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30の感情に関する一文字の御題1@6倍数の御題

 「この間実家に帰ったじゃないか。」
 「おう。」
 「君はつくづく僕を甘やかしてるな承太郎。」
 「何の話だ。」
 「うちは食後にコーヒーを飲む習慣はないんだ。母は普通にお茶を飲む。」
 「で?」
 「最初の日は僕もそれに倣ったんだが、どうしてもコーヒーがきちんと飲みたくて、でも道具がないからインスタントで我慢することにした。そしたらまるでコーヒーの味がしなくてがっかりだった。」
 「何だおれのコーヒーが飲みたかったって話か。」
 「そういうことだ。食事の後にうっかり、"コーヒーは?"って言いそうになって、慌てて口を塞いだ。」
 「言えばいいじゃねえか。」
 「そういう催促するようなことは行儀が悪いって言う家なんだうちは。」
 「めんどくせえな相変わらず。」
 「今のは聞かなかったことにしてやるよ承太郎。」
 「言いたきゃ言え。どうせてめーのところとは一生顔も合わせねえ。」
 「そうでもないぞ承太郎。近頃母さんが、ここで足りないものはないかって訊いて来るんだ。父さんは、君の家の方はどうしてるって、新聞読みながらさり気なく訊いて来るし。」
 「なんだどうした、どういう風の吹き回しだ。」
 「さあ、別に君との話を詳しくするわけじゃないが、うちの親も、そろそろ丸くなって来て、君のことを少しくらいなら受け入れてもいいって思い始めたんじゃないのか。」
 「うちと足して2で割りゃちょうどいいのにな。」
 「・・・君のところは大分特殊だろう。」
 「てめーの方が実の息子扱いだしな。」
 「何だ君、貞夫さんの言ったこと、まだ真に受けて根に持ってるのか。」
 「ありゃあ社交辞令じゃねえ、本気だぞ。」
 「違うよ、僕のものになるってことは君のものってことだ。貞夫さんが言ってるのはそういうことだよ。」
 「何がおれのもんだ。"好きなレコードあったら、好きに持って行ってもいいよ典明くん。"」
 「やめろよ、君がそんな話し方なんかしたら、明日赤い雪が降る。よりによって君、声が全然貞夫さんに似てないんだし。」
 「大体、こんなマンション住まいで、レコードなんかでかい音で聞けるか。」
 「だから言ってるだろう? そういうことだよ。僕のものは君のものだ。もっと空条の家の方へ顔を出せって言う、そういう意味だよ。」
 「回りくどい言い方しやがって、あのクソ親父。」
 「君には分からないかもしれないが、あの程度の言葉の裏を読み取るのは、日本人としては当然のたしなみだ。」
 「おれは半分しか日本人じゃねえ。」
 「だから、君にはそういうレベルを期待なんかしてやしない。だから貞夫さんも、わざわざ君に聞こえるように、僕に言ったんじゃないか。」
 「鬱陶しい話だな相変わらず。とっととジジイのところへ行っちまおうぜって話だ。」
 「それでも君は日本人だってことを忘れるな。日本国は二重国籍を認めてない。僕らがアメリカへ行くとしたら、こんなのは比じゃない鬱陶しい話になるんだぞ。」
 「めんどくせえ。」
 「せいぜいSPWに頼んで、日本の国籍に関する法律を変えてもらえるようにしてもらうんだな。あそこならきっとそんなことも可能だ。」
 「その代わりに、大学出た瞬間に就職決定でこき使われるのか。」
 「・・・それが問題だな。」
 「就職程度で何でも言うこと聞いてもらえるなら、いっそ男同士で結婚できるようにしてくれって頼む方が手っ取り早そうだぜ。」
 「あそこにそんなこと言ってみろ、本気で同性同士で子どもが作れるようになんて研究始めかねない。始めるだけならともかく、成功しそうだから迂闊なことは言うな承太郎。」
 「そしたらてめーの子どもが生めるな。」
 「誰が誰の子どもだって?」
 「おれが、てめーの子どもを。」
 「君が生むのか?」
 「どういう風になるのか知らんが、何だてめーが生みたいのか。」
 「おい、そういう冗談は映画の中だけにしてくれ。」
 「てめーがいやならおれが生むしかねえじゃねえか。」
 「どうしてもう子どもが作れる話になってるんだ。」
 「てめーがそう言ったんだろう。」
 「僕は単に可能性の話をしただけだぞ。勝手に話を先に進めるな。第一子どもを作るなら僕らふたりともが先に同意すべきだろう。」
 「なんだ、おれと子ども作るのがいやか。」
 「違う! いやとかそういうことじゃない! わかった、現実的な話に戻ろう。貞夫さんのレコードは、万が一僕がもらっても、それは君のものでもある。さらに万が一、僕らがもう一緒にはいられないってことになっても、その時は速やかに貞夫さんか君に返却するよ。それでいいかい?」
 「どっから親父のレコードの話になった?」
 「君が先にそっちに話を持って行ったんじゃないか! 一体僕ら何の話をしてたんだ?」
 「てめーがおれのコーヒーを飲みたいって言う、そういう話だ。」
 「ああそうだ、承太郎、コーヒー淹れてくれないか。できたら少し濃い目に。」
 「おう。ついでに、冷蔵庫のチェリータルトも出せ。」
 「ああいいな。あそこの店のは絶品なんだ。」
 「てめーのチェリーも絶品──」
 「エメラルド・スプラッシュ!!!!!」  

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