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30日間好きCPチャレンジより

23 - Arguing / 口論、言い争い

 真四角の食卓の、2辺をそれぞれに占めて、向かい合わせのふたりの間にあるのは、承太郎が淹れたばかりのコーヒーだ。何も予定のない週末の午後、口火を切ったのは花京院の方だった。
 「君はその、何の疑問も抱いたことはないのか。」
 手元のコーヒーにうつむいたまま、花京院がちょっと途中でつっかえながら訊く。
 「僕ら、世間並みに普通じゃないし──スタンド使いってことじゃないぞ──、普通も何も僕らふたりとも男で、君はその点に疑問を抱いたことはないのか。」
 承太郎はその質問に、眉ひとつ動かさず、静かにコーヒーをすすった。
 「ねえ。」
 花京院の言う、その世間では学者さま、先生やら博士と呼ばれる立場の承太郎は、ふたりきりの時には相変わらずの言葉遣いで、答え方はさらに相変わらずの一刀両断だった。
 花京院が、元々形の良い眉を、丸く上に上げる。呆れた、と言うよりは、まさしく呆然と言う類いの表情だ。承太郎がそれを眺めてちょっと目を細めて、またコーヒーを音をさせずにすすった。
 「考えて悩んで、おれかてめーのどっちかが女にでもなれるなら悩む甲斐もあるが、考えるだけ無駄なことは考えても無駄だ。おれたちが生きてる間に、男同士が、てめーの言う世間並みに普通になるとは思えねえが、別に今のままで不都合もねえ。何が問題だ。」
 承太郎らしい回答に、そして終わりには花京院が問い詰められる側になる。あーあーと、花京院は内心ため息をこぼした。瞳を動かして承太郎から視線を外し、片側だけ頬杖をつく。それから、承太郎に見えるように、はっきりとため息をついた。
 「まあ、君らしいな。現状不都合は確かにないが、これから先は、しつこくご結婚は?お子さんは?って言われることになるぞ。」
 花京院よりはSPWに直接関わりの薄い承太郎のことを慮りながら、花京院がちくりと釘を刺す。
 「特に君は、家柄に血筋に外見に、何もかも申し分ないわけだし。僕はまあ、SPWではスタンド使いって知られてるから、みんなそれが理由だろうって勝手に思ってくれてるらしいが。」
 「おれの中身はどうした。」
 申し分のなさに、花京院が性格を含めなかったのを鋭く聞き咎めて、承太郎がちょっと声を鋭くする。
 「あーはいはい、君は中身も素晴らしいよ。何しろ世界を救ったヒーローだしな。ヒーローに、コーヒーなんか淹れさせて悪かったよ。」
 そういう言い方はないだろうと、承太郎が眉を寄せた。
 外出の予定など一切立てず、ゲームに夢中の花京院の週末、やっとひと休みする気になった花京院が、それまで傍らにいることすらころっと忘れ切っていたような承太郎に、甘えた声で、君の淹れたコーヒーが飲みたいなあと、そう言ったのだ。さすがに、学生の頃のように、ゲームの画面の前に仁王立ちになって、おれに構えと言うような分かりやすい素振りはやめたものの、承太郎だって無視されればいい気分のわけはなく、むっつりと、けれど内心はいそいそとコーヒーを淹れにキッチンへ立ったのだ。
 花京院のためなら、1日中コーヒーを淹れ続けるのもやぶさかではない承太郎だったし、夕食を外で済ませて来ても、食後のコーヒーだと承太郎の淹れるコーヒーを欠かさない花京院だったから、これは完全に馴れ合いの、険悪を装ったやり取りなのだけれど、ゲームが思うように進んでいないのかどうか、花京院の声音には、普段よりもちょっと暗い響きがあった。
 「おれのコーヒーが不味いなら飲まなくて結構だ。」
 「誰もそんなこと言ってない。」
 反駁してから、自棄になったように、花京院が音を立ててコーヒーを飲む。
 「君が淹れる以外のコーヒーこそ、美味くなくて飲めない。君のせいだぞ承太郎。」
 声音は変わらないのに、これは本音だと分かるのは、やはり一緒にいる時間の長さのせいか。表情には出さず、承太郎は内心だけで苦笑をこぼした。
 これも花京院が、承太郎の見せない表情を読み取ってか、ふっと声の響きを和らげて言う。
 「・・・君が女性だったら、案外料理上手のいい奥さんになったかもな。何しろホリィさんの娘だ。」
 「案外てめーのことを尻に敷きまくって、結婚したのを後悔する羽目になったかもしれねえぜ。」
 「そんなことあるもんか! あのホリィさんの娘ならきっと──」
 花京院の目が、熱っぽくきらきら光る。一体どこからこんな話になったんだと、承太郎は5分前の自分たちの会話を遡って、確かに花京院が言う通り、自分は花京院か自分のどちらかが女だったらとは、一度も考えたことがないことを、もう一度考えた。
 女だったら、きっと多少の中身の変更もあったに違いない。それでも、花京院や承太郎と言う、人間の根本がそれほど違ったとは思えず、花京院が女だろうと承太郎が女だろうと、自分たちは同じように恋に落ちたに違いないと、承太郎はちょっと感慨深く考えた。
 「大体君は、ホリィさんを何だと思って──」
 花京院がまだひとり、話を続けている。真剣に聞かないと、後で痛い目に遭うと分かっていながら、話の内容は聞き流して承太郎が見ているのは、花京院の珍しくよく動く唇だ。
 ホリィの話になると終わりのない花京院をそろそろ黙らせるために、コーヒーのお代わりでも言い出してみようかと、ちらりと考えた後で、承太郎はまったく別のことを口にした。
 「花京院。」
 「何だ承太郎。」
 話の腰を折られて、花京院の声が尖る。その尖った語尾に、無理矢理嘴でも突っ込むように、承太郎はひどく穏やかな声で、静かに言った。
 「──好きだぜ。」
 冗談としか聞こえないタイミングは百も承知だった。けれど、花京院には本気だときちんと伝わる自信があって、承太郎は紛らわしいことは一切言わず、それきり口をつぐんだ。
 思った通り花京院が一瞬で言葉を失い、真っ赤になって、それから、
 「何言ってるんだ、僕の方が好きに決まってるだろう!」
と、予想外の反論が返って来る。承太郎は椅子からずり落ちそうになりながら、必死でマグを落とさないように両手で支え、それからまた再開した花京院の、承太郎を納得させようと言う論調が延々と続く。
 なぜ自分たちは、こんなことを言い争っているのだろうと思いながら、こんなことを、飽きもせずに続けている自分たちの平和さに、承太郎はこっそり感謝していた。

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