「あらし」


3) Red Hair

 駐車場での強盗未遂を、グレートにも警察にも言わず、何事もなかったように、1週間が過ぎた。
 いつものように、店を開け、その日は取引がある予定だったので、指定された本2冊を、並べて定められた棚に置いた。
 今日の"本"はやや重い。それも4冊。誰が引き取りに来るにせよ、重すぎて、どこかで落とさなければいいがと、アルベルトはよけいな心配をする。
 時計を見上げると、そろそろ12時になる頃だった。
 右手の、黒の革手袋の手首の部分を、ぴったりと、皮膚に添わせた。意味もなく、そんなことをしたくなる。
 掌を眺めて、それから、指を握って拳を作る。滑らかな革の下にある、鉛色の拳。つるつるとした表面は、けれど小さな凹凸のせいで、お世辞にも触り心地がいいとは言いかねる。
 この手に、じかに触れられることを、アルベルトはひどく嫌った。こんな手をしていることを知っている人間すら、ほとんどいない。
 外の世界で、他人と交わらずにすんでいた間、この手---正確には、右腕全部と、首の付け根までの右肩の部分---のことを知っていたのは、実質的にグレートだけだった。
 アルベルトの裸を見る機会のある彼だけが、この体のことを知っていた。
 学校へ行くことを許された時、初めて、この手を隠す必要に迫られ、当時はまるで似合わなかった、黒の革手袋をはめる羽目になった。それからもう、いくつの手袋を手にしたかわからない。まるでほんものの皮膚のように、そこにある。
 手袋の理由を尋かれても、無言の微笑みで答えることにしていた。後は、向こうが勝手に推測解釈してくれる。
 ひどい傷があるとか、大きな、生まれつきのあざがあるとか、やけどの痕だとか、醜く骨が歪んでいるのだとか、実は、指の先が欠けているのだとか、言わなければ、人はさまざまな理由を、勝手に思いついてくれる。
 勝手にしてくれ、とそれに冷笑を返せば良かった。
 もう、生身の腕のあった頃のことを、アルベルトは思い出せない。人生の半分を、この機械の腕と過ごしてきたので。
 グレートは、この手にキスした。指先に口づけ、甘く噛んだ。まるで、ほんものの腕であるかのように、グレートはこの重く硬い腕を、愛おしんでくれた。
 こんなに醜い体なのに。こんなに醜い自分なのに。
 殺されるのだと、知っていた。そのうちに死ぬだろうと思っていたから、驚きはしなかった。死んだ方がましな生活を、強いられていた。何も知らず、何もわからず、ただ言われたままを、言われた通りに、必死に繰り返していた。気に入らなければ、殴られたので。ひどく。
 いつも、体中あざだらけだった。目のふちを赤くはらし、唇の端は切れていた。様々な痛みを強要された。耐えろと言われた。彼らの欲しい表情のために、同じことが、何度も何度も繰り返された。うまく、できるまで。
 うまくできれば、殴られずにすむ。暖かいベッドで、毛布にくるまれて眠ることさえ、許されることもあった。
 骨の浮いた体と灰色の皮膚は、明らかに栄養失調を示していたけれど、誰もそんなことには気づかないらしかった。
 眩しい光、自分を取り囲む大人たち、ざわざわとしたお喋りと、下卑た笑い。それから、苦痛。流血。殴打。使われるために、売買された体。それは、肉体であって、人間ではない。
 人間は、痛みを感じ、それを口にする。けれどただの肉体は、踏みつけにされても文句は言わない。そう、彼らは信じているらしかった。文句なんか、言うわけはない。だって、おまえはただの、穴の開いた肉の塊まりなんだから。下品に笑って、ひとりの男がそう言った。
 いつも、ひざを抱いて、体を丸めていた。そうすれば、どんどん自分の体が小さくなって、最後には、目に見えないほど小さくなるのだと、心のどこかで信じていたような気がする。見えなければ、もう、あんなやり方で、殴られなくてもすむ。体を使われなくてもすむ。けれど現実は、踏みつけにされた体に、新たな苦痛を加えるだけだった。
 こんなことを悦んでいるのだと、本気で彼らは信じているらしかった。楽しめ、と言われた。踏みつけにされ、引き裂かれることを、楽しめ、と言われた。もっと、悦んで声を上げろと、苦痛の声ではなく、今日は悦びの声を上げろと、言われた。
 苦痛と恐怖に歪んだ表情ではなく、今日は、白痴のような、色情狂のような笑顔が欲しいのだと、言われた。
 そして、それを見て、皆が喜ぶのだと、言われた。
 他人にふるわれる暴力を、喜ぶ連中のために、笑えと言われた。自分にふるわれれば、決して耐えることなどできはしない暴力に、どこかの誰かが耐えるのを見て喜ぶ連中のために、笑顔を見せろと言われた。笑え、と言われた。繰り返し、繰り返し。
 笑い顔をつくりながら、涙が止まらなかった。涙を、止めることは出来なかった。
 それから、殺されるために、また、眩しい光の中に、引きずり出された。
 身動きできないように縛られ、あちこちにナイフが当たり、そして、最初の大きな苦痛で、気を失った。
 それきり、何も覚えていない。
 目が覚めると、大きな鼻の、白い髪の老人が、ゆっくりお休みと優しく言って、髪を撫でてくれた。
 長い、ゆるやかな眠りの後、グレートが現れた。唇を歪め、起こったことに、ひどく腹を立てていた。
 心配しなくてもいい。ここでは、誰も何もしない。
 そう、はっきりと言った。その言葉通り、怯えて、口もろくに聞けなかったアルベルトを、殴ったり蹴ったりする大人は、そこにはいなかった。
 まともに英語をしゃべることさえできなかったアルベルトに、グレートは辛抱強く付き合い、ひとつひとつ、言葉を口移しに教えてくれた。
 そんなふうに扱われたことは、長い間なかったので、アルベルトはただ戸惑い、困惑気味に、グレートを見上げていた。
 どうして、こんなに、して、くれるんです、か?
 たどたどしく、覚えたばかりの言葉を並べて、そう尋いた。
 別に。罪滅ぼしさ。
 罪滅ぼし?
 その単語の意味がわからず、グレートの言葉の意味もわからず、グレートも、説明してはくれなかった。
 重ねて質問する方法がわからず、アルベルトは、そのまま唇を閉じた。 
 救われ、守られていた。長い、長い間。
 こんなに、醜い体でも、こんなに、醜い自分でも、グレートはずっと、愛してくれていた。
 ずっと。昔から、そして今も。それから、恐らく、死ぬまで。
 どっちが?と思った時に、からんと音を立てて、ドアが開いた。
 物思いから浮き上がって、焦点のまだ合わない視線を、ドアに向ける。
 ひょろりと背の高い、赤毛の青年が、そこに立っていた。
 撃たれたように、体を傾げ、首筋が、凍ったように硬張った。
 あの夜の、駐車場の、ふたり目の男。
 まるで、古い友人に向けるような、屈託のない笑みを浮かべ、少しだけ肩をすくめて、明らかにはにかみながら、こちらへ足を運んでくる。
 この店には、護身用の武器は一切置いていない。どうしようかと一瞬思案して、それでもカウンターの中で、無表情を保つことにした。
 「よお、アンタ、ここで働いてたんだな。」
 まだ、少年の甘さの残る、舌足らずな声だった。
 「裏に車とめてたから、ここのビルディングのどこかにいるんだろうと思ってたんだけどさ。」
 白いTシャツ。グレイのパーカーを羽織って、細いジーンズに、長い足を包んでいる。どこにも、銃やナイフは持っていないと、アルベルトは、脇の辺りのふくらみを見て、思った。
 「何の、用だ?」
 甘さのない声。ぴしりと、無機質な声で、用がないなら出て行けと、そのトーンに言わせる。
 どうやら、そんな含みは通じない相手らしく、カウンターの上に両手を組んで、上体を折り曲げて、もたせかけた。
 「ちょっと、訊きたくてさ。」
 「何を?」
 素早く、鋭く言うと、さすがに、アルベルトがまた会えてうれしいなどと、ちらとも思ってないのが通じたのが、青年は、少しばかり唇を突き出して見せる。
 「アンタが、あの時に言ったこと。」
 何を言ったかなと、記憶を手繰り寄せながら、アルベルトは青年の顔を見た。
 長い、真っ赤な髪。鼻筋の高さが、際立っていて、いかにも、軽薄な女の子たちが騒ぎそうなタイプの顔だと思う。淡い緑色の瞳が、表情豊かによく動く。横に広い、血色の良い唇には、アルベルトには不可解な、邪気のない笑みを浮かべている。
 爪が少し伸びて、噛んだ跡が見えた。手は、薄黒く汚れていた。
 いかにも、ダウンタウンの、危ない辺りに群れをなしてたむろっている、チンケなチンピラだった。グレートなら、使い走りにすら、使わない。
 何のことだと尋き返そうとした時、また、ドアがからんと開いた。
 目つきの鋭い男がひとり、肩を滑らせるようにして店に入ってくるのが、カウンターの赤い頭越しに見えた。
 しまったと、思わず舌打ちしたくなる。
 おしゃべりになんか付き合わず、早く追い出してしまうべきだった。
 よりによって取引の場に、こんなチンピラがいるのは、あまり歓迎すべき状況ではない。
 思わず、小さく聞こえない声で、英語の罵り言葉を口にする。
 青年は、それに気づいたのかどうか、新たに入って来た男が、店の中をゆっくりと歩き回るのを、体を半分ねじって見ている。
 男は、鋭い目つきのまま、にらむように本棚に目を走らせ、ようやく足を止めた。
 アルベルトが今朝、間違いなく置いたその本を2冊、腕を伸ばして取り、カウンターに運んでくる。
 腹立たしい思いに、つい、革手袋の方の指先を噛みかけて、動揺しているのを悟られまいと、さり気なく止めた。
 青年は、おかしな雰囲気に気づいたのか、探るような目つきでアルベルトを見た。
 男は、青年に鋭い一瞥をくれ、カウンターの数歩前で、足を止めた。それから、こいつは何だと、目顔でアルベルトに訊く。
 アルベルトは、眉をこっそり動かして、無視してくれと伝えながら、にっこりと、男に向かって笑いかけた。
 男は、手にした本をアルベルトに渡し、それから、予定された台詞を言うために、唇を開いた。
 男が、実際に言葉を発するより一瞬早く、アルベルトは、困惑した笑顔をうまく口元に刷いて、
 「申しわけありません。これは、手違いで並べてしまった、非売品です。」
 ひどい言い訳だと、自分で思いながら、とっさに他のことは何も浮かばず、男に、今はまずい、取引は延期だと、無言で伝わることだけを祈っていた。
 「非売品?」
 男が、アルベルトの両手の辺りと、顔を、交互に見た。
 「ええ、申しわけありませんが、これはお売りできません。」
 「売れない? それは困ったな。帰って、女房になんて説明すればいい?」
 男の、頬の辺りが、ひくひくと引きつっているのが、見えた。
 アルベルトは、ようやくほっとしながら、また男に向かって、どうやって、自分の失策で怒らせてしまったかもしれない客を、うまくあしらおうかと考えている書店経営者の表情をつくって、言葉を継いだ。
 「奥様に、お電話いただけるように、お伝え願えますか? 2、3日中には、同じものが、店に届く予定ですので。」
 「わかったよ、確かにそう伝えるよ。まあ、ひどく怒るだろうけどね、手違いにもほどがあるって。」
 「申しわけありません。」
 最後まで、心の底から申しわけなく思っているという笑顔を壊さず、アルベルトは、男の背中を見送った。
 頭の回る男をよこしてくれて助かったと、安堵しながら、同時に、男が静かに残した捨て台詞に、グレートの方に迷惑がかかるなと、うっとうしく思う。
 男が完全に去ってしまってから、アルベルトは改めて、青年をにらみつけた。
 「仕事の邪魔だ、出て行ってくれ。」
 「ジャマって、別になにもするわけじゃなし。オレ、アンタと話したくてここに来ただけだぜ。」
 「強盗の仲間と、何を話すことがある? 今すぐ出て行かないなら、警察を呼んでもいいんだ。」
 いかにも心外だと言いたげな青年の表情に、珍しく、こめかみに血管が浮くほどの怒りが、ふとわいた。
 ここに警察を呼ぶ気などない。けれど出て行かないなら、仕方がないと、電話に手を伸ばそうとした時、ちぇっと大きく舌を打って、青年が、カウンターから体を起こした。
 「今日はおとなしく退散するよ。警察なんかごめんだ。」
 さっさと出て行けと、手つきで示して、アルベルトはもう、青年の方すら見なかった。
 乱暴に閉まったドアが、耳障りな音を立てる。
 ガラスの向こうに、去ってゆくその背中を見送って、アルベルトは重くため息をこぼした。


 「何が、あったんだ?」
 低く、押さえた声は、グレートの苛立ちの具合を、見事に表現している。
 ただの下っ端の部下なら、下手をすれば消されるところだと、アルベルトは目を細めて思った。
 この手の話をするのに、アルベルトのアパートメントほど、適した場所はなかった。 
 周囲に人家はなく、開発される予定もない郊外の、廃工場の後など、どんな物好きも散策に訪れるはずもない。
 誰かがうろついていれば、ひどく目立つから、見張るのも楽だった。
 出された紅茶に手もつけず、静かにソファに坐って、グレートは顔の前で両手を組んでいた。
 「大したことじゃない。取引の時に、店の中に人がいたんだ。」
 「誰が?」
 「チンピラだろうと、思う。強盗の真似ごとなんか、してるらしい。誰かのところの使いっ走りかもしれない。だから、そいつの前で取引なんかしたくなかった。」
 いつもになく、口数多く、言い訳をした。
 まっすぐに自分を見るグレートを、見続けることが出来ずに、アルベルトはふと視線をずらした。
 「どうして、そんなチンピラが、おまえさんの店にいたんだ?」
 「さあ、押し入り強盗のための、下見か何か、そんなところだろう。」
 「どこでそいつに会った?」
 グレートの追求も、いつもよりは静かで、そして執拗だった。
 「さあ、ダウンタウンのどこかでうろついてるのを、見かけたんじゃないかな。きっと、知った顔と話でもしてて、それで顔を覚えてたんだと、思う。」
 嘘だとばれなければいいと祈るのは、殺人鬼が命乞いをするのに似ていた。幸運であれば、願いはかなえられる。幸運で、あれば。
 紅茶を飲んで、アルベルトは、グレートから顔を隠した。
 思った通り、30分もせずに、グレートの部下から店に電話があった。
 ボスが、説明を聞きたいとさ。
 ああ、わかってる。今夜会いに来てくれと、伝えてくれ。
 ふん、と、さまざまな意味を込めた音を、部下はアルベルトに伝えて、電話を切った。
 店を定刻に閉め、肩にかかる、うっとうしい重みを引きずってアパートメントに戻ると、部屋の中には、すでにグレートがいた。
 静かな瞳に、怒りはなかったけれど、苛立ちは浮かんでいた。
 こんなつまらないことで失望されるのは、耐えられない。そう、ひとりごちて、それをきちんと口元に浮かべて、アルベルトはグレートに接吻した。
 腕は、いつものように優しく首に回り、それだけを見れば、まるで何事もなかったかのように見える。
 それでも、間近で見るグレートの瞳には、しっかりと苛立ちの色があり、アルベルトは思わず、舌打ちしたい思いに駆られた。
 「先方が、電話で怒鳴り込んで来た。何の真似だと、3軒先からでも聞こえそうな大声だった。」
 「ああ、そうだろうな、店に来た男が、ボスがかんかんになって怒るだろうって、そう言って帰ったから。」
 「おまえさんにまさか、殴りかかったりしなかったろうな。」
 「まさか、そのチンピラの前だったし、向こうだって、騒ぎはごめんだ。」
 「・・・・・運のいい奴だな。おまえさんに、腹立ちまぎれに指1本でも触れたんなら、それを理由に向こうにねじ込んでやれるんだが。」
 ようやく、いつものグレートらしい、皮肉まじりの茶化した口調になる。
 「俺が、撲られなかったのが、残念なのか?」
 うっすらと笑って、アルベルトも、グレートの口調を真似た。
 「まさか、My Dear、おまえさんのことを知らないような三下をよこしたんなら、ふざけるなって、向こうに言ってやれるってだけの話さ。おまえさんに、毛ほどの傷でもつけてみろ、その男、一生、鏡を見るたびに後悔するような目に遭うことになる。」
 笑いながら言うグレートは、けれど冗談など言ってはいない。誇張はひとかけらもなく、言った通りのことが起こるのを、アルベルトは知っていた。
 ふと、あの赤い髪の青年が、アルベルトに傷をつけるようなことをしなくて良かったと、突然思った。
 どうしてなのか、あの青年の、耳がそぎ落とされるところや、頬の骨を砕かれるところを見たくないと、どこかで思う。
 あまりにも若すぎて、あまりにも浅薄で、グレートが相手にする価値さえない相手だからと、そう思いながら、けれど心のどこかで、グレートになぶられるのは可哀想だと、思う。
 そんな自分の思いに驚いて、アルベルトは、思わず自分の右腕を、強くつかんだ。
 まだ若い。先は長いはずだ。どこかで、つまらない理由で殺されでもしない限り。
 この街では、あの青年のような連中が、毎日どこかで死んでいる。つまらない死だ、騒ぐのはほんの身内だけで、周囲は、猫が車に轢かれて死んだという程度の反応しかしない。
 あの、緑色の瞳の青年が、そんな日常に、まだ足を突っ込んでいないのなら、向きを変えて、きっと先の長い人生を歩むこともできると、そんなことを思う。
 その方がいいのだと、思う。
 何を話しに、わざわざ会いに来たのだろうかと、青年の言っていたことを思い出した。
 また、店にやって来るかもしれないと、そう思った時に、
 「何を考えてる?」
 グレートが、いつの間にか後ろに立って、柔らかく両腕を、胸の前に回してきていた。
 とっさに、顔が見えなくて良かったと思いながら、グレートのその腕に、手を添えた。
 「・・・あんたに、悪かったって、思ってるだけさ。」
 声が、かすれなかったことを、ありがたく思う。
 グレートの肩に、向かって、喉を反らした。うなじを預け、目を閉じる。
 伸びた喉に、グレートが、唇を滑らせた。
 「泊まって、いけるんだろう?」
 「いや、今夜は帰る。」
 グレートの声が、首元の皮膚を震わせた。
 「何時に?」
 「朝になる前に。」
 「・・・・・・じゃあ、時間はある。」
 グレートの腕の中にいて、他の誰かのことを考えるのは、初めてだった。
 青年の面影を、頭から振り払うために、アルベルトは、グレートの腕の中で体の向きを変え、グレートの足元に、膝をついた。
 体を引きかけたグレートの腰を、自分の方へ引き寄せると、グレートの指が、髪を優しくすく。
 目を閉じ、唇を差し出して、アルベルトは喉の奥を大きく開けた。
 My Dear、という囁きを、頭上に聞きながら、アルベルトは、あの青年の、唇の色を思い出していた。