期間限定花京院誕生日祭り


(19)

 最初の1年はあっと言う間だった。
 荷造り──主には、調査に必要そうな本や資料が大半だった──をしながら、花京院の母親に連絡をし、急に研究の予定が変わったので日本から離れることを手早く伝え、よけいなことは一言も言わずに、ただもう家庭教師はできないとだけ言った。
 彼女は、よく注意していなければ気づかない一瞬にも満たない沈黙の後で、いつもとまったく声の調子を変えずに、そうですか、長い間ほんとうにありがとうございました、お世話になりましたと、受話器の向こうで、極めて日本人らしく腰を折って頭を下げている光景がありありと目の前に浮かぶ。
 すぐにここを離れるので、こちらも礼の挨拶に行けなくて申し訳ないと、彼女につられたように頭を軽く下げて、
 「息子が、ほんとうにお世話になりました。」
 彼女が重ねて言うのに、承太郎はわずかの間、返す言葉を思いつけなかった。
 受験が無事に終わることを祈っていること、こちらも楽しかったということ、それだけを言葉短かに感情を込めずに伝え、それが花京院の側と関わった最後だった。
 必要な荷物をまずはアメリカの祖父宅へ送り、このマンションの部屋は、どうせ他の誰かが使う予定はないと言うから、祖父の日本在住の会社員がたまには風を通しに来てくれるという約束を取りつけて、ほんとうに大事なものだけを実家に移し、他はほとんど置きっ放しにすることにした。
 これでしばらく無人になるとはあまり思えない部屋から出る時に、それでも承太郎は一度だけ中を振り返って、しばらくの間、居間や寝室に続く辺りをじっと眺めた。
 そこに坐っていた花京院や、腰軽く動いて、キッチンで承太郎の周りをうろちょろしていた花京院や、部屋の隅にうずくまるように本を読みふけっていた花京院や、実際よりきっとも、自分の記憶の中のそれは幼い姿をしていて、記憶を確かにするためにもう一度最後に会えばよかったと思う自分を笑って、承太郎は部屋を後にした。
 祖父宅では、しばらく会っていなかったイタリア出身の祖母に歓待され、なぜか持って来てしまった古いエレキギターを見て、承太郎のミュージシャンである父親を、大事なひとり娘をさらった敵と認識している祖父はしばらく不機嫌になったけれど、自分もどこからかハーモニカや傷だらけのウクレレを引っ張り出して来て、暇な時には承太郎に何か弾けと言うようになった。
 調査チームと合流する日がきちんと決まるまで、承太郎は祖父宅で居候として、祖母が不憫がるほどひっそりと過ごし、持って来た荷物はほとんど解かず、与えられた部屋に大きな体──祖父そっくりの──を押し込めて、滅多と出歩くこともしなかった。
 調査に必要なはずもないギターを、祖父宅へ置いて行くか持って行くか、最後まで迷って、迷った自分を心の中で笑って、承太郎が振り切るように本と資料だけをまとめて祖父宅を出たのは、ひと月余りも経った、もうそろそろ秋の声が聞こえるようになろうとしていた頃だった。
 調査チームのメンバーが全員集められ、綿密に打ち合わせをして、陸にいる間はみな畑違いを気にせずに言葉を交わしていたけれど、海に出て自分の役割に没頭するようになると、考古学チームと海洋学チームは、ごく自然にあまり口を利かなくなる。
 合同とは言え、調査の目的がそれぞれ違い、海から引き上げた何かの破片や残骸らしきものを一緒に眺めても、まったく別のものを求めているから、意見の交換もない。
 地元で雇ったプロのダイバーたちが、カメラやその他の機材と一緒に海に潜る。彼らが沈んだ後の水紋が静かに消えた後でカメラ越しに現れる、青というにはあまりに凄まじい濃さの蒼の中にちらちらと浮かぶ小さな浮遊物は、まるで風のない日に降る粉雪のように見えて、そんなものを見ている場合ではないと言うのに、承太郎はいつもその光景に目を奪われる。
 雪など降らない場所だったから、そろそろ冬だと言うのに秋の気配すらないそこで、承太郎は日本の冬を思い出していた。
 自分のチームでも、承太郎はあまり無駄口を叩かず、会社で言うなら自分の上司に当たることになる教授と、1日の始まりと終わりに、調査の進行状況や研究の内容の詳細をすり合わせるくらいで、後はほとんど、海を眺めて過ごしていた。
 海の底から引き上げたあれこれについた微生物、それをつつく魚たち、その魚たちを狙う、もう少し大きな海の生きものたち、海中での生死の連鎖はわかりやすく、海の暗闇にまぎれて何も見えないくせに、生命体としての輪郭はくっきりと鮮やかだ。
 船が出せるかと危ぶまれるほど荒れた海の表面からは想像もできないほど海の中は静かで穏やかで、あるいは逆に、波ひとつない、紙1枚に化けたかと思うほど海が凪いだ日は、海の底が存外騒がしい。
 それを眺めて過ごして、人間がひどくちっぽけに思えれば思えるほど、そのちっぽけな人間が肩をぶつけ合いながら暮らす日本という国で、さらにちっぽけな集団に属して戦々恐々としている暮らし振りを、承太郎は滑稽だとは思わなくなった。
 あれもただ、その日その日を必死に生き延びる海の魚たちと同じだ。
 どこにいても感じる居心地の悪さ──人並み外れて背が高いこと、混血であること、際立ったと皆が言う容姿──は、日本では一際強くなる。あそこで感じる息苦しさの理由を、承太郎は自分では理解しているけれど、それを誰かに説明しようと思ったことはない。時間の無駄だと思ったし、それは結局、自分があそこから逃げ出した言い訳にしかならないからだ。
 日本から出ても、居心地の悪さは、ややましになったというだけで、完全に承太郎の中から消え去らない。
 国籍も肌の色も、それなりにばらばらな人間たちの集まるこの中にいてさえ、承太郎は自分が場違いであると思う気持ちを捨て去ることができない。
 海はただひたすらに広く、形も大きさも性質も組成も、違いを厭わずに何もかもを受け入れてくれる。海の生きものたちは、体毛のないつるりとした体で、不思議な視界でこちらを見つめて来る。差異など些細なことだと、あるいはそれを感じることすらなく、海に向かえば、承太郎はいつもただ呼吸をしているだけの存在でいられた。
 やはり日本を離れてよかったと、自分に言い聞かせるように思う。海により近く、そうやって在ることのできる自分だと思ってから、そうして心が、また花京院へ向かってゆく。
 年が明ければいよいよ目前の高校受験のことではなく、花京院が、今きっとひとりきりでいるだろうことに、承太郎は心を痛める。
 思慮深い両親を持っても、あの年頃に必要なのは友人だ。気兼ねなく自分の意思を表現できる相手だ。
 自分がその相手だったのだと、自惚れかもしれないと思いながら、それほど見当違いだとも承太郎は思わない。
 花京院なら、何もかもうまくやるだろう。それでも、それを見守るためにそばにいない自分のことを、承太郎は少し恥じていた。
 承太郎は、日本──だけではなく──にいて、自分が遠巻きにされる理由を知っている。けれど、花京院にはそれらしいはっきりとした理由は見当たらず、それでも、あの鋭すぎるほどの聡明さが、周囲には不気味なものとして映るだろうことに疑問の余地はない。あの聡明さも含めて、だからこそ際立つ年相応の無邪気さを見せる花京院を、承太郎はほんとうに実の──持つことのできなかった──弟のように思っていたのだ。
 そう気づいたのは、ここへ来てからだ。
 久しぶりに、日本語を使わない、あるいはそもそも言葉をまったく使わないコミュニケーションに慣れてしまうと、今度は母国語が恋しくなる。承太郎の使う言葉を、そのまま真っ直ぐ受け取ってくれた花京院のことが、すでに懐かしかった。
 どうせ日本から姿を消すなら、例の、花京院の顔に痣を残すほどひどく殴ったという教師のところに、少し気の早いお礼参りと洒落込んでも良かったかもしれない。
 冗談めかしてそう思ってから、また海と空の境目の、不思議な色に交じり合う青に目を凝らす。
 最初のクリスマスは、祖父であるジョセフのところへも戻らず、クリスマスを祝う習慣のない他のメンバーと、そのまま海のそばで普段通りに過ごした。
 春と夏に、交代で2週間程度の休みなら取っても構わないと通達があったけれど、承太郎はどの機会もすべて辞退して、ジョセフと日本のホリィに、元気だと知らせる短い手紙だけをそれぞれ送った。
 冬の終わりに、ホリィから、ジョセフ経由で花京院の受験合格を知らせるメッセージが届いたけれど、承太郎はそれに返信はしなかった。
 そうやってまた1年が過ぎ、やっと2度目のクリスマスはジョセフのところへ戻って祖母を喜ばせた後で、調査がすっかり完了し、ひとまず日本へ戻ることになったのは、クリスマスをもう1度やり過ごしてさらに次のクリスマスが目前に迫った、冬の初めの頃だった。


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