ある晴れた日曜の昼前、少年があわてた様子で研究室に駆け込んでくる。少年は目を閉じて動かない怪獣の子供をその腕に抱えている。
「博士。僕は先週博士からいただいたヒトカゲを殺してしまいました」
散らかった研究室。それまで博士は机の下でうたた寝をしていて、少年があまり乱暴にゆさぶったのでとても寝覚めが悪い。
「早くも飼育放棄か。こらえ性のないやつだ」
「違います」少年は目に涙を溜めて、「とても大事にしていました。ちかごろやっと懐いてきたところです。昨日の散歩は弟に押し付けましたけど、それは友達がムリに遊びに誘うので仕方がなかったんです。ところが今日僕が朝ごはんのみそ汁を溢してしまったとき、そこいらでごろごろしていたこいつのしっぽにひっかかっちまったんです。みそ汁の具は大根と豆腐です」
「なあんだ、メシの話かあ……もにょもにょ」
「寝ないでください。博士もご存知のように、ヒトカゲという生き物はしっぽの先にいつも炎を灯していて、特に元気なときにはいきよいよく燃え上がるものだから生命力のあらわれだといいます。みそ汁がひっかかって逃げ出したヒトカゲをやっと見つけたときにはもうこのようにぐったりしていて、しっぽの炎は消えていました。ああ博士、いったい僕はどうしたらいいのでしょう」
「あはあ」とあくびをひとつしてから博士は机の下から這いずり出る。「生命力のあらわれたあ上手い言い方だな。確かにヒトカゲというものは死ぬときにしっぽの炎が消え失せるものだ」
「それはつまりしっぽの炎が消えるとヒトカゲは死んでしまうということですね」
「まあ、そうともいえるな」博士は灰皿に山盛りされた吸い差しからなるべく長めの一本を口にくわえて、「ときに君はタバコをやるのだったかね。火をもっていてくれると助かるのだが」
「僕はまだ十歳ですよ。試したこともありません。ねえ博士、僕は今とても深刻なんですから、ちゃかすことないじゃありませんか、もっと真面目に聞いてくれてもいいでしょう」
「ええい、寝起きの一服くらいゆっくりさせてくれたまえ。まったくこんなにとっ散らかってマッチがどこにあるのか知らん。だいたいこの国では酒もタバコも十歳からやれるのだぞ。ああ、分かった分かった。ちゃあんと診てやるからマアそこに座っていなさい」といって博士は積み上げられた書類の山をごちゃごちゃとほじくりまわす。
「あいかわらず汚い部屋ですね。どこに座る場所がありますか。こんなことだからいつまでたっても研究生が集まらないんですよ」
「おお、あったあった」
博士はようやくマッチ箱を探し当てるとまず一服し、それから「失敬するよ」と少年の抱きかかえた怪獣のしっぽに火をつける。すると怪獣は目を覚まし、少年の顔をひとにらみしてから再び目を閉じる。
「うん、うん。すねて死んだふりをしていたんだな。散歩くらいきちんと連れていってやることだ」
「エッ……」と目をまん丸くした少年が、「僕はこいつを殺してしまったはずではなかったんですか」
「そんなわけがあるめえ、みそ汁くらいのことで。なあに、散らかっているから研究生が来ないのではない、研究生がいないから片付かんというだけの話だ」と博士は煙を吐く。