森の中で
4) 収穫
ジェロニモの言った通り、雨が降って、その雨は、翌日も続き、雨がやんだ後、村のうさぎたちは、畑仕事に、おおわらわになりました。
いつもなら、森の入り口へ野いちごを採りにゆく子どもたちも、みんな畑へ行って、にんじんやきゃべつの収穫を手伝います。
ハインリヒも、森へは行かずに、畑で、みんなと一緒に働きました。
今年のにんじんは、土からなかなか抜けてくれず、泥まみれで地上に出てきたそれは、いつもの年の、半分の大きさもありません。
ぽんと、にんじんが土から抜けるたび、誰かのため息が聞こえます。
やせた、短いにんじんを、それでも集めて、並べて、畑が空になるまで、みんな一生懸命働きました。
きゃぺつ畑も、同じように、空になりました。こちらも、いつもなら、大人のうさぎの、半分くらいの大きさなのに、今年は、大きな子どもの、頭くらいしかありません。
きゃべつを集めながら、自然に、みんな無口になります。
それでも、やっととり終わったにんじんときゃべつを、今度は、泥を落として洗います。
小さな子どもたちは、とれたばかりの、にんじんときゃべつの甘い匂いに勝てず、よくとがった前歯を、こっそりと味見に使おうとして、大人たちに怒られます。
無口になって、そして、子どもを叱る声に、笑い声を立てて、また、自然に無口になって、そんなことを繰り返しながら、村のうさぎたちは、ようやく仕事を終えました。
コズミさんが、集まったにんじんときゃべつの数を数えます。
みんな、黙ってそれを見ています。
数を数え終わると、コズミさんは、何やら、小さな文字を地面に書いて、たまに、考え込んでは、白いひげに手をやって、せっかく書いた文字を消して、また、何か別の文字を書きます。
地面に坐って、書いては消して、消しては書いてを繰り返し、ようやくコズミさんは、泥のついた手を、ぽんぽんと叩いて、払って、ゆっくりと立ち上がりました。
「それじゃあ、みんなで分けよう。」
コズミさんが、落ち着いた声でそう言うと、村のうさぎたちは、前や後ろを見回して、コズミさんの前に、長い列をつくり始めます。
子どものうさぎのたくさんいる家族が、まず列の最初に並び、それから、少し年を取ったうさぎが並び、それから、家族になったばかりの、まだ子どものいないうさぎ、それからやっと、ハインリヒのように、ひとりで穴に住んでいるうさぎの番です。
長い列の、いちばん最後に並んで、ハインリヒは、列が、ゆっくりと前に進むのを、体を傾げて、眺めていました。
コズミさんは、いつもこうして、とれたにんじんときゃべつを、村のうさぎたちに分けます。もちろん、ちゃんと、後で食べるために、残しておく分は、コズミさんが、みんなのために、自分の穴に置いておいてくれます。
小さい子どものうさぎたちは、手渡された、とれたてのにんじんやきゃべつを抱えて、うれしそうな声を上げながら、自分たちの穴へ戻ってゆきます。
大人たちの顔は、それとは逆に、とても心配そうでした。
小さな小さなにんじんと、とても軽いきゃべつは、とてもいつものように、おなかを満たしてくれるようには見えません。
コズミさんが言ったように、みんな、これから来る冬を、心配しているのでした。
ハインリヒは、並んで待っている間に、退屈しながら、耳や足を、きれいにしました。
たれた耳を、両手で抱えて、ぺろぺろと舐めます。頭の後ろに、一生懸命、前足を伸ばして、そんなところも、きれいにしました。何しろ、並んでいる間は、他に何もすることがありませんから、やっと、ハインリヒがコズミさんの前にやってきた時には、ハインリヒは、まるでおめかしでもしたように、ぴかぴかになっていました。
コズミさんが、そんなハインリヒを見て、にっこりと笑います。
「足りなかったら、またおいで。」
両手いっぱいに、にんじんときゃべつを手渡され、ハインリヒも、にっこり笑いました。
「森に行って、また、ブルーベリーとクランベリーを見つけてきます。」
お返しに、そう言うと、コズミさんは、少しだけ淋しそうに笑いました。
分けてもらったにんじんときゃべつは、いつもの、ハインリヒひとり分よりもずっと少なく、それでも、ハインリヒは、それをいくつかの小さな山に分けて、自分の穴の奥に、置いておくことにしました。
それから、分けた山のひとつを、いつも、森にゆく時に持ってゆくかごに入れ、今日はもうひとつ、別のかごを持って、ハインリヒは、森へゆくために、穴を出ました。
空になった畑では、もう、次のにんじんときゃべつのために、種まきが始まっています。
畑で働くうさぎたちは、何となく、必死な表情を浮かべていました。
今日は、いつもより、なるべくたくさん、ブルーベリーを摘んで、それから、クランベリーの新しい繁みを見つけようと思いながら、森の中へ入ってゆきます。
いくらも先へ進まないうちに、ぱたぱたと、目の前に、ジェットが降りてきました。
「よう、元気か?」
いつものあいさつに、ハインリヒは足を止め、にっこりと笑い返します。
「今日は、みんなで、にんじんときゃべつを分けたんだ。」
いつもなら、ハインリヒの頭に乗ってくるはずのジェットは、そのまま地面に降り立って、ハインリヒを見上げました。
「おまえ、まだ、あの山犬のところに、行ってるのか?」
声が、いつもよりも、少し低く聞こえました。
ハインリヒは、きゃべつとにんじんのかごを、胸の前に抱え込んで、ジェットのために、地面に坐り込みます。
「うん、行ってるよ。山犬さんのジェロニモ、やっと腕の傷も治ったみたいだし。」
ジェットが、うろうろと首を振って、くちばしの先を、用もないのに、羽の中に、差し込みます。
「・・・おまえを、食っちまおうとか、しないのか?」
ハインリヒは、ふるふると首を振りました。
「ジェロニモ、うさぎも、小鳥もたべないんだって。いきもの、ころさないんだって。」
ジェロニモが言ったままを、ハインリヒは言いました。
ジェットが、いきなり胸を反らして、ぷうっと、羽をふくらませて、頭の後ろの毛を、ぴんと立てます。
「そんなこと、信じるのか?」
「だって、山犬さんのジェロニモ、そう言ったもの。」
小さな胸を、思い切り反らして、両方の羽を、腰の辺りに添えて、ジェットは、まったくあきれた、と言うように首を振ります。
「知らねえぞ、ほんとに、食われちまっても。」
ハインリヒは、ちょっとだけ焦れて、怒って、唇を突き出しました。
「キミがそんなに疑り深いなんて、知らなかったよ。」
ジェットが、つんと、くちばしを上に突き上げました。
反らした胸に羽を当て、斜めにハインリヒを見ます。
「空の上は、いろいろ大変なんだぜ。おまえみたいに、あの村と、この森しか知らないおめでたい奴に、オレの苦労がわかってたまるもんか。」
そう言われて、ハインリヒは、思わず黙ってしまいました。
しょぼんと、肩に首を埋めると、たれた耳まで、もっとたれてきます。
ジェットが、言いすぎたと思ったのか、ちょっとだけ、羽を胸の前ですり合わせて、もじもじした後、くちばしの先で、たれたハインリヒの大きな耳を、慰めるようにつついてきました。
「・・・あの山犬、一体、なに食べてるんだ?」
ハインリヒは顔を上げて、ちょっとだけ考え込みました。
「ブルーベリーとクランベリー。ボクが持ってったきゃべつも、一緒に食べたよ。」
「くらんべりー?」
ジェットも、あの赤い実のことを知らないのか、頓狂な声を上げます。
「真っ赤でね、甘い匂いがするんだ。ブルーベリーより大きくて、もっと甘いよ。」
きっとキミも好きだよ、と言うと、ジェットがまた、少しばかり疑うような顔つきになりました。
「今度、キミも一緒に、ジェロニモのところに行こうよ。きっと、ボクの言ってることが間違いじゃないって、すぐにわかるよ。」
ジェットが、大げさにため息をつきました。
「オレはごめんだ。山犬と仲良くする鳥なんて、聞いたことない。」
ぱたぱたと、ジェットがまた、飛び上がります。
「気をつけろよ。」
見上げるハインリヒに、少しだけ心配そうな声で言い残して、ジェットは空に舞い上がってゆきます。
「今度、一緒に、クランベリーを食べようね。」
立ち上がりながら、飛び去ってゆくジェットに、ハインリヒは、大きな声で言いました。
ジェットは、もう振り返らずに、真っ赤な羽を広げて、青い空に、どんどん小さくなって消えてゆきました。
ハインリヒは、ジェットを見送って、また、森の奥へ向かって歩き始めました。
途中で、いつものブルーベリーの繁みで、かごいっぱいのブルーベリーを摘んで、ジェロニモがいる穴へ着いたのは、もう、空にある太陽が、光を弱めて、西へ傾き始めた頃でした。
穴に入ると、ジェロニモが、いちばん奥で、体を伸ばして眠っているのが見えました。
たらんとたれた尻尾が、長く地面に伸びていて、それがなんだかおかしくて、ハインリヒは、ひとりでくすくす笑います。
そばに行って、ハインリヒは、かごを下ろしました。
いつ起きるのかな。
穴の中を見回しながら、ハインリヒは、ブルーベリーを、一粒だけつまんで、口の中に放り込みます。
もぎゅもぎゅと、口を動かして、ふと穴の入り口を見ると、外は、少しずつ暗くなり始めていました。
こんな時間まで、村の外にいたことはありません。
でも、眠っているジェロニモを起こす気にはならず、せっかく持ってきたにんじんときゃべつを、一緒に食べたくて、ハインリヒは、もう少しだけ、待つことにしました。
待ちながらまた、耳や足を、きれいにします。
今日は、よく待つ日だなと、ちょっぴり思いました。
朝早くから、畑で、一生懸命働いたので、ハインリヒは、疲れていました。
あくびが出て、涙のにじんだ目を、何度もこすります。
まだ、起きないのかなあ。
また、あくびが出ました。
毛づくろいも、もうすっかりすんで、他にすることはありません。
ハインリヒは、もうがまんできずに、ジェロニモの傍に、横になりました。
待ってる間、少しだけ、眠ってしまおう。
いつものように、大きな耳で、体をくるんで、手足を縮めて、ハインリヒは目を閉じました。
すぐ傍に、ジェロニモがいます。
もうひとつ、小さなあくびをして、ハインリヒは、くすんと笑いました。
「おやすみなさい。」
小さな声で、そっと言いました。
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