てのひらをかさねて


8) 11月

 パジャマのボタン手をかけて、それをひとつひとつ丁寧に外すジェットを見ながら、アルベルトが、いつものように言った。
 「明かりを、消さないと・・・。」
 ジェットの手が止まる。
 うつむいて、視線を手元に当てたまま、ぽそりと言った。
 「消さなきゃ、だめ?」
 半分あらわになりかけている、自分の胸元に視線を落として、アルベルトはそこから、そんなことを言い出したジェットの真意を探ろうと、赤い髪の向こう側の、伏せた視線を辿ろうとする。
 「たまにはさ、明るいままでも、いいじゃん。」
 天井を見上げ、煌々と部屋を照らす明かりを見て、それから部屋を一通り眺めて、アルベルトは、困惑を目元に刷く。
 「せんせェ、いや?」
 上目に、受け入れられにくい頼みをする時に、いつも使う瞳の色と声のトーンを、ジェットが最大限利用しようとした。
 「・・・オレに見られるの、恥ずかしい?」
 重ねて問われ、アルベルトは、目元を染めて、うつむいた。
 「あんまり・・・しげしげ眺めたいものじゃないだろう。」
 「だって、オレ、せんせェ見たいもん。」
 即座に言い返されて、考え込むふりをして、もっと羞恥に沈み込む。
 右腕を、晒すだけでも信じられない勇気なのに、明かりをつけたままでジェットと抱き合うことには、さらに勇気が必要になる。
 せめてもう少し、こちらに心の準備をさせてくれないかと、ジェットの真っ直ぐさを、ほんの少し恨んだ。
 ボタンを外す手を止め、ジェットはアルベルトの答えを待っている。アルベルトは黙ったまま、ジェットが諦めるのを待っている。
 そして、ジェットは、諦めなかった。
 「じゃあ・・・ベッドの傍の明かりは、つけたままでも、いいから・・・」
 精一杯の譲歩だった。
 本を読むための、ベッドサイドのランプは、それだけでも充分に明るい。何もかも、ほとんどがはっきりと見える視界の中で、アルベルトは、早まったかなと、ジェットを抱き寄せながら、こっそりと後悔していた。
 いつもは、あまり早くにはジェットの背中に腕を回したりはしないのに---ジェットがあちこち動き回るので、両手はいつも、放り出してある---、今夜は、ジェットの顔を真正面から見れず、ジェットの首を引き寄せて、わざと自分を見えないようにした。
 触れる首の大きさに、ふと胸がざわめく。肩の厚みも、また増したように感じられた。
 自分より、薄く細かったはずのジェットの上半身が、いつの間にか、とっくに成長の止まっている自分の体と、あまり変わりはなくなっている。身長の伸びは、ようやく止まり始めていたけれど、体の厚みは、まだまだ先があった。
 この間まで、少年だったジェットは、今はもう、青年になりつつあった。
 それでも、口調も態度も、相変わらず子どもっぽいのだけれど。
 見せまいとする、アルベルトの意図に気づいたのか、ジェットがさり気なく、アルベルトの腕を外そうとする。
 深くなる口づけの合間に、両腕は、ベッドに縫いつけられた。
 両掌を重ねて、指が絡む。
 舌を、少し強く噛まれ、思わず指先に力を入れた。
 重なった体の間で、ゆっくりと、熱が形を変えてゆく。そこに腕を伸ばす代わりに、アルベルトの両手を握ったまま、ジェットが腰を押しつけてきた。
 唇の間で、音にならない声がもれる。
 あえいで、喉を伸ばそうとして、ジェットの体の重みに阻まれた。
 「せんせェ、最近、敏感だよね。」
 からかうようではなく、ジェットが耳元で囁いた。
 染めた頬を見られているのだと思うと、よけいに血が上る。
 ジェットの体が浮いて、ようやく腕が自由になった。
 ゆっくりと、焦らすほどゆっくりと、ジェットが上で動く。唇をそこへ落とすたび、少し落としただけの明るさの中に、アルベルトを眺めているのだとわかっていたから、顔を背け、ジェットの方は見なかった。
 ジェットの下で、自分がどんな姿なのか、ジェットの表情から読み取るのが、怖かった。
 見られている羞恥が先に立って、ジェットの唇と掌に我を忘れながら、それでもどこかにブレーキがかかる。
 もれそうになった声を、思わず殺した。
 ジェットの体が下にずれて、みぞおちから、もっと下へ下がる。腿の内側へ手が伸びて、アルベルトは、左腕で、目の上を覆った。
 ジェットが、いつも口づけの跡を残す場所へ、歯を立てる。体が震えて、右肩の、腕の接ぎ目の辺りが、痛いような気すらした。
 右腕をようやく持ち上げ、ジェットの髪に触れるために、伸ばす。
 立てた膝を開いて、胸を反らした。
 ゆっくりと、そっと、ジェットが包み込んでくる。ジェットが目を閉じているのかどうか、確かめたい、そんな気もする。
 ジェットの舌の動きに、少しずつ意識が溶け、次第に、明るさのことを忘れた。
 喉を反らす。声がもれる。両手の指は、ジェットの柔らかな髪の中に差し込まれていた。
 「じ・・・ジェ・・・・・・ト・・・ジェット・・・・・・」
 名前を呼びながら、浮き上がる体を止められない。
 火照った顔で、不意にジェットが、唇を外した。
 汗に湿った腿の間に、体を滑らせて、ひどく性急な仕草で入り込みに来る。
 突き飛ばされるように、ジェットの手の動きに添いながら、アルベルトは、必死で躯を開いた。
 繋いだ躯が、少しだけきしむ。胸を重ねながら、ジェットが押し入ってきた。
 頭を抱え込まれ、そこで数拍、ジェットが動きを止めた。アルベルトの内側が、自分を包み込んで添ってくるのを待つように、少しの間だけ、ジェットはアルベルトの中で、動かずにいた。
 それから、ゆっくりと動き出す。
 動く肩と、揺れる髪が、今日ははっきりと見える。
 ジェットのためなのか、自分のためなのか、アルベルトは、足を大きく開いて、それから、高く上げた。
 ベッドのきしむ音に揃って、爪先が、ゆらゆらと天井近くで揺れる。ジェットに押されるたびに、爪の小さな足指が、痛いほど反り返った。
 ジェットの呼吸を数える。
 数えながら、背中を抱きしめる。
 ふと、ジェットが軽く躯を引いた。
 いきなり目の前が明るくなり、思わず目を細める。
 遠去かってしまったジェットの肩を探して、両腕が宙を泳いだ。
 上から見下ろされ、汗に湿ったジェットの髪が、だらりと垂れていた。
 アルベルトの右足を、真っ直ぐに伸ばして、ジェットは胸の前に抱え込んだ。
 繋げたままの躯が、少しだけ痛む。
 ふくらはぎの裏を撫で、くるぶしと踵を、ジェットの大きな掌が包んだ。
 それから、足裏の、柔らかな土踏まずに、ジェットがゆっくりと接吻する。
 声が、大きくもれた。体が跳ね、ジェットが慌てて、アルベルトの腰を押さえた。
 ジェットの視界の中に、自分の全身が入っているのを、知っていた。
 伸ばした足に触れたまま、ジェットが、うっとりとアルベルトを見下ろしている。
 繋げた内側は、熱いままだったけれど、胸の皮膚が、すっと冷たくなる。
 そこでだけジェットと繋がっているのが不安で、アルベルトは、体を起こしたままのジェットに向かって、ねだるように両腕を伸ばした。
 指先の動きに、ようやく我に返ったように、ジェットがまた、体を倒してくる。
 その首に、強く両腕を回した。
 まだ、右の膝裏に手を添えたまま、倒れた自分の体に添うように、ジェットはアルベルトの足を押さえつけた。
 また足が開き、体が少し持ち上がる。
 開いた躯の中に、ジェットがまた、深く繋がってきた。
 耳や首筋に口づけながら、ジェットが少し動きを速める。
 胸の間に汗を混じり合わせながら、ふと、躯の中でジェットの熱が増した。


 終わった後も、いつもよりも長々とアルベルトに触れながら、ジェットは、熱を分け合った後の眺めを、ゆっくりと楽しんでいた。
 髪をすくジェットの指に、甘えるように、そちらに顔を傾ける。
 始まる前の羞恥は、確かにどこかに残っているけれど、今はそんなことはどうでもいいほど、躯の底から和んでいた。
 「せんせェ、きれいだね。」
 思わず、苦笑がもれる。
 「何とでも、言ってくれ・・・」
 「うん、何回でも言いたい、オレ。」
 にっこりと笑うジェットに、つられて笑った。
 いつもそうするように、右肩の接ぎ目に、ジェットが接吻する。まだ残っている熱が、そこからまたじわりと広がりそうで、アルベルトは肩を震わせた。
 「せんせェ、すごいきれいだよ・・・」
 もう、それには答えずに目を閉じて、ジェットの肩に右腕を回し、アルベルトは、明かりも消さないまま、ジェットの視界の中に自分の全裸をおさめたまま、構わずに眠ってしまおうとする。
 もう一度、ジェットが同じことをつぶやいたけれど、寝息を立て始めたアルベルトの耳には、もう届かなかった。