした過激派団体だったと思う。しかし現在は内ゲバ、つまり内部抗争によって、実質的に組織的活動が不能な状態だったはずだ。さらにコトキタウンは他の町からの交通が不便な土地である。このような田舎町に隠れているならば、見つかる可能性は低いということだ。
 それならば、アイツは今何処にいるのか。私は聞いた。私はアイツが突然いなくなった真相と、そしてもう一度アイツ会うために旅へ出てきたのだ。父親は黙っている。母親は顔を背けた。どういうことか。父親が「ついてきてほしい」とだけ言うと家を出る。案内されたのは、町外れだった。
 そこには墓標があった。そこに書いてある名前を、私は知らなかった。誰のお墓だろう。どうしてこんなところに連れてきたのかな。そう思って、ぽかんとしていた。
 そこで、アイツの父親と会ってからそれまでおとなしくしていた煉が、突如として咆哮した。腰から炎が噴出す。
「煉、どうしたの!? やめなさい!」
 慌てて言い聞かせるが煉は私の言うことを聞かない。炎の勢いはますます強まり、はじけた火花が私の体を撃つ。熱い。痛い――。

 再び目を開けた時見たのは、私の身代わりに飛び出し攻撃を受けた煉だった。
「――ッ!」
 叫んだつもりが、声にならない。
 地面にのたうつ煉を見て、チャンスとばかりに一斉に攻撃をしかけるゴーストポケモン達。
 ムウマが煉を見て、冷酷な笑いを浮かべ、震えている。さも嬉しそうに。
 やめて、やめてよ。
 黒煙の噴射に転げる煉。
「ぁ――!」
 鋭い爪に四肢を裂かれる煉。
 お願い、そんなことしないで。
「……れ――!」
 煉の周囲に黒々とした物体が山と群がっていく。絶え間ない鈍い音の中に、煉の悲痛な鳴き声が混じる。
 目の前で繰り広げられる惨状に何も出来ないではない。だって煉は他でもない、私の大事なポケモンではないか。こんなことを許していられるわけがない。力を振り絞り声を荒げる。
「煉! ブラストバーン!」
 黒と黒の隙間から屈折した空気が立ち昇る。途端に噴出したすさまじい猛火が全てのゴーストポケモンを吹き飛ばした。
 ムウマの顔がゆっくりと歪んでいく。目じりが釣り上がり、鼻筋を中心にしわが寄る。怒りと、悲しみと、憎悪とが混じりあった、恐ろしい顔に。強烈な敵意をむき出しに、私をにらみつけていた。
 熱波が伝わる。焼けるような痛み。その痛みは血液にはぜる火花のしたたり。熱い火花は煉の生きる輝き。そして煉は、そう、この痛みは決して私の空想なんかじゃない。
 アイツからもらった、私の大事なパートナーだ。
 いつまでも遊び続けていられる。
 私は別れを切り出す必要も無い。
 アイツがいて、私がいて、
 楽しい、暖かい日々……?
 ふざけんな。アイツは――。
「アイツは死んだのよ!」
 私たちを取り囲んでいたゴーストポケモンたちが黒い霧となって四散する。
 自分で言っておいて、そのくせはっとする。思い出せないのではない。思い出したくなかったのだ。でももう茶番はおしまい。とっくに白けたお芝居は幕引きを待っている。沈まない夕日を信じて遊び続ける子供たちに、しかし私はさよならを告げなければならない。

「旅先で知ったのよ。アイツが死んだことを」私は体力の少なくなった煉にキズぐすりを使用し、気遣って見せる。誰に? ムウマに? 煉に? それとも自分に?「でもそんなこと、受け入れられるわけがないじゃない。今まで私がしてきたことがすべて意味の無いことだったなんて、認められるわけないじゃない。だから、これは何かの間違いで、きっとアイツは今もどこかで生きているって、アイツは生きているんだってそれだけを信じて、アイツがもういないっていう現実を、あまりにひどい現実を心の奥にしまいこんだのよ」
 そう、アイツの父親に案内された墓標、それは他でもない、私の探していたアイツのものだった。アイツは逃亡生活中、あえなく事故で死んだのだという。それからのことはあまり思い出すことができない。おそらく私はひどく荒れて、それはアイツの両親を困らせるほど、そして逃げるように再び旅に出た、とそんなところだろう。
「それから煉は、不思議と私になつくようになった。それはきっと私がトレーナーとして成長したからだって、思い込むことにした。でもよく考えれば分かることよ。煉は頭のいいポケモンだから、アイツが死んだことが分かったんだわ。そして煉のポケモンとしての本能は人間の主人を求めた。それが単に一番近くにいた私だったってだけなのよね。でも私は知らない振りをし続けた。思い出さないことにしたのよ。旅を続けるために、アイツを探すことを続けるために。イヤなことから逃げるために。でもそうしたら、いつのまにか、一緒に大事な記憶まで思い出せなくなってしまった。アイツとの思い出まで、思い出せなくなっていた。それから今ままでずっと空っぽの心で生きてきたのね。人間ってそんなに器用じゃないもの。都合よくイヤなことだけ忘れられるわけがなかったんだわ。だから結局、思い出してしまった。アイツがもういないって、私知っていたんだわ」
 ムウマの眉間がしわを寄せるほど吊り上り、口が台形に変形し、目は虚ろに漂う。苦悩の表情をして、空中から降りてくる、というより、落ちてきた。
「なぜあなたは夢を見続けないの? そうすればずっと彼といられたのよ。あなたが望んでいたことなのよ。あなたにとって幸せな世界だったのに。それなのに、どうして今になって思い出してしまったの!? あなたは与えられた幸せを感受していればよかった! そうしていれば、みんなが幸せでいられたのに! 誰もイヤなことを思い出さなくてよかったのに!」
「私はそれで幸せだったかも知れない。それがたとえ偽りの幸せでも、私はそれに満足して、一生を終えられたかもしれない。でも私がいつまでもそんな風に幻想にうつつを抜かしていたら、煉はどうなってしまうの? 煉にはもう私しかいない。アイツが私に託したポケモンなのよ。ムウマこそどうしてこんなことをするの? あんたは何が望みなの?」
「わたしはあなたが妬ましい」しだいにムウマの顔が再び険しいものへと変わっていく。「あなたのことを考えるとハラワタが煮えくり返りそうだったわ。あなたの中の彼の思い出を、少しも残らないくらい奪ってやろうって思った。わたしは送るのよ、忘れられた魂を、あの世とか、天国とか、どこかなんてわたしも知らないけど、そこへ送り出すの。そして小さな思い出を預かるの。誰も知らない幼い日々。言葉にならなかったかすかな願い。少しずつ消えていく安心。暗がりに映る後悔。そういった小さな、だけどその人にとっては大事な思い出を、最後にわたしが預かるの。どうしてなの? あなたは彼がもうこの世にいないことを、とっくの昔に知っていたのに。どうして来たの? わたしにそれを教えるために? わたしから彼を取り上げるために? あなたは彼が死んでいないと信じた。きっとどこかで生きていると信じた。そして本当はもういないことを知っていた。わたしがここに生まれてから初めて、彼はわたしを見つめてくれたわ。忘れられていく自分ではなくて、今まで誰も知らなかったわたしを、知ってくれた。それがどれほど大変な出来事かあなたに分かって? わたしにとってそれがどれほど嬉しいことだったかあなたに分かるの? 決して誰にでも出来ることじゃないのよ。人間はみんな自分のことしか考えていないわ。誰かに愛されたい、誰かに知って欲しい、そう誰もが思っているわ。だからわたしが生まれたのよ。すべての人間が安心して死んでいけるために。わたしはそのためだけに生まれてきたのよ。死んでいく人が最後に何を考えると思う? 誰かに自分のことを覚えていてほしい、それだけなのよ。そんな魂が一体どうしてわたしのことを気にかけてくれるという? わたしだってそうなのよ。誰かに知って欲しい、誰かに愛されたい! 一人ぼっちはイヤ! 誰かわたしに気付いて! そう願っていた。いつしかスカスカした空虚な、自分というものは初めからいなかったんじゃないかって気持ちになった。考えたくなかったのよ。何も考えない、何も感じないほうが楽。そんなわたしに、彼は優しかった。たまらなく嬉しかった。この瞬間のためにわたしは生まれたんだって思った。生きていてよかったって。そしてわたしはその彼を送ったわ。わたしを知っている人間を、わたしは送ったのよ。わたしにとって唯一の希望を、ようやくたった一つ手に入れた幸せを、わたしは自らの手で捨てなければならなかった。なんでこんなことをしなければならないの? 生まれて初めて自分の宿命を呪った。でもどうしようもなかった。わたしはそのために生まれてきたし、そうしていなければこの世界に生きていけない。でもわたしは、こんなことしてまで生きていきていたくなかった。死にたいと願った! けどそれすらも許されない! わたしは世界に要請された存在だから。どこにも行けない。縛られ続ける。なんてことなの!? 死ぬことも出来ないだなんて! どうしてわたしなの!? そんな時彼から預かった思い出の中であなたを知った。彼はあなたの思い出大事に大事にしていた。あなたがうらやましかった。彼はわたしだけを見ていてくれたんじゃなかっただなんて。あなたが憎かった。いっそあなたがわたしの役目に生まれてくればよかったのに! そのわたしのところへあなたが来たら一体どうなるの? それはわたしだけの彼ではなくなってしまうということ! 彼を探しに来た、会いに来たと言って、わたしだけの彼をあなたはわたしから取り上げてしまう! それがたまらなく怖かった。あなたは彼と過ごした思い出を持っていた。彼から託されたポケモンを大事にしていた。なぜそれで満足しないの? それ以上何が足りないって言うの? わたしは彼をわたしだけのものにするために、あなたにウソの記憶を植えつけることにしたわ。この空間にわざわざ招き入れて、そして夢の中に、うっとりするような夢に中にあなたを一生閉じ込めようと考えた。優しいでしょう? あなたを殺すことだって出来たのよ。でもそれじゃ意味が無い。わたしはあなたから彼の思い出を取り上げてやらなくちゃならないんだから。そして途中まではうまくいったわ。あなたはずっと現実から、自分から、思い出から逃げ回っていたから、簡単だった。あなたから彼の思い出を消し去って、わたしは彼をわたしだけのものにする! わたしの思い通り! でも……ダメだった。それは煉がいたから。そのバクフーンが、あなたにすべてを思い出させてしまった。わたしの負け。最後に彼のポケモンにジャマされるなんて、皮肉だわ……」
 ムウマはきっとアイツのことが好きだったんだろう。そして、死んだことを受け入れられなかった。私と同じように。私がここへ来たら、ムウマはアイツが死んだことを話さなければならない。それはムウマにとっても、アイツを失ってしまうということだったのだろう。
「ムウマ……アイツはね、知っていたのよ。私がアイツのことを忘れないって、そう信じていたのよ。だからきっと安心して、あんたを知ろうとしたのね。アイツ優しいわね。だから私も彼と同じことをあなたにしてあげるわ。私はあなたを忘れない。ううん、きっと忘れたくても忘れられないわ。また会うときまで、あなたのことを覚えといてあげる」
「わたし、あなたにひどいことたくさんしたのに……」
 ムウマがわっと泣き出す。
「私たち同じね。ずっとアイツの思い出に捕らわれていて、そして一緒にアイツの思い出と向き合ったんだわ。アイツのいない現実と向き合ったんだわ。もしかしたら、ムウマ一人でも、私一人でも、いつまでたっても出来なかったことかもしれない。きっとそうよ。一緒だったからできたことなのよ。そう思うことにする。アイツのこと好きな女の子が二人もいるのに死んじゃうなんて、甲斐性の無いやつよね、アイツ」
 思い上がったことを、と自嘲する。ムウマに対して偉そうなこと言える資格が私にあったのだろうか。私はなおも、アイツとはもう二度と会えないという事実を受け止め切れずにいる。ムウマだってそうだろう。もし煉さえいなければ、などと今さらに思った。私は浅ましい女の子だ。ただ、煉と過ごしたこの4年間、曲がりなりにもトレーナーとして旅をしてきたことはそれだけで、楽しかった、充実していたと言えなくもなかったようにも思う。いや、そう思いたい。しかしこれからはどうだろうか。分からない。送り火山の頂上から見える、雲ひとつない晴れ晴れとした空に、今は雨を降らせるよりほかに出来なかった。

 了

第一走:ピカチョー
第2走:晃
第3走:ファイ
第4走:一匹ウルフ
第5走:ブレイカー
最終走:殻サリス

Plot:龍ノ丞
Title:ファイ
Illus.,HTML:殻サリス

2005.3 - 2011.3/18