路地裏の少年


10) 翌日

 昼近くにようやく目を覚まし、まだ寝ているジェットを置いてベッドを出ると、アルベルトはシャワーを浴びるためにバスルームへ行った。
 バスルームの床には、夕べ脱ぎ散らかしたままの服があり、それを苦笑いしながら拾い上げて、それから、ふと頬を赤らめる。
 やっと、夕べ何が起こったのかを、自覚して、アルベルトは掌に、さまざまな感触を思い出していた。
 降りかかる熱い湯の下で、ジェットの、指と皮膚の熱さを反芻する。
 それからようやく、父親に会いに行って、一体何が起こったのだろうかと思う。
 泣きじゃくるジェットをなだめて、落ち着かせるのに必死で---そして、すがりついてくるのを、どうしても振り払う気にはなれなかった---、一体父親に何を言われたのか、何をされたのか、そんなことを尋くひまがなかった。
 シャワーの音で目が覚めたのか、髪を拭きながらバルスームから出たところで、まだ裸のままのジェットとかち合った。
 おはようと、起き抜けの声で言うジェットに、昨日膚を触れ合わせたばかりだという情緒はもちろんなく、思わず目を伏せたアルベルトの横をすり抜け、ドアがぱたんと閉まった。
 キッチンで紅茶をいれながら、誰かを寝るというのは、単に体を重ねるということではなく、こんなふうに、決まりの悪い、照れくさい朝---正確には、もう昼近く---を一緒に過ごすということなのかと、アルベルトは、湯気の立つマグを抱えて、思った。
 裸の、あんな自分を知られているというのは、弱みを握られているのと同じことかもしれない。視線が合っただけで、アンタの、誰も知らない秘密を知ってるんだと、そんなふうに言われているように感じる。
 誰もが、こんなことをしているのだと知っていて、けれど誰もが、平気で朝を迎えられるのだとしたら、人間というのは、案外恥を知らないのだなと思った。
 紅茶が半分に減った頃、ジェットが、Tシャツだけを着て、バスルームから出て来ると、まっすぐにアルベルトのところへやって来て、おはようと明るい声で言いながら、キスをした。
 思わず、腕を伸ばして、アルベルトはジェットの腰を引き寄せた。
 「おはよう。」
 ひどく間近でそう返すと、ジェットが、照れたように肩をすくめる。
 決まりの悪さを、今は忘れることにして、アルベルトは、いきなり湧いたジェットへのいとしさに従って、もう一度自分から、その唇に触れた。
 ジェットは、そろそろと首に両手を巻いて、アルベルトの膝に腰を下ろすと、アルベルトを見つめたまま、その手の中にあるマグに自分の手を添え、そこから一口、紅茶をすすった。
 同じベッドで一緒に眠ることと、一緒に寝ることの違いが、あまりにもあからさまで、照れるよりもおかしさがわく。
 アルベルトは、思わずくすりと笑った。
 こんな仕草も、ジェット自身が、夜を過ごした誰かと経験したことではなく、おそらく、親密になればこんなふうに馴れ合うべきのだと、知識で知っているだけなのだろうと思う。
 おかしな取り合わせだと、自分とジェットのことを考える。
 傷ついている子どもと、傷ついたことのある大人---少なくとも、黙っていても年だけは取る---が、互いに寄り添うことを決めただけではあったけれど。こんなふたりを、外の世界は何と呼ぶのだろうか。
 恋人では、もちろんない。友達というには、少しばかり過ごした夜が親密過ぎる。保護者と非保護者ではない。強いて言うなら、傷ついた動物が、互いの傷を舐め合って、ぬくもりを分け合いながら、必死に互いの傷を癒そうとしている、そんな感じだった。
 ひとりではないのだと、ふと思う。体の中に、ひとりではないのだという、感覚がある。それだけのことで、世界の色が、変わってしまったように、アルベルトは感じていた。
 もうぬるくなってしまっている自分の紅茶をまたすするジェットを見ながら、突然、丸く優しくほのかに明るくなった自分の世界を、アルベルトは奇妙な思いで眺める。
 膝を揺すって、椅子に坐るように、ジェットを促した。
 「キミの分もあるよ。」
 キッチンのカウンターを指差すと、ジェットは素直に立ち上がって、そちらの方へ行った。
 マグに紅茶を注ぐジェットの、薄い後姿を見ながら、夕べ自分の手が触れた部分を、ふと目で追っているのに気づく。抱けば、もっと細く薄い体だったと、そんなことを思う。
 自分の分をマグに注いで、ジェットが目の前に坐った。
 「カリカリのベーコンに、卵が3つとトースト。それとも、パンケーキの方がいいのかな。」
 街の、あらゆるレストランやカフェテリアで出される、朝食のメニューを並べると、ジェットが、マグを傾けたまま、上目使いにアルベルトを見た。
 「・・・・・・ベーコンより、ソーセージの方がいいな、オレは。アンタが作るのか?」
 「ベーコンをカリカリに焼くのは、案外と難しいんだ。」
 それに、とアルベルトは続けた。
 「今日はまだ、皿を洗う気になれない。」
 ジェットが、ふっと声をもらして笑った。
 「後で、どこかに行こう。大学の連中がよく行く、カフェテリアでも良ければ。」
 「オレはなんでもいいよ、アンタと一緒なら。」
 ジェットの言った言葉が、ひどく甘く響く。
 一緒に、とアルベルトは、聞こえないようにつぶやいた。
 しばらく、視線を合わせてはくすくす笑いをもらすジェットに、少しばかり照れのまじった微笑みを返しながら、紅茶を飲み終わるまで、アルベルトは何も言わなかった。
 空になったマグの内側に視線を落としたまま、アルベルトは、ゆっくりと言葉を滑り落とす。
 「お父さんと、何があったんだ・・・・・・?」
 ジェットが、ぴくりと、片方の眉を上げた。
 斜めにアルベルトを見て、それから、視線をずらす。
 マグの影に顔を隠して、ジェットは、小さく頭を振った。
 

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 週末のレストランの中は、家族連れと恋人同士らしい客ばかりでいっぱいで、入り口のカウンターで名前を言うと、カウンターにいた女性が、父親がすでに先に着いていることをジェットに告げた。
 傍にいたウエイトレスが、父親の待っているテーブルへ、ジェットを連れて行ってくれた。
 ジェットの姿を認めた途端、父親は、腕を上げて破顔し、ごく普通に、久しぶりに別れて暮らしている息子に会えてうれしいという態度を見せる。
 最後に会ったのはいつだったろうかと、ジェットは、頼りなく記憶をたぐり寄せた。
 「背が、伸びたな。」
 感慨深げに、そう言われ、ジェットは少しばかり照れて、笑って見せた。
 父親は、すでに琥珀色の液体の入った、ぶ厚いグラスを片手に持っていて、それを見てジェットは、顔には出さずに、相変わらずだなと思う。
 テーブルについて、飲み物をと言われ、何も考えずにミルクの入った紅茶と答えると、
 「なんだ、コーラじゃないのか。」
 意外そうに言った父親に、思わず、大人びた苦笑を返す。
 アルベルトの顔が、脳裏に浮かんで、一瞬、目の前の父親とアルベルトを、並べて心の中で眺めた。
 「母さんは、どうしてる?」
 ウエイトレスが去ると、父親は、少し声を低めてそう訊いた。
 「相変わらずだよ。オレが出て行ってから、落ち着いたと、思う。」
 「それで、おまえはどうしてるんだ。その、一緒に暮らしてる人っていうのは・・・・・・」
 「いい人だよ。大学生で、20いくつで・・・・・・オレのこと、放っといてくれるし、オレがちゃんと学校行って、勉強すれば、それでいいって。」
 「どんな、人なんだ?」
 「いい人だよ。あんまりしゃべらなくて、元々ドイツから来たって。」
 父親の心配の根の部分を知っていて、ジェットは、当たりさわりのない答えを返す。
 「外国人なのか?」
 「言われなきゃ、わかんないよ。大学で、けっこう勉強もできるみたいだし。」
 「母さんたちは、ちゃんとその人のことを、調べたのか?」
 「知らないよ。別に文句も言われなかったし。オレは大丈夫だからさ。いい人だし。」
 同じ言葉を繰り返すと、父親は、ようやく黙った。 
 酒を一口飲んで、それから、言葉を探すように、テーブルの上に視線をさまよわせた。
 「学校は、どうだ。」
 まるで、ごく普通の父親と息子の会話だと、ジェットは心の中で笑った。
 「ちゃんと行かないと、その人に心配かけるから、ちゃんと行ってる。宿題も、ちゃんとやってる。」
 そうか、とひとり言のように言って、また酒を飲む。
 酒がなければ、息子と話もできないのかと、昔から思っていたと同じことをまた思う。
 今は、どんな仕事をしているのだろう。それとも、最後に会った時と同じ仕事を、まだ---幸運にも---しているのだろうか。
 服装はきちんとしているし、爪が汚れていることもない。髭も、ジェットに会うためにきちんと剃ったのか、つやつやとしたあごの皮膚が見える。
 軽い茶色の髪はきちんとカットされていて、少なくとも、今は比較的ましな生活らしいなと、ジェットは父親をそっと観察しながら思った。
 父親の生活に、正直なところ、興味はなかった。それでも、生みの親という事実に変わりはなく、思い出したように自分の前に時折現れる父親を、ジェットは冷たく切り捨てることができない。
 母親に捨てられれば、行くところは父親のところしかない。もし、路上で生活する気になれなければ。
 昔はもっと、びくびくしながら会っていたのに、と思う。
 今は、ひどく冷静に、距離を置いて、血の繋がった父親と呼ばれる目の前の男を眺めていた。
 もし両方の親に捨てられても、今は帰る場所---アルベルトのところ---があると、心のどこかで思っているからだろうかと、ジェットは思った。
 ウエイトレスが、ジェットに紅茶を運んで来た。
 それぞれが、好きに料理を注文して、父親は、次の酒をそこに加えた。
 何杯目なのだろうかと思いながら、ジェットが紅茶にミルクを注いだ時、父親が、不意に言った。
 「おまえ、その人と、ずっと一緒にいるつもりなのか。」
 ミルクのピッチャーを宙に浮かせたまま、ジェットは上目に父親を見た。
 「・・・・・・知らないよ。多分、しばらくは、そこにいる、と思う。」
 「母さんとうまく行かないのは仕方ない。でも、親戚でも家族の友達でもない、赤の他人と一緒に暮らすのは、不自然じゃないか。特におまえは、まだ13だし。」
 14だと、訂正してやろうかと思って、やめた。何度言おうと、自分の息子の正確な年齢さえ覚えられない。そういう父親だったと、ジェットは静かに思う。今日は、それに腹さえ立たなかった。
 あきらめという、大人だけが持つはずの感情だと、ジェット自身は気づかない。
 父親が、テーブルの上に、腕を伸ばしてきた。
 「おまえさえ良ければ、父さんのところへ来てもいいんだ。」
 おまえさえ良ければ。ジェットは、思わずあごを引いて、奇怪なことを聞いたという表情を浮かべる。
 「そんなこと、できるわけないじゃないか。」
 つい最近まで、監視付きでなければ、ジェットに会うことさえ出来なかったというのに。
 それとも、アルコールは、完全に父親の頭の中を、溶かしてしまったのだろうか。
 「そんなことは、どうにでもなる。どうだ、父さんのところに来ないか。他人なんて、当てにならないんだぞ。」
 妻だった、ジェットの母親のことを思い出しているのだと、わかった。
 夫婦なんて、元は他人だからな。他人なんて、当てにならんさ。離婚が決まった時に、皮肉な口調で母親にそう言ったのを、偶然聞いてしまったのを、ジェットは覚えている。
 不意に、視界の中で、父親が遠くなる。めまいに似た感覚のまま、ジェットは、紅茶のカップを強く握った。
 その手に、父親の指先が触れる。
 思わず、乱暴な仕草で、音を立てて、その手を払った。
 はずみでカップが揺れ、紅茶がテーブルに少しこぼれる。
 体を硬張らせて、ジェットは父親をにらみつけた。
 「そんな目で、見なくてもいいだろう。」
 気弱な声で、言う。目に、媚びが見えた。
 思わず、吐き気が突き上げる。視線の中に、見慣れた色を見つけて、ジェットはぞっと膚に粟を立てた。
 同じ目だった。若い男や少年を探す大人の男たちが、路上に向かって車の中から送る、あの視線と同じ色だった。
 何も変わっていないことを、不意に思い知る。
 何も変わっていない。変える気もない。機会さえあれば、父親であるはずのこの男は、ジェットを思うままにしたいと、今も思っている。
 4つだったのか、5つだったのか。いつものように、父親は酔っていた。昨夜の夫婦喧嘩のせいで、母親は家にいなかった。学校へ連れて行かれることもなく、ジェットは家にいた。
 腕を引かれ、連れて行かれたのは、夫婦の寝室だった。
 おまえの髪は、母さんそっくりだな。目の色も、おんなじだ。
 酒くさい息が、顔にかかった。髪を撫でられ、キスが降りかかってきた。何か言おうとするたびに、静かに、と唇に指先を当てられた。
 何かのゲームなのかと思いながら、くすぐったさに身をよじる。
 そんなやり方で、誰かに触れられたことなど、なかった。そんな触れ方があるのだと、知っているはずもなかった。
 誰にも言うなよと、脱がせた服を着せながら、父親が、血走った目で言った。
 はっきりとした形で強姦されるまで、父親は、母親がいない時には、必ずジェットに、そんな触れ方をした。
 母親の代わりにされているのだと気づくのに、しばらく時間がかかった。
 ジェットにとっては強姦でも、父親にとっては、ある種の愛情の発露だとしか認識できず、こんなにおまえを愛しているのにと、ジェットが抵抗するたびに、父親は涙を浮かべて怒り狂った。
 すべては酒のせいだというのが、父親のお決まりの言い訳だったけれど、どんな言い訳を、いくら並べられたところで、ジェットの傷が癒えるはずもない。
 また同じことを繰り返そうとしているのだと、ジェットはようやく悟る。
 ジェットを愛しているからではない。ジェットが、自分よりも小さな子どもで、自分の息子で、好き勝手に扱える存在だと認識しているからに過ぎない。
 人間として愛されているわけではなく、手軽に手を伸ばせる、処理に困る感情を吐き出す対象として、求められているだけだった。
 媚びるように自分を上目に見る、目の前の男を、ジェットは心底汚らわしいと思った。
 憎しみが湧いてきて、それから、それが悲しみに変わった。大声で泣き出したいと、思った。
 「父さんは、だた、おまえのことが心配で・・・・・・」
 まだ、手が伸びてくる。
 突然、自分の体が、汚物でできている、そんな思いにとらわれた。
 この男が汚れていると同じほど、その手に触れられた自分も汚いのだと、はっきりと感じる。
 「オレに、二度と触るな。」
 低い声で、そう言って、ジェットは音を立てて立ち上がると、一度、また気弱に自分を見る父親をにらみつけ、それから、くるりときびすを返した。
 雨の中を、かまわずに走った。
 雨が、体にまとわりついた汚れと、染みついた男たちの体臭を、洗い流してくれればいいと、走りながらそう思った。
 頬を伝うのは、冷たい雨ではなく、熱い涙だったけれど。


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 ジェットが、話し終わって肩をすくめると、アルベルトは椅子から立ち上がって、ジェットの傍へ行った。
 赤い髪を右手で撫でて、それから、そこに口づける。
 ジェットの腕が伸びて、背中に触れた。
 まだ湿ったままの髪を、くしゃくしゃとかきまぜて、アルベルトは明るい声で言った。
 「ベーコンとソーセージとどっちがいい? それともパンケーキの方がいいか。」
 「・・・・・・今日はハムにしとくよ。卵は2つで、固い目玉焼き。」
 「何でも、キミの好きなように。俺はベーコンに卵が3つだ。スクランブルで。」
 「ジャムより、ピーナッツバターがいいな。」
 「じゃあ、早く行こう。」
 うんとうなずいて立ち上がったジェットが、アルベルトの腰に腕を回した。
 ジェットの肩を抱いて、ふたりで、一緒に、キッチンを出た。


 カフェテリアで暖かな食事をすませた後、午後の少し遅く、ふたりはアルベルトの大学へ歩いて行った。
 カフェテリアから、歩いても5分とかからない、広々とした大学の構内は、夏の初めの緑にあふれている。
 人気はなく、大きな駐車場にも、車はまばらだった。
 道路から道を曲がり、ゆるゆると曲がったその道をたどると、大学の正面の建物に行き着く。背の高いその建物は、大学の事務所と図書室が入っていて、タワーと学生たちには呼ばれていた。
 タワーの後ろに横にも、別棟の校舎が並び、どれも、渡り廊下でつながっている。
 「迷いそうだな、こんなとこ。」
 「ああ、初めて来た時、散々迷って、授業に遅れた。」
 アルベルトがそう言うと、ジェットが笑った。
 校舎の中には入らず、外の、ほとんど森に見える、並木の辺りをゆっくりと歩く。
 広々とした芝生には、いつもなら、学生たちがねそべって、本を読んでいるのが見える。今日はそこも空っぽだった。
 並木の間を通る時、周囲をきょろきょろと見回してから、ジェットが、アルベルトの、今は革の手袋に包まれている右手を取った。
 校舎の方へ背を向けて、まるで大きな公園のような、その木々の間を、ふたりは手をつないで歩いた。
 「オレも、ちゃんと勉強したら、ここに来れるかな。」
 「来れるさ、もちろん。」
 ジェットが、小さな声で言うのに、アルベルトははっきりと答えた。
 「アンタまだ、しばらくここで勉強するのか?」
 ジェットに横顔を見せたまま、アルベルトは、少しの間言葉を探した。
 「・・・・・・ずっと、ここにいるかもしれない。」
 「ずっと?」
 「ずっと。」
 葉が、光を遮って、路面とふたりに、さまざまな形の影を落とす。時折反射する光に目を細めながら、ジェットがアルベルトを見上げた。
 「ずっと、ここで勉強するのか?」
 「教授の助手になるって、手もある。」
 辺りには、時折枝の間を走るリスや、ぱたぱたと飛ぶ鳥の気配しかなく、聞こえるのは、思い出したように木々の向こう側を走ってゆく、車の音だけだった。
 ジェットが、うつむいて、自分の爪先に視線を落とした。
 「じゃあ、アンタと一緒に、ここに来れるかな。」
 おもしろい意見だと、アルベルトは思った。
 18歳になって、すっかり背の伸びた---自分より、高いかもしれない---ジェットと、30を過ぎたばかりの自分---大学院生かもしれないし、教授の助手くらいしているかもしれない---が、肩を並べて、校舎の中を歩いている。あるいは、図書館で、一緒に本を探している。あるいは、カフェテリアで、提出期限の近い論文を、必死で書いている。
 胸の中に、あたたかさが広がった。
 そうなればいいなと、思った。
 「そういうことも、有り得る。」
 うなずくように、一言一言、くっきりと区切って、返事を返した。
 ある夏の日の、日曜の午後だった。