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雰囲気的な10の御題"在"("here")@loca

03.背中合わせの幸福

 親友と言う言葉は嫌いだ。
 花京院と肩を並べて歩くようになって以来、背中へ向かって囁かれる小さな声が、承太郎にはひたすら鬱陶しい。
 あの転校生の子、ジョジョと仲いいよね。親友ってヤツ? 何しゃべってるわけでもねえのに、一緒にいて面白いのかアレ。あのジョジョが一緒にいるんだぜ、何者だよあの転校生。ジョジョに親友ねえ・・・。
 その囁きが聞こえているのか聞こえていないのか、花京院は涼しい顔で承太郎の隣りにいて、あの不良の一匹狼のツレ、と言うような言われ方に眉ひとつ動かさない。
 親友と言う言い方は嫌いだ。
 誰が自分の親友か、決めるのは承太郎であって周りの他人ではない。花京院を承太郎のツレ呼ばわりはともかくも、さらに踏み込んで勝手に親友呼ばわりするのを、承太郎はなぜかひどく不愉快に感じている。
 特に親しい仲間を作らずに、常にひとりだった承太郎が、花京院が現われて以来登下校は必ず一緒だし、校内でもしょっちゅう肩を並べている姿を見掛けることになって、学校中が一斉にざわめいた。
 あれは誰だと、一体どこから来た転校生だと、承太郎ほどではなくても口数の少ない、受け答えすべて微妙な違いのある微笑みですべて済ませる花京院は、花京院本人のせいではなく、承太郎が原因で注目の的になってしまった。
 承太郎を恐れるのとはまた別の意味で、生徒たち──そして教師たちも──は花京院を何となく敬遠し、恐らくそれは、下手に近づけば承太郎に何をされるか分からないと彼らが思うせいなのだろう。
 花京院に直に話し掛けられず、承太郎本人にはもっと近寄り難いがゆえに、囁きはいっそう無遠慮にふたりを取り巻いて来る。
 ジョジョに親友って、オドロキー! 度胸あるよねえ、ジョジョと一緒にいるなんて。屋上で殴り合いでもやったんじゃねえのかアレ、夕陽を背中に。
 忌々しげに、承太郎はぐいと帽子のつばを下げる。
 殴り合いをやったのは確かだ。屋上ででも、夕陽を背中にではなかったけれど。それがそもそもの始まりだったのはほんとうだ。だからこそ余計に、好き勝手にふたりのことをあれこれ言われるのが鬱陶しい。
 そして同時に、実のところ、花京院と一緒でひと組のように語られるのがひどく面映くもあった。
 旅の続きのように、ごく当たり前に花京院と一緒にいて、それがどれほど周囲を驚かせたか、その驚きぶりを目にしてから承太郎は初めて自分がどんな風に見られていたのかを思い知り──もちろん、きちんと自覚はあった──、そんなに自分には友達のひとりもいないように見えていたかと、そう見えるように振る舞っていたくせに、いざそうと分かると周囲に対して理不尽に憤った。そして、憤った自分に腹が立った。
 ひとりが平気で、ひとりと思われても平気で、そうだったはずなのに、今はひとりになると右側が妙に薄寒いのは花京院のせいだ。当然のように、花京院が自分の傍にいるのか、自分が花京院の隣りにいるのか、どちらかと考え始めてもきりはなく、視界の中に常に花京院を探している自分を見つけて、承太郎はそれに驚きもしない自分に、今さら驚いている。
 それでも、自分たちのことを何も知らない連中に、親友同士と勝手に呼ばれるのはいやだった。
 「──聞いてるか承太郎。」
 隣りにいる花京院が、ちょっと尖った声を出す。去年、承太郎に散々脅された──と本人が言っているそうだ──数学教師のことを、花京院が面白そうに話しているのを、気づかずに聞き流していた。
 「まだここに来て日も浅いせいだろうが、他のみんなは全員呼び捨てなのに僕だけ"くん"づけだ。別に構わないが、君からとばっちりが来るのが相当恐いらしい。」
 「てめーが呼び捨てにされたくらいで殴りに行くほど暇じゃねえ。」
 「やめてくれよ、君が言うと冗談にならない。」
 言葉では咎めているようで、口調はただただ面白がっている。
 屈託のない花京院の笑顔に、承太郎は思わず歩いていた足を止めて、気づかず先へ進んだ花京院の背へ、突然訊いた。
 「・・・てめーは、おれと一緒くたでいやじゃねえのか。」
 立ち止まった承太郎にやっと気づいて、花京院が振り返る。怪訝そうに承太郎を見て、それから、むやみに思いつめた風の承太郎の表情に、今度は驚いた表情を浮べて、
 「なぜ僕がそれを嫌がるんだ。君の方こそ、何かと言うと僕と一緒にされて、嫌じゃないのか。」
 旅の間は、日本人同士で高校生同士で、そして何となくお互いを補い合うスタンドの能力で、特に他の誰かと組む理由がなければ大方一緒にいたふたりだった。
 日本に戻って、当然周りは日本人だらけでそして高校生だらけだ。互いとだけ一緒にいる理由は、今では互いがスタンド使いだと言うことしかなく、それも敵の心配のない普通の日常に戻れば、これ以上一緒に行動する理由にもならない。
 50日間の間に、そうと意識することもないまま、それらの理由をすべて置き去りにして親しくなってしまっているふたりは、自分たちのその親(ちか)しさに自覚すらなく、一緒にいたいのは自分だけで相手はそうでもないのかと、こっそり疑心暗鬼になっている。
 互いの本音を探り合うように見つめ合って、ふたりの足元を吹き過ぎてゆく風がそろそろ冷たい。
 「──僕はむしろ、君と一緒にされて光栄なくらいだ。おかげで、面倒ごとがあっちから避(よ)けて通ってくれる。」
 またくつくつ喉を鳴らして、花京院が屈託なく笑う。つられて、承太郎も思わず浮かんだ笑みと一緒に肩をすくめた。
 2歩先を再び歩き出した花京院を、承太郎は大きな歩幅で追って、高さの違う肩を並べて爪先の出る早さも揃えて、明らかに連れと分かる風に、そうしてふたりの口元に浮かぶ笑みもよく似ている。
 しばらく歩いた後で、ぼそりと花京院が言った。
 「君は、僕のハイエロファントが見えるからな。」
 声音が沈んで、花京院の横顔に素早く走った色は、かすかな苦痛とはにかみと、それがどれほど花京院にとって大切なことなのか、説明されずに承太郎は一瞬に悟り、そして心の中でひとりごちた。
 それは、おれも同じだ花京院。
 親友と言うレッテルを、他人に与えられるのは業腹だ。けれど確かにふたりはすでにそのように親(ちか)しく、そして承太郎は、自分がそれ以上に花京院に寄り添いたいと思っているのだと言うことに気づいて、だからふたりのことを親友と周囲が称するたびに、腹の辺りに坐りの悪い何かが湧いて、それが自分を不機嫌にしていたのだと、今唐突に悟っていた。
 承太郎には花京院のハイエロファント・グリーンが見え、花京院には承太郎のスター・プラチナが見える。それだけではないけれど、それはふたりにとってとても重要なことだった。
 分かれ道を、花京院が右へ曲がる。承太郎はそのまま真っ直ぐ進む。じゃあな承太郎と、軽く言って手を振り、花京院が背中を向けて去ってゆく。ああ、また明日なと承太郎が言うと、横顔だけ見せて、花京院がもう一度手を振って見せた。
 口数の決して多くはないふたりは、言葉を費やす必要もなく、承太郎はちょっと浮かれた調子で再び歩き出し、ほんの少し寒くなったのは花京院が隣りにいないからだと気づいていたけれど、それをもう淋しいとは思わなかった。  

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