パラレルコプヤン。天涯孤独のヤン少年の異種同種恋愛譚。ラップ×ヤン。
* リアル獣姦展開含 *

変化たちの森 5

 黙って車に戻り、5分も経たずにヤンの家に着くと、ラップは無言のまま車を降りてヤンの後ろに着いて来た。
 家の中はもう真っ暗で、ラップを中へ入れながらヤンは手近な明かりをつけ、ふたりはまだ靴を脱がない足元へ手にしていたバックパックを放る。空手になった途端、ヤンは玄関のドアを背に、ラップへ向かって腕を伸ばした。
 手を繋ぐと、まるで子どもの仕草で、それでも腰や背に回る腕はもう大人に近づいたそれで、ヤンはラップの掌が自分の背を撫でると、それを真似してラップの背へ自分の掌を押し当てる。
 ラップの手を引いて、自分の部屋へ連れてゆく。服を脱ぐのだと言う程度のことは知っていても、それから先のことはふたりとも分からない。自分のものではない服を脱がせたり、ボタンを外したりするのは、恐ろしく気恥ずかしくて奇妙な気分だった。
 下目に見るラップの指先が震えていて、怖いのは自分だけではないと励まされると、指先の戸惑いながら動く合間に、ヤンは自分からラップへ唇を寄せて、それだけは今までの1時間程度にやっと慣れて、時々鼻がぶつかるのに、ラップが痛いと小さな声を上げるのに、ヤンはうっすら微笑みすらした。
 胸や腹が剥き出しになると、ヤンは恐る恐るラップの頬や首筋に触れた。ヤンの背骨を、ラップの丸い指先がたどって来る。くすぐったさとは別の感触が首筋に這い上がって来て、ただ素肌が触れ合うだけでこんなにも安心するのかと、ヤンはラップの肩の上で力を抜く。
 ラップの唇がヤンのあごや肩口を滑り、掌はもう一瞬もヤンの体から離れず、ラップは目を閉じて、ヤンの素肌をくまなく探った。
 まだ幼い膚。少年よりもずっと子どもじみた、懐かしい感触。赤ん坊に触れて、その柔らかさに驚くように、ラップはヤンの膚のなめらかさに驚いている。
 さらりと乾いているくせに、湿ったように掌や指先に添って来る。皮膚の下で薄い筋肉が慄えて、それは不快のせいではないと分かるから、ラップは知らずヤンを抱きしめる腕に力を込めて、ヤンが逃げないように、自分の胸へ抱き込むように、腕の輪を縮めていた。
 どうしていいか分からず、それでも快の感覚を追って、互いの体へ触れる。体温と汗の湿り、1日を過ごした後の、外の世界の匂い、自分のものではない体、自分のものであればいいと願う体、触れることを許した体、触れることを許された体、そうして、これからどうしたらいいのかと、ふたりはふと見つめ合って、ジーンズの腰回りへ何とか指先を差し入れながら、ヤンの狭いベッドへ一緒に倒れ込む。
 風が吹いてもそうなるのに、こんな風に触れ合って、勃起が起こらないはずもなかった。それが目的で触れ合うのだと、頭で理解していても、手指の動きは追いつかない。
 自分以外の躯に触れたことのないヤンは、恐々とラップのジーズンの金具へ両手を差し出し、ラップの様子を窺いながらそれを外した。
 ジッパーを引き下げる、小さな小さな音。うつむく形に、ヤンは自分の手元へ視線を当てて、下着の、柔らかく伸びるその生地の内側へ、両手を揃えて差し込んで、指先に触れた確かな質量と熱さに、全身の血が集まったように頬を染める。
 ラップが下唇を噛んで、ヤンにも同じように手を伸ばして来た。
 一緒に、体を倒して、向かい合わせに互いに触れる。互いの動きを真似て、触れているのが唇なのか呼吸なのか、時々目を開けて確かめながら、自分に触れる時と同じように、相手に触れる。ひとりでする時と似ている。けれど違う。少し下げた下着から取り出した互いのそれへ、両手を添えて、射精と言う結果よりも、ヤンがラップに触れ、ラップがヤンに触れていると言う、状況の方がより重要に思えていた。
 互いの肩口へ額やあごを押し付けて、ヤンは時々ラップの首筋へ歯を立てる。ラップは唇の間へヤンの髪を挟んで、まるで食むようにさりさりそこで音を立てた。
 加減が分からず触れる指先が、ためらい勝ちのせいかどうか、ふたりは随分と長い間、そうして手指を動かしていた。
 合間に、開いた唇の間で時々舌も触れ合い、もう少しやりやすい姿勢はないかと、体の位置を入れ替えもして、上から、あるいは下から見る互いの、見慣れない表情や前髪の乱れて散った額の線へ見入って、こんな姿は昼間明るいところでは絶対見れないのだと思うと、ヤンは一瞬も忘れずに覚えておこうと、脳の奥の方へそれらを必死で刻みつける。
 吐息交じりの声が次第に大きくなって、それに耐えるように、ラップは自分の唇を、ヤンの鎖骨や二の腕へ押し付けて塞ぎ、そうして掛かる呼吸の熱さにヤンは皮膚の下を繰り返し震わせていた。
 ラップが足を絡めて来て、足裏でヤンのふくらはぎを探る。足首の骨の形と足の甲をラップの爪先になぞられて、ヤンは思わず声を立てた。
 触れる素肌の面積が広がっている。片腕は体に回して、もう一方の手は互いに触れて、今ではもう隙間なく寄せた躯の間で、しきりに動く指先も絡まり合うように、それも一緒にぬるぬるとふたりの手の中で滑る。舌先を差し出して、ヤンがラップへ唇の内側を舐めた時、ラップがヤンの手の中で先に果てた。
 力を抜いたラップの指先を逃さずに、ヤンは自分のそれもラップの手も一緒くたに握り込んで、少し後に達しながら、ラップの髪の上に大きく息を吐く。
 ねぎらいのように、感謝のように、ふたりは改めて唇を合わせると、その唇をそのままずらして、互いの額や頬へも押し当てた。
 汚れた手と躯と、それもまだ触れ合わせたまま、自慰の時とは違う虚脱感と、かすかに後ろめたさのつきまとう充足感と、何よりも、射精の後に触れたままの、まだ熱い自分のではない素肌と体と、ひとりではないぬくもりに、ふたりはすがりつくようにまた抱き合う。
 ごっご遊びの延長のような、ただの真似事のような、単なる悪戯だとまだ言い訳のできる場所で、ふたりは互いの背中や肩から腕を外せずに、そうしている間に再び兆して来るのを指先に確かめて、
 「また、いいか・・・?」
 遠慮がちにラップが下目に訊いて来るのに、ヤンはまだ頬の赤みも去らないまま、いいよと答える。
 幼い勃起が繰り返され、同じ動きで互いを導いて、けれど最初の時よりはもう少し遠慮はなく、相手の快と不快をとても上手く見極められるのだと言う、浅い優越感に満たされながら、さっきよりももっと近く、躯が寄り添う。
 いつの間にか、下肢も半ば剥き出しにして、薄いだけの背中や腹から、そこは少しだけ丸みを帯びる腰へも触れると、ふと跳ねたヤンの体がベッドの端から飛び出した。
 ベッドの狭さを言い訳にして、互いの肩口へ頭を埋め込むように、細い手足を木の枝のように絡めて、首筋同士を触れ合わせるだけでほとんど達しそうになりながら、射精が終わりの合図なのだとしても、それだけが目的でもないとふたりは素早く悟り始めている。
 人の体の重みとぬくもり、それだけでこんなにも幸福な気分になれるのかと、もう何度目か、ヤンはラップの細くて柔らかい髪の中へ指先をもぐり込ませながら思った。


 剥き出しの体を隠しもせずに、肩を触れ合わせて、手足は伸ばして、暗さに慣れた目には互いの様子がよく見える。今では見えるだけではなく、手指で識った互いの躯の輪郭を、静まり返った頭の中で反芻しながら、今一体何時だろうと、寝返りを打って自分に腕を巻きつけて来るラップを抱き寄せて、ヤンは首をねじって時計の見える位置を探そうとしていた。
 まさか泊まるわけには行かないだろう。家には遅くなると連絡も入れていない。もしラップが帰りたくないと言うなら、強いて反対する気もなかったけれど、今日はちゃんといつも通りに別れた方がいい気がした。
 色んなものがこうして鎮まると、途端にジェシカのことを思い出す。ラップはジェシカに言うだろうか。それとも黙っているのだろうか。知ったらジェシカは何と言うだろう。ひどい裏切りのような、あるいはただ、ジェシカとそうするために、ラップはただヤンを踏み台に使っただけだと言う気もする。
 ラップはそんなヤツじゃない。
 暗がりで白っぽく見えるラップの髪へ鼻先を埋めて、ヤンは、自分が思う同じことをラップも考えているのだろうと思う。
 秘密と言うほど、大袈裟でもないような気もする。分からない、自分はどうしたかったんだろう。自分はどうしたいんだろう。ラップが、好きだと言った自分を拒まなかった。でもラップが好きなのはジェシカじゃないか。これは友情の延長だろうか。ヤンを傷つけないために、ラップがただ応えたと言うだけのことなのか。
 それにしては、自分に触れたラップの掌の熱さがごまかしようもなかったのに、ヤンはちゃんと気づいている。
 こんな風になってしまったら、もっと欲しくなる。自分は、ラップの一部だけのおこぼれをもらって、それで満足できるのだろうかと、ヤンは自分の胸の中を覗き込む。ラップはジェシカと付き合っている。そちらを優先されながら、隙間の時間に、ラップが自分に手を伸ばして来て、自分はそれに応え続けるんだろうかと、ヤンはぐるぐると頭の中で考え続ける。
 充足感の後の、自己嫌悪。ジェシカを裏切ったのは自分だ。ラップではない。
 黙っていれば分からない。けれど明日ジェシカと会って、いつものように笑えるだろうか。
 明日になってみないと分からない。ヤンは捨て鉢に心の中でつぶやいて、ラップの腕から抜け出すように体を起こした。
 「シャワー、浴びて来いよ。送って行くから。」
 まだ腕の輪をヤンの形に投げ出したまま、うん、とラップが歯切れの悪い返事をする。
 それ以上しつこくもせずに、ヤンはただ黙ってラップが動き出すのを待っていた。
 ラップの腕が伸びて、ヤンの背中に触れる。肉の薄い、背骨のはっきりと数えられるそこへ掌を乗せて、ヤンには見せずに、ラップはひどく切なそうに目を細めた。
 まだ、もうちょっと、と口の中でぼそぼそと言うラップの手に肩を引かれるのに、ヤンは逆らわずにまたベッドへ両足を上げる。
 床に放り出したシャツやジーンズが、持ち主たちと同じように重なり絡まり、今はヤンたちがその服の真似をして、手足と躯を再び絡め合わせる。
 ずっとこうしていたいと思うヤンの唇が、うっかり素直に動いてそのままを声に出していた。
 「・・・好きだよ・・・。」
 ラップの上へ体を投げ出しながら思わずそう言ったのに、
 「オレもだよ、ヤン。」
 ラップがはっきり答えたのを、聞きながらヤンはぎゅっと目を閉じた。
 寄せた耳の下で、ラップの心臓の音が、ヤンにはこの上なく心地好いリズムを刻んでいる。

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