雰囲気的な10の御題/"哀"@loca

10) 例えばそんな結末I


 とてもいい天気だった。
 まるで、吉良という、街の上空にぶ厚く垂れ込めていた灰色の雲が、すべて吹き払われたのかと思うような、透き通った青い空が、その明るさの中に真っ白い雲を浮かべて、どこまでも続くそのまぶしい空は、きっとどこかで海と繋がるのだろう。
 ジョセフと承太郎の荷物は、もうとっくにSPWの船に運び込まれ、今は出発の準備が整うのを待っている。
 ジョセフの荷作りを手伝い、今は静と名付けられた赤ん坊の荷物も、花京院がほとんどひとりでまとめた。
 小さな、ハンカチほどの大きさの服を、一枚一枚丁寧にたたんで、時間の掛かる旅の間にどこかへまぎれて失くしたりしないように、静のお気に入りのおもちゃは、すぐにわかるところに全部まとめて、ジョセフの荷物と一緒にしておいた。
 SPWの人間も同行する---主には、ジョセフのためだ---のだし、承太郎もいるから、あまり心配する必要はないけれど、数時間以上静と離れたことのない花京院は、ジョセフひとりで、初めての長旅でひどくぐずるかもしれない静をあやせるだろうかと、それを気にしてばかりいる。
 「心配ねえ。」
 甲板からこちらを見下ろしているジョセフの腕の中にいる静を見上げて、承太郎が言った。
 花京院がジョセフとこの街へやって来た、あの同じ船だ。今日この船に乗り込むのは、ジョセフと承太郎、そして静だ。
 「ジョースターの家でもう、腕のいいベビーシッターが待ってるそうだ。もっとも、てめーほどうまくあの子をあやせるかどうかは知らんが。」
 「そのベビーシッターが、女性ならいいな。」
 「ジョースターの家ならおばあちゃんもいる。心配するな。もっとも、またじじいの隠し子じゃねえかって、電話でえらい剣幕だったらしいがな。」
 「・・・また大変じゃないか。」
 「・・・言うな。」
 いっそう心配そうな顔つきになる花京院に、承太郎が肩をすくめて見せる。
 「養子の手続きがきちんと始まるまでは、おれもしばらくじじいのところにいる。夫婦喧嘩の仲裁役だ。心配なら、そっちに連絡を寄こせ。」
 そうするよと、花京院がうなずいた。
 承太郎とまた数秒黙って見つめ合った後で、見つめ合いすぎていると思ってでもいるかのように、するりと視線を下にずらしてから、船の方を見上げる。その先に静とジョセフを据えて、花京院はうっすらと微笑んだ。
 目元にだけ淋しさを浮かべて、微笑に端の上がった唇が、ゆっくりと動き始める。
 「もう、夜中に何かあって起こされることはないし、泣かれて透明にされることを心配しなくてもいい、ミルクを、制服に吐き戻されることもない。」
 花京院の視線が承太郎に戻り、視線を外すのは、今度は承太郎の番だった。
 「・・・良かったじゃねえか。」
 両手はコートのポケットの中だ。珍しく、爪先をうろうろと動かすという仕草をして、承太郎は、硬いコンクリートの足元を見下ろしている。
 花京院が、大きく息を吸った気配があった。上目遣いに、そちらを見た。
 「・・・淋しくて、仕方がない。」
 微笑みはそのままだったけれど、声音が、正確に花京院の胸の内を語っていて、承太郎は思わず、花京院のその微笑を写したように、何と言っていいかわからないという意味の苦笑をこぼす。
 花京院が、また船を見上げた。
 腕の長さよりは近く、けれど今ここで抱き合うわけには行かなかったし、よくある恋人同士の別れの様子を、ふたりでやり合うわけには行かなかった。
 風のない日、承太郎のコートの裾も、花京院の制服の裾も、そよとも動かず、それでも、承太郎には馴染み深い潮の匂いだったし、花京院には、嗅ぎ慣れた承太郎の肌に、染みついてしまっている匂いのひとつだった。
 しばらくの間、互いの足元を見下ろしていた後で、承太郎がちょっと肩をゆすって、花京院に横顔を見せたまま、ぼそりと言う。
 「・・・おれに会えねえのは、淋しくねえのか。」
 握りしめれば、拳が震えてしまいそうだったから、花京院はその手を制服の高い襟に添わせて、意味もなく中に指先を差し込んで、きちんと掛けられているホックに触れる。
 それを人前で外すことは滅多となかったし、外した姿を知っているのも、承太郎以外にはほとんどいないのだということを、改めて考えて、花京院は無理に笑顔を作った。
 「・・・わざわざ、言う必要なんか、ないじゃないか承太郎。」
 花京院の言う通りだ。夕べ、飽きるほど---飽きるはずはないし、言葉でというわけでもなかったけれど---、それを伝え合ったばかりだ。明け方まで、互いを離しはしなかったし、触れていない時など、一瞬もなかった。ろくに寝ていないというのに、ふたりとも、できることならもう1日、ふたりきりで同じように過ごせたらと思っていた。それが無理だとわかっているから、そう願わずにはいられなかった。
 承太郎の腕の中で、花京院が、一度だけ泣いた。涙だけが流れる、あまり覚えのない泣き方だった。悲しいからなのか、それとも、何かもっと別の理由があるのかと、繋がった躯を思わず見下ろして、闇の中でもはっきりとわかるほど、花京院は全身を真っ赤に染めていて、腹の傷跡だけが白く浮き上がっていたから、承太郎は吸い寄せられるように、そこに唇を落とした。
 薄い、今にも破れそうな、ちぎれてしまったことのある皮膚は、歯を立てるには痛々しすぎて、だから、肋骨の数がきちんと揃った辺りへ顔をずらして、そこへ跡を残した。腕を上げて、体をねじらなければ見えないだろうその辺りに、じきに消えてしまうのだとわかってはいても、自分の跡を残さずにはいられなかった。
 今度会えるのはいつだろうかと、承太郎は思った。会うというのが、もう文字通りの意味ではなくなってしまっている自分たちのことを、承太郎はちょっとおかしく感じて、知らずに小さく笑っている。
 承太郎につられたように笑って、花京院がやっとまた承太郎を見た。
 「編入試験は、うまく行ったそうだな。」
 ああ、とうなずいてから、
 「戸籍と前の学校の成績表を、SPWがどう偽造したのかは僕に訊かないでくれ。」
 冗談めかして言って、ようやく沈んでいた気分が元に戻りかけ、視線が、ゆっくりと、静かに合わさる。
 「心配ねえ。てめーは勉強だけしてろ。」
 「心配しなくていい承太郎、夏休みはずっと補習だ。」
 この夏の終わりに、やっと17になる花京院が、高校生らしい表情でやり返して、来年の2月にいよいよ30になる承太郎は、その年頃には似合わないはにかみを口元に浮かべて、それでも、両手のやりどころに困っているのは一緒だ。
 抱き合って互いに触れていなければ、今では持て余すしかない両腕だった。
 こんな時に、一体何を言うべきなのかわからず、今さら言い忘れていることがあるとも思えず、黙りがちになったふたりの頭上で、ジョセフの声がした。
 「承太郎、そろそろ準備が終わるそうじゃ。」
 淋しそうでもなく、うれしそうでもなく、ただ事実を伝えているだけというジョセフの声に、思わず顔を上げて、花京院は、ジョセフと静に向かって、ゆっくりと手を振った。
 おう、と承太郎が短く答え、片足だけを半歩分後ろに引いて、もう船に乗り込むというポーズを示しながら、体の向きを変えることはまだしない。
 花京院は、それを見ない振りをするために、承太郎に横顔を見せて、ジョセフと静をずっと見上げている。
 今度こそ、船に乗り込むために、承太郎は後ろに下がりながら、花京院に言った。
 「今度は、ふたりでどこかに行くか。」
 「どこに?」
 船に向かって振る手は止めずに、花京院が怪訝そうな顔を承太郎に向ける。
 「てめーとふたりなら、どこでもいい。イタリアはどうだ。」
 何の脈絡もなく飛び出した行き先に、花京院ははっきりと片方の眉の端を上げ、振っていた腕の動きも止めた。
 「どうしてイタリアなんだ、突然。」
 花京院から4歩離れて、そこでくるりと肩を回す途中で、
 「てめーの食ってたチェリータルトが、やけにうまそうだったからな。」
 承太郎の笑顔に、17歳の承太郎の横顔が重なる。それに視線を奪われている間に、承太郎は、もう完全に船の方へ体の向きを変えていた。
 「またな。」
 「ああ、気をつけて。」
 これは別れなのではなくて、始まりなのだ。肩を並べて歩き出すために、その前に、もう一度足場を固めるために、別々の道へ進む。その道は、この先で、必ずどこかでまた出会っている。だから、大袈裟な別れの言葉など必要なはずもなく、また明日会えるのだからとでも言うように、そんなふうに、ふたりは今は別れてゆく。
 会えるのは明日ではなかったけれど、そう遠い未来でもないと、ふたりは知っていたから、承太郎は船に乗り込む間、花京院を振り返りはしなかったし、それを見つめて、花京院も、それ以上承太郎に言葉を掛けることもしなかった。


 「心配か? 承太郎・・・。」
 甲板から、街の方向を見ている承太郎に、ジョセフが後ろから声を掛ける。
 何が、ということは言わなかったのに、わざわざ言わなかったということを悟っているのか、ジョセフを無表情に振り返って、承太郎が短く答える。
 「・・・ああ、少しな・・・。」
 決して頻繁に行き来し合うということもなければ、他人にわかりやすく愛情を示し合うという祖父と孫ではないふたりだったけれど、長い戦友として、言葉を尽くす必要もなく、互いを理解し合っているふたりだったから、承太郎はジョセフの言ったことを、言葉足らずだと聞き返すことはしなかったし、ジョセフは、承太郎にそれ以上説明しようともしなかった。
 他にまだ、吉良のようなスタンド使いがいるかもしれないのに、この街を去ってもいいのかと、そう訊いたつもりなのは、けれど半分だけだ。
 花京院を、この街にひとり残してゆくのが不安だろうと、そう訊いたのが残りの半分だ。
 承太郎は、スタンド使いとして、この街の行く末を心配し、空条承太郎として、この街に残る花京院を心配している、ジョセフには、それが手に取るように分かる。
 承太郎も花京院も、ふたりとも、昔から胸の内をわざわざ人に語るということをしたことなかった。ふたりきりの時には、それでも、それぞれに思うことを言葉で伝え合うこともあったのだろうかと思うけれど、あまりに障害の多すぎるふたりの、何もかもがもどかしいという事実は変わらず、だからと言って口出しできる何もなく、黙って見守っていただけのジョセフだった。
 これからも、それが変わることはないだろう。
 先があまり長いとも思えない自分の人生が終わる前に、ふたりがどうなるのか、それだけは見届けたいと思いながら、腕の中の静を見下ろした。
 花京院が名付けた、ジョセフにはよく意味のわからないその名前は、ただの偶然だろうけれど、妻であるスージーQの名前と、音の響きがよく似ていて、花京院の説明によれば、とても女らしい名前だというその由来を、いずれ大きくなるこの子に、うまく説明できるだろうかと、ジョセフの今の不安はそれだ。
 じきに歩き出し、言葉をしゃべり出すだろうこの子は、ジョースターの子として育てられ、自分が日本人だということなど、すぐに忘れてしまうだろう。
 花京院という少年が、短い間だったとはいえ、どれほど大事に自分を育ててくれたのかと、子守唄の代わりに語ってやればいい。何よりも、ジョセフ自身が忘れないために、花京院のことを、いつも考えていられるように、この子の名前を呼んで、そうして、承太郎にも伝えてやればいい。この子の成長が、すぐに花京院に結びつくように、花京院の名をじかには出さずに、花京院のことをいつでも語り合えるように、そうしたいのは、承太郎だけではない、ジョセフも同じだ。
 ジョースターの血筋に、これほど深く関わることになった花京院という少年のことを、承太郎が口にはしたがらないだろうその分を、自分が語り継げばいいのだと、ジョセフはそう思った。
 そうして、この街にとどまる間に、自分の息子である仗助も、花京院のことを知るだろう。もっと深く、知ることになるだろう。
 ジョセフを救い、承太郎を救い、そうして一度死んで、生き返った後には、この街を、ジョセフと承太郎と、仗助を通して深く関わることになったこの街を、また身を挺して救った花京院のことを、仗助は、ジョースターの血を引く人間として、これからもっとよく知ることになるだろう。
 静の柔らかな頬に優しく唇を押し当てて、当たるひげをくすぐったがって身をよじるのに、ジョセフは穏やかな笑みを送り、義手の硬さを気にしながら、静を抱きしめた。
 やっと、承太郎の隣りに肩を揃え、同じ方向を見ながら、思ったことをほとんど口にはしない承太郎に、今だけはならって、
 「この町は、もう心配ないよ。」
 言いたいことは伝わるはずだと、それだけ付け加えた。
 「おい! じじいッ! 聞こえねーのかよじじいーッ!」
 背後から大声で怒鳴る声がする。いつ来たのか、仗助が、船を見上げて手を振っている。
 ジョセフは、それに振り返りながら、承太郎に静を差し出した。
 「どれ・・・今一度、我が誇り高き息子に、別れを言おうかのう!」
 甲板に顔を出したジョセフと承太郎に、仗助がもう一度手を振った。
 仗助の出現に、ずっと船尾の方からふたりの方を見上げていた花京院が、ゆっくりとこちらに近づいてくる。承太郎は、片手で静---承太郎の腕にも、もうぐずったりはしない---を抱いて、仗助に近づく花京院を見つめていた。
 「おい、じじいッ! さっき渡したおれのお袋の写真よォーッ、ちゃんと持ったァーッ?」
 別れの淋しさなど、微塵も感じさせないいつもの調子で、仗助がジョセフにまた怒鳴る。
 ジョセフは、仗助によく見えるように、胸の辺りをぽんぽんと大きな仕草で叩いて、
 「ああ、おまえの言うとおり、ちゃんと財布に入れたよーッ。おまえの母さんには会わずに行くが・・・幸せを祈っておるよーッ。」
 それならよし、とでも言いたげに、仗助が一度深くうなずいて、そうして、少しばかり危険な笑みを浮かべる。何かを企んでいる笑みだ。その仗助の手に、細長い、写真の切れ端のように見える何かがあった。


 こんな場にふさわしいとも思われないのに、突然クレイジー・ダイヤモンドが姿を現して、何か仗助の手の中にあった白いものを叩いたと思った瞬間、船の上のジョセフの懐ろから財布が飛び出して、花京院の目の前を横切って、仗助の手の中に落ちて行った。
 自分の隣りにやって来た花京院を見て、仗助がいたずらっぽく笑う。それにうっかりつられて笑った花京院に、さらにおかしそうに肩をすくめてから、仗助はまた船の方を見上げた。
 ジョセフの財布を、両手にしっかりと受け止めたのを見せながら、
 「もらっとくぜーッ、父親ならよォー、息子にお小遣いくれてくもんよねェーッ! それにお袋の写真家に持って帰ったら、またバアちゃんともめちゃうぜー。」
 ジョセフのハーミットパープルなら、まだ仗助の手から財布を奪い返すこともできただろう。けれど、もう船は動き出していた。岸から離れ始め、もう追いつこうとするなら、海に飛び込んで泳がなければならないくらいに、船は港を出て行き始めていた。
 「元気でなあーッ!」
 元気よく、機嫌よく叫ぶ仗助に、このガキ、と思わずジョセフが、心底悔しそうにつぶやいたらしいのが、口の形に見えて、けれど仗助はしてやったりという表情でジョセフを見送り、花京院は、別れの淋しさなど、仗助のいつもの茶目っ気ですべて吹き飛び、それに感謝しながら、船に向かって大きく手を振り続けた。
 甲板の人影が、どこを向いているのか見えなくなるまで、ふたりは港で肩を並べ、船を見送っていた。
 「行きますか。」
 まだいたずらっぽい笑みは消さないまま、仗助が学生カバンを持ち直しながら、隣りの花京院に言う。
 ああ、と小さく言って、先に体を回す仗助に少し遅れて、花京院も船に背を向けた。
 「花京院さん、クラス、2年の何組になるんスか。」
 「さあ、補習を受けて、その成績次第だって言われたよ。」
 「なんだ、二学期になるまでわかんねェんスかー。」
 仗助が、とても残念そうに言うのが不思議で、花京院はちょっと首をかしげる。
 見上げる角度が少し変わっていることに気づき、ここ1、2ヶ月で、仗助はまた背が伸びただろうかと思う。仗助も、高校を卒業する頃には、承太郎と同じくらいの身長になるのだろうか。承太郎はひとつ上だったけれど、仗助はひとつ下だ。自分の身長も、少しは伸びるだろうかと、花京院は思わず少し胸を張る。
 足を引きずるように歩く仗助に歩調を合わせて、花京院はどうしてかと訊くための笑顔を浮かべた。
 「・・・億泰のヤツが、なんか2年生に、気になる子がいるっつってんスよー。あいつ、今年こそぜってェ彼女つくるってすっげェ燃えてて。」
 風を切って歩きながら、まだ体にまといつく潮の匂いを、花京院はこっそりと胸に深く吸い込む。承太郎の、あのコロンの香りはない。けれど、承太郎の使いかけのボトルは、きっちりとキャップを閉めて、自分の部屋のバスルームに置いてある。次に会う時まで、肌に染みついた承太郎の匂いが薄れてしまわないように、わざわざ置いて行かせたものだ。気が向いたら、似合わないのは承知で、使ってみようかと思っている。
 「そんで、億泰、今裕也のヤローとマゴに一緒にいるんスけど、花京院さんも一緒に行きませんか。康一もいるかもしんないスよ。」
 「噴上裕也と? 珍しい組み合わせだな。」
 「なんか、彼女の作り方をじきじきに伝授してもらうとかって、億泰のヤロー、今度は本気っスよ。」
 花京院は、真剣にガールフレンドの作り方を、額を寄せ合って語り合っている億泰と噴上を想像して、声を立てて笑った。
 康一はきっと、早く仗助---と花京院---が来て、大声で恥ずかしいことを話し合っているふたりを止めてくれないかと、じりじり待っていることだろう。
 車の通る辺りまで出たところで、花京院は、海の方を振り返った。
 立ち並ぶ倉庫に切り取られた海に、船らしい黒い小さな影が見える。もう承太郎は見えない。ハイエロファントグリーンを飛ばすことは可能だろう。そうしたい自分を、花京院は止めた。
 また会える。すぐにではない。けれど、また会える。
 船に向かって浮かべた微笑みを、そのまま仗助に向けて、花京院は、この週末に、岸部露伴の家へ招ばれていることを思い出していた。エゴン・シーレの画集を見せてくれるという。もちろんその代わりに、花京院が描いた絵を見せることになるのだろう。露伴に、写生によさそうな景色のあるところを訊いたら、教えてくれるだろうか。
 カフェ・ドゥ・マゴで、億泰の、ガールフレンド獲得作戦会議が終わったら、仗助はトニオのトラサルディーに付き合ってくれるだろうか。トニオのあのチェリータルトは、今日はあるだろうか。
 目の前に広がり始める街並みを見つめて、花京院は、頬に当たるさわやかな風に向かって、微笑みに目を細めた。


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