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30日間好きCPチャレンジより

26 - Getting married / 結婚する (ホリィ&貞夫)

 承太郎の父である貞夫が、珍しく帰って来ていた。
 アルバムが出た後のツアーがやっと終わり、少しの間の充電期間とかで、久しぶりに何も考えずにゆっくりできる時間だと言って、ホリィの傍らにぴたりとくっついたまま、ひとり息子の承太郎はまるきり間に入れない空気らしい。
 ホリィの方も、当然満更ではない様子で、置いてきぼりの承太郎をちょっと気に掛けながらも、夫婦水入らずを満喫中とのことだった。
 と言う話を電話で延々聞かされた花京院は、大事な友人を救済すべく空条家へ顔を出し、承太郎の言ったことがまったく誇張ではなく、それどころか多少の割引きのあった内容だったのだと我が目で悟って、この間まで高校生だったふたりには、愛情表現たっぷりの夫婦と言うのはまさに目の毒だとしみじみ思ったものだ。
 普通に、もう大学生の息子のいる夫婦が、家の中でところ構わず手を繋ぎ合っているとか、頬寄せ合って何やらささやき合っているとか、いい歳をしてと陰口叩かれるところだけれど、海外で過ごす方が長い貞夫はまとう空気が日本人離れして、ホリィはそもそも日本人ではないし、そんなふたりが息子たちが赤面するほどの近さで肩を寄せて腕を絡め合っていると言うのが、嫌味にも下品にも見えないのはさすがだと、花京院は妙なところに感心する。
 「恋愛にも人徳ってのがあるのかな。」
 「なに言ってやがるてめえ。」
 承太郎が、うんざりだと言う表情を浮べている。どうせじき夏休みが終われば、大学のある街へ戻れるのだし、今くらい夫婦水入らずもいいじゃないかと、花京院はもう何度言ったか分からない慰めを繰り返す。
 その間にも、絡めた腕の先で指先をしっかりと互い違いにする手の繋ぎ方で、ホリィと貞夫が見つめ合いの真っ最中だ。
 両親の仲がよすぎると言うのも、子どもが不良になる要因になり得るんだろうかと、花京院は口にはしない疑問を頭の中でだけもてあそんで、思わずじっと承太郎の横顔を見つめた。
 花京院がいるなら、夕食をちょっと豪勢に振る舞おうと貞夫が提案して、自分が料理するのだから当然買い物に行くのは自分だと立ち上がった貞夫へ、ホリィがちょっと頬を赤らめてから、
 「一緒に行ってもいい?」
と訊く。貞夫はたっぷり10秒、そのホリィを見つめて、ドラマならゆっくり近づくふたりの顔がズームアップになる後ろで、賑やかに甘やかな曲でも流れる演出間違いなしの空気を振りまいてから、
 「勿論だとも。」
と、まったくホリィしか視界に入っていない風にきっぱりと答えた。
 その邪魔をするように、承太郎は突然、
 「おれも行くぜ。てめーもだ花京院。」
 「ああいいともいいとも。典明君も一緒に行こう。」
 承太郎の申し出に即答しながら、その貞夫の声は完全に上の空だったし、唇が動く間も視線は一瞬もホリィから外れなかった。
 花京院は承太郎の突然の指名を、有無を言わせず受け入れる羽目になって、この、夫婦水入らずアンド邪魔者の息子の家族団欒へ、さらに強制参加させられる気の毒な客人の立場に、反論する時間さえ与えられない。
 買い物と言って、歩いて行ける距離のスーパーへ出掛けるだけだったし、近所の人間が通り過ぎる路上を、夫婦ふたりは慣れた様子で手を繋いで互いに見つめ合って歩き、その数歩後ろを、大学生のふたりは複雑な表情でついてゆくだけだ。
 買い物の間も、貞夫は自分であれこれ材料を吟味しつつ、ホリィへどうかと尋ねるのを絶対に忘れない。一応、ホリィの後に花京院に、その食材が食べられるかどうかは訊いてくれるけれど、その順番がまた、いっそう承太郎を苛立たせている。
 手が空いている限りはふたりの手は必ず触れ合っていて、すれ違う他の客たちは、ひそひそしたりじっと見つめたり微笑ましそうににこやかにふたりを見送っていたり、その反応は様々でも、承太郎の仏頂面は一向に変わらないままだ。
 花京院は、ふたりの様子をやや気恥ずかしさを込めて眺めていて、それでもふたりの連れと思われたくないとは一向に思わず、夫婦っていいもんだなあと、ひそかに胸の中でだけ考えていた。
 貞夫の買い物は意外と嵩張り、レジでとてもひとりでは持てない数の袋を、貞夫はさっさと持てるだけ持ち、その残りを、承太郎が無言で取り上げる。
 ホリィは両手に袋を下げた貞夫の腕に自分の腕を絡めて、花京院は買い物で両手の塞がった承太郎から半分を自分の手に移して、そうして夕暮れにはまだ少し時間のある帰り道、それでも道路に伸びる影が少し長い。
 花京院は、歩きながら、そっとハイエロファント越しに承太郎にささやいた。
 ──君って、意外と父親似だったんだな。
 承太郎がちっと舌打ちをする。なにがだ、と自分の声で小さく花京院に答えて来る。
 ──てっきりジョースターさん似だと思ってたが、君と貞夫さんは妙なところがそっくりだ。
 斜め前に伸びている影の輪郭が、承太郎と貞夫ととてもよく似ている。それを見て、花京院はひとりおかしくてくすくす笑う。
 ──なにひとりで笑ってやがる。
 スタープラチナ越しに、承太郎が伝えて来た。
 ──何でもないよ。
 言いながら、花京院はさり気なく、買い物袋を持ち替えて、承太郎の空いた手の隣りへ、自分の片手を空ける。それから、そっと舗道へ落ちた自分たちの影を見つめたまま、影の輪郭が重なるように自分の手を動かした。
 影でだけ触れ合った手に気づいたのかどうか、承太郎がちょっと唇を尖らせて、今日初めて笑み──苦笑のように見えたけれど──に目尻を下げる。
 後ろの、息子とその友人のやり取りに、夫婦のふたりは一向に気づきはせずに、腕を絡め合って歩き続けている。
 20年後には、この息子と友人も、正式に結婚できるようになるとまだ誰も知らないまま、ふた塊まりになった影はもうさっきよりも長く路上に伸びていた。

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