路地裏の少年



9) ふたり

 一緒にシャワーを浴び終わって、しゃにむにしがみついてくるジェットを、髪を撫でてなだめながら、ふたりは裸のままで、ベッドルームへ行った。
 シーツの下にもぐり込み、まだ、間に腕半分ほどの距離を置いて、明かりのない部屋の中で、互いに向き合う。
 ジェットが、おずおずと、アルベルトの頬に手を伸ばした。
 アルベルトは、ジェットから目を反らさず、ジェットの触わるに任せて、少しだけ目を細める。
 体の輪郭をなぞるように、頬からあごに触れ、そこから首筋をたどり、鎖骨の硬さを確かめるように指先が動いて、それから、金属板の張られた右肩に滑り、ようやく、ジェットはふと頬を赤らめて、アルベルトの胸に頬を寄せた。
 まだ湿ったままの皮膚も髪も、ふたりの体温に暖められて、少しずつ、湿りを消してゆく。
 アルベルトは、ジェットの背中に腕を回して、ジェットの額に、優しく口づけた。
 くすぐったそうに、腕の中のジェットの背が丸くなる。それから、ゆっくりと顔を上げ、また、アルベルトのあごに手を添え、ジェットは、唇に唇を重ねた。
 ついばむように、唇が、重なり、離れ、また重なる。上唇を軽く噛んで、また、唇が重なった。
 「アンタ、誰かとキスしたこと、あるか?」
 「両親となら、ある。それから、多分、他の家族とか、親の友達とか。」
 「アンタ、好きな女とか、いなかったのか?」
 アルベルトは、首を振った。
 「こういうことは、したこともないし、する気もなかった。」
 「でも、オレとはしてくれるんだろ?」
 「・・・・・・そういうこと、らしいな。」
 照れくささをごまかすために、ことさら仏頂面で、アルベルトはそう答えた。
 ジェットは、またキスを繰り返しながら、湿らせた唇で、あごや頬、それから、眉間にも触れる。
 舌先で唇の合わせ目をなぞり、湿った吐息で、囁いた。
 「口、開けろよ。」
 自分の上にかぶさってくるジェットの、細い腰に腕を添え、アルベルトはおとなしく、ジェットの言う通りに唇を少し開いた。
 するりと、滑り込んでくるジェットの舌が、今度は歯列を割ろうとする。
 舌を差し込まれ、少しだけ驚いて、思わず浮かしかけた肩を、ジェットにやんわりと押し返された。
 頬を、両手ではさまれ、舌先を軽く噛まれる。
 こちらから絡め取って、ジェットのしたように、甘噛みしてやると、ジェットが途端に声を湿らせた。
 唇を離し、顔を浮かせて、ジェットは唇を拭った。
 「頭がいいと、こんなこと覚えるのも早いのか?」
 ジェットの、腕の影に隠れた頬が、赤く見える。アルベルトは、まるで自分がそうされたように、頬に朱を散らした。
 ジェットが、いきなりしがみついてきて、アルベルトの首に両腕を巻きつけると、歯が当たって音を立てるほど乱暴に唇を重ね、アルベルトの口の中の粘膜を探った。
 自分の舌に絡みついてくるジェットの舌の熱さに、ふと、アルベルトは、背中の辺りが火照るのを感じた。
 背骨から熱が始まり、そこから、じわじわと皮膚全体に広がってゆく。
 思わずジェットの背に手を触れ、首や耳の後ろを、両方の指先で、撫でるよりも少し強くまさぐった。
 合わせた胸の、初めて触れる互いの形が、まるで、溶けてひとつになるようにな気がする。
 触れた首筋に流れる、ジェットの血の音が、アルベルトの指に心地よく伝わる。
 キスは次第に深くなり、もう、戸惑いもなく大きく開かれた唇の間で、舌先が、互いに行ったり来たりする。
 ジェットが、ようやく体を起こして、上気した頬で大きく息を吐きながら、潤んだ目でアルベルトを見下ろした。
 「・・・・・・気持ち、いいか?」
 細い声でそう訊かれ、アルベルトは思わず、ためらいもなくうなずいていた。
 小さく首を縦に折って、それから喉を反らし、水から上がったばかりの人のように、大きく深呼吸を繰り返す。
 その、伸び切った喉の皮膚に、ジェットが唇を当てた。
 ごくっと喉を鳴らして、アルベルトは目を閉じた。
 ジェットの手が、みぞおちを滑り、もっと下へ向かってゆく。アルベルトは、また喉を鳴らした。
 「・・・・・・アンタ、ちゃんと勃ってるよ。」
 からかうように、ジェットが囁いた。
 指の細い、薄い掌が、アルベルトの、今まで誰にも、そんなふうには触れられたことのなかったペニスに触れる。
 胸を大きく上下させて、アルベルトは、肩を震わせた。
 何が起こるのか、知りたくなくて---知るのが、怖かった---、アルベルトは目を閉じたまま、ジェットの手の動きに、もう逆らいもしなかった。
 ジェットが、少しずつ体をずらし、唇を、掌がたどった同じ道筋で、滑らせてゆく。
 濡れた唇の感触に、アルベルトは、思わずうめいた。
 脚の間に位置を変えたジェットの、赤い髪が、下目に見えた。
 両手を添えられたのを感じた直後に、ぬるりと、ジェットの唇が、アルベルトのペニスに触れた。
 思わず声を上げて体を起こすと、ジェットの腕が伸びて、胸を押す。
 唇を外して、顔を起こすと、濡れた唇で、奇妙に大人びた表情で、言った。
 「心配するなって。歯なんか立てやしないって。」
 「そ・・・・・・そんなことじゃなくて。」
 ジェットがまた口を開き、アルベルトのペニスに触れた。
 「口でやるの、いやか?」
 アルベルトは、思わず頭を振った。
 「いや、そう・・・・・・そうじゃなくて、そんなこと、するのか?」
 「そんなことって、フェラ? だって、気持ちいいだろ?」
 ジェットの、しゃべる息が、かかる。
 すっかり勃起している自分のペニスを、何か異次元の生物でも眺めるように見やって、アルベルトは、それが自分の体の一部だとは信じられなかった。
 「アンタ、ほんとになにも知らないんだな。」
 ジェットの声が、少しだけ、憐れみを刷いた。
 アルベルトの両脚の間から体を起こし、また、アルベルトの首に両腕を巻きつけると、ジェットはアルベルトを抱きしめて、柔らかな銀髪を撫でた。
 「オレとこうしてて、気持ちいいか?」
 薄いジェットの背中を撫でながら、ああ、とアルベルトは低く返す。
 「キミは、気持ちいいのか?」
 ああ、とジェットの声が、甘く耳元で聞こえた。
 「アンタとこうして抱き合ってて、オレは、すっげえ気持ちいい。」
 「俺は、どうしたらキミを気持ちよくできるのか、知らない。」
 ジェットの腕が、ぎゅっと、首に強く巻きついた。
 「そのうち、わかるさ。アンタのキス、すげえよかったし。」
 また、言葉の終わらないうちに、唇が重なる。
 ベッドに坐ったアルベルトの膝をまたぐ形で、脚を開き、ジェットは、キスをしながら、アルベルトの右腕に、掌を滑らせた。
 皮膚は熱く、血の流れる音が、互いの胸に伝わるのに、その鉛色の腕は、力なくベッドに投げ出されていた。
 ジェットは、その手を取り、自分の、ようやく勃起し始めたペニスに触れさせた。
 びくりと、アルベルトの右肩が揺れる。
 鼻先を触れ合わせたまま、アルベルトが言った。
 「冷たいだろう。」
 「冷たくて、気持ちいい・・・・・・オレの、アンタに触られて、勃ってる。」
 まだ、幼いペニス。勃起しても、掌を握れば、その中にすっぽりとおさまってしまう。
 ジェットの形を、指先で確かめながら、アルベルトは、次第に息を荒くして、頬を赤く上気させるジェットの顔を目の前に見たまま、ジェットが促すままに、自分の手を動かした。
 自分のペニスにさえ、右手では触れたことがなかったのにと、ジェットの、血の色の上がった首筋を見て、思う。
 声変わりの、始まったばかりの声は、時折不自然に高くなったり、かすれたりする。
 ジェットの、目を閉じて、アルベルトの掌の動きに集中している表情と声に、ふと、背骨の下の辺りがざわめく。
 かすかに開いた唇からこぼれる、白い歯並みに、舌先を滑らせたいと、いきなり思った。
 息を荒くして、また、アルベルトに抱きついてくる。
 肩にあごを乗せ、アルベルトの手の動きを速めた。ジェットは、犬のように短く息を吐きながら、薄い胸を喘がせた。
 肩から背中に回った手に、力がこもる。爪を立てられ、アルベルトは思わず眉をしかめた。
 それから、ジェットが、声を上げて、肩を揺らして息を吐きながら、アルベルトの肩に、汗の浮いた額を乗せた。
 ゆっくりと、ジェットの手が、アルベルトの手を、濡れたペニスから外した。
 「ごめん、アンタの右手、汚しちまった。」
 ぬるりとしたジェットの精液が、機械の指の間にこぼれるのがわかる。
 掌を目の前に上げて、アルベルトは、薄い闇の中で、かすかに光るそれを見た。
 ジェットは、どさりと体を投げ出して、ベッドの上に、大の字に仰向けになった。
 「手、洗ってこいよ。」
 また胸を喘がせながら、ジェットが言う。
 アルベルトは、ああ、と短く返事をして、まだ勃起したままのペニスをうまく隠しながら、ベッドを降りた。
 「バスルームからさ、オレのジーンズ、とってきてくれよ。」
 また、ああ、と顔半分で振り返って、ベッドから自分の方へ顔を向けているジェットの、弛緩しきった姿を見て、アルベルトは慌ててそれから目を反らす。
 歩きながら、どくっと、血がペニスに向かって流れてゆくのを感じた。
 バスルームで、冷たい水で手を洗い流しながら、アルベルトは、目の前の鏡に映る自分の姿から、視線を反らす。
 見知らぬ他人のような自分をそこに見つけることが怖くて、アルベルトは、流れる水の下にある手ばかりを凝視した。
 手を拭いてから、バスルームの床に散らばったままの服---ジェットのも、アルベルトのも---から、ジェットのジーンズを拾い上げ、また、ベッドルームに戻った。
 ジェットは、まだベッドに横になったまま、だらりと腕を胸の上に乗せ、あちらに顔を向けていた。
 アルベルトの足音に、けだるげに顔を振り向け、ジェットは、だるそうに体を起こす。
 アルベルトが差し出したジーンズを受け取り、ポケットから、財布を取り出す。
 革の、鎖のついたやつだ。ティーンエイジャーなら、誰でも持っている。鎖は、失くさないためか、盗まれないためか、ズボンのベルト通しに繋がっている。
 中から、ジェットは、コンドームを取り出した。
 「アンタが病気かなんて、心配してないけどさ、オレの方が、ヤバいだろうからさ。」
 子どもにはにつかわしくない、自嘲で薄く唇を歪め、ジェットは上目にアルベルトを見た。
 「そんなもの、いつも持ち歩いてるのか?」
 「自衛だよ、自衛。心配しなくても、アンタと出会ってから、1コも使ってないよ。」
 ジェットに促されて、またベッドに上がりながら、ジーンズを床に放るジェットの腕の細さに、ふと目を奪われる。
 いずれは、もっと筋肉のついた体になって、誰かに組み伏せられることを、心配しなくてもすむようになるのだろうか。その頃には、ガールフレンドもいて、男と寝ていたことなど、すっかり忘れてしまうのかもしれない。
 ジェットが、ベッドに体を倒しながら、自分の上に、アルベルトを引っ張った。
 「キスしてくれよ、さっきみたいに。」
 ジェットに体重をかけないように注意しながら、アルベルトはジェットの、小さな頭を抱え込んだ。
 柔らかく開いた唇の間に舌を差し入れて、さっき、そうしたいと思ったように、ジェットの歯列に舌を滑らせる。
 それから、もっと奥に入り込んで、舌を絡め取った。
 ジェットの腕は、アルベルトの胸の下を通って、下肢に伸び、ペニスの辺りに触れていた。
 濡れた音が、かすかにその辺りからするのを、不思議に思いながら、アルベルトは、誘われるままに、深く接吻を繰り返す。
 時折、思い出したように、ジェットの手首や掌が、アルベルトのペニスに触れる。
 そのたびに、みぞおちの辺りが大きくうねる。
 唾液が、唇の間で糸を引いた。
 ジェットが、アルベルトの左手を取った。
 ジェットは、アルベルトの下で大きく脚を開くと、ペニスの下の辺りに、アルベルトの手を導いた。
 「ここ、わかるか、アンタの、ここに入れるの、わかるか。」
 引き寄せられた指先に、柔らかな粘膜の入り口が触れる。
 ジェットが、目を潤ませて、にっと笑った。
 体を起こして、さっきのコンドームのパッケージを破ると、慣れた手つきでアルベルトに手を伸ばし、あっという間もなく、するりとコンドームをかぶせた。
 また体を倒し、アルベルトの腕を自分の方へ引きながら、脚を開いて腰を持ち上げる。
 ほら、とアルベルトのペニスに手を添えて、さっき触れさせたところへ、それを当てがおうとする。
 「こんなところに、入るのか?」
 「平気だって、オレ、慣れてるから。」
 「いや、そうじゃなくて・・・・・・」
 止まったまま、アルベルトは、戸惑った表情で、ジェットと自分のペニスを交互に見た。
 「なんだよ、オレの中に入れるの、イヤか。」
 傷ついた表情が、浮かぶ。
 アルベルトは慌てて首を振りながら、そういう意味じゃない、と言った。
 「そうじゃなくて・・・・・・入れなきゃいけないのか?」
 「入れなくても、いいけど・・・・・・アンタ、後ろ使うの、キライなのか?」
 「・・・・・・好きとか嫌いの問題じゃないだろう。」
 「じゃあ、なにが問題だよ?」
 「痛いだろう、こんなところに・・・・・・」
 自分のペニスにふと触れて、指先に感じたジェットの体の小ささと比較して、とてもそんなことが可能だとは思えなかった。
 第一、セックスのための、生殖器官ですらないのに。
 「言ったろ、オレは慣れてるって。心配すんなよ。もっとも、アンタが、アナルセックスなんか吐き気がするって言うんなら、別にフェラでもいいけどさ。」
 「キミは、どっちがいいんだ?」
 真面目な表情で、アルベルトは訊いた。
 ジェットが、少しばかりひるんだように、肩を引いて、それから、少しうつむき加減に、小さく答えた。
 「オレは・・・・・・アンタが入れてくれたら、うれしい。」
 ふたりで、視線を互いから反らしたまま、少しばかり気まずい思いを持て余して、数瞬過ぎた。
 アルベルトは、ジェットの肩をゆっくりと押して、ベッドに倒れながら、またジェットの額に接吻した。
 「無理なら、すぐにやめるから、そう言ってくれよ。」
 右手で、ジェットの髪の生え際を撫でながら、左手を伸ばして、ジェットのペニスにまた触れた。
 そこから、もっと奥に指を伸ばし、さっき、ジェットが示した場所に触れる。
 確かめてから、自分の、もうずっと勃起したままのペニスを、そっと当てがった。
 ジェットの骨ばったくるぶしが、腰の辺りをかすめる。
 ジェットを傷つけないように、そろそろと躯を進めて、アルベルトは、ゆっくりと、ジェットの中に入った。
 ジェットが、大きく息を吐く。
 苦痛の表情を見逃すまいと、喉を反らして、歯を食いしばるジェットを、下にじっと見る。
 「大丈夫か?」
 「いいから、早く全部入れてくれよ。途中で止められる方がつらいんだ。」
 そういうものなのかと、慌てて、けれどまたゆっくりと、ジェットの躯を開いてゆく。
 狭さと熱さに包まれて、アルベルトは、射精を耐えるのに必死になった。
 「アンタの、コック・・・・・・」
 喉と胸をのけぞらせて、ジェットが、うめくように言う。
 何を言われているのかわからず、ジェットの口元へ耳を寄せようと、体を倒した瞬間、ジェットに痛いほど締めつけられた。
 体を、元の位置に引こうとした時、ジェットの指先が、両腕に食い込んだ。
 ひゅうっと、息を吸い込む音が聞こえて、腕の、爪の食い込んだ痛みが、消えた。
 体の中心で起こった爆発が、意識を空白に、けれど白濁させてゆく。体をばらばらに吹き飛ばすのは、苦痛ではなかった。
 時間が止まったように思って、ふと我に返って、知らずに止めていた呼吸を、またゆっくりと再開する。
 はあはあと、肩で息をしながら、アルベルトは、がっくりとジェットの上に体を落とした。
 アルベルトの、すっかり重くなった体を、よけもせずに受け止め、両腕いっぱいに抱きしめて、ジェットは、目の前の、汗に濡れた肩にそっと接吻する。
 「オレ、アンタと繋がってるの、好きだ。」
 どう答えるべきなのかわからず、アルベルトは、重い体を浮かせて、ジェットの額に、精一杯のいとしさを込めて、キスをした。
 何か言うべきなのだろうと思いながら、言うべき言葉が見当たらず、そのくせ、一晩中語り明かしたばかりのような、そんな感覚がある。
 それは、躯を重ねた後の、入り込んだ体の深さほど、相手の心の中にも踏み込んだと、誰もが抱く錯覚だったけれど。
 生まれて初めて、肌を合わせた相手が、たった14歳の少年であることに、心のどこかで罪悪感を感じながら、それでもアルベルトは、こんなことを知らなかった自分よりも、ようやく体で誰かと繋がることを知った今の方が幸せだと、思わず口にしてみたくなる。
 腕を伸ばして抱き合い、平らな胸を重ねて、ふたりはもう一度、キスをした。
 ようやく、ひとりとひとりが、ふたりになれた夜だった。