雰囲気的な10の御題/"哀"@loca

5) 深すぎる想いB


 学校のこと家族のこと、マンガの話女の子の話、残りは承太郎を讃える話題に移って、散々しゃべり散らかした後で、億泰が晴れ晴れとした顔で、
 「オレ、オヤジのメシの支度あるからよォー、もう帰るわー。」
 薄い学生かばんを脇に挟んで、騒がしく立ち上がった。
 「あ、ボクも行くよ、億泰くん。今日は宿題たくさん出たんだ。」
 「テメーら帰んのかよ、じゃあ明日なー。」
 仗助が、軽く腕だけ上げて、先に帰るふたりに声を掛ける。
 「花京院さん、じゃあまた。承太郎さんによろしく。」
 「今度またスタンド見せて下さいよォー、あん時承太郎さんもビビってたやつッ!」
 最後まで能天気な億泰の袖を引っ張るようにして、康一が頭を下げながら去ってゆく。
 またと、ふたりに向かって、花京院と仗助は揃って手を振って見送った後で、何となく顔を見合わせて、笑い合った。
 「君ら、仲が良いんだな。」
 「仲いいっつーか、たまたま一緒にツルんでるっつーか。」
 「みんな同じクラスなのかい。」
 「オレらみんな、クラスはばらばらっスよ。でもオレと億泰のクラスが隣り同士で、億泰のクラスに由花子がいて、この女が康一にゾッコンでー。」
 「ゆかこ?」
 「そいつもスタンド使いッスよ。すんげえヤバい髪の毛のスタンド使う女でー。」
 承太郎が作っていたリストの名前を思い出して、そう言えば女性の名前があったことを思い出す。名前よりも何よりも、スタンド能力で人を覚えてしまうくせをつけると、本人の名前があやふやになる。花京院がちょっと目を細めたのを見て、仗助が説明を付け加えた。
 「・・・ああ、彼女も高校生だったのか。」
 「けっこうカワイイんスけどね、康一に惚れて、拉致監禁やって、大騒ぎになったことがあって、オレと億泰で必死こいて探したんスよ。」
 「拉致監禁って、ずいぶん情熱的だなあ・・・。」
 花京院が、言葉に困って、あごを引き気味にひとまずそう言うと、仗助がもうとっくにグラスは空になっているのに、まだストローは口にくわえたまま、それをがちがち噛みながら、興奮気味に声を高くする。
 「あーれーはー情熱的なんてもんじゃなくて、ただのプッツンっスよ。でも由花子から逃げようとしたおかげで、康一のエコーズも成長したし、悪いことばっかじゃなかったっスけどね。」
 唇をとがらせて、その時のことを思い出している表情で、仗助が言った。
 「何だか、ずいぶん楽しそうだな。」
 「楽しいっちゃ楽しいっスけど、億泰とバカばっか一緒にやって、康一、あれで案外頼りになるヤツなんで、困ったことがあるとオレらみんなで力合わせて承太郎さん助けようぜって!」
 力強くうなずいて見せる仗助は、やはりジョースターの血なのか、そこに承太郎と、エジプトへ一緒に行った時のジョセフを重ねて、花京院は思わず微笑む。
 仗助は、承太郎に確かに似ている。けれど、仗助の中に、あの17の承太郎を見つけることはできなくて、花京院は、そんなことをしている自分を自嘲した。
 「花京院さん、さっきの、エジプト行った話なんスけど・・・。」
 ちょっと声を低めて、似合わない仕草で肩をすくめて、仗助がすくい上げるように花京院を見る。
 「うん?」
 体つきに似合わない、急に子どもっぽくなった仗助に、花京院は声をやわらげて、ちょっと首を傾げて見せた。
 「オレのあの・・・なんつーか・・・その・・・じじいも一緒に行ったんスよね。」
 「そうだよ、ジョースターさんは、僕らみんなのリーダーみたいなものだったからね。」
 「・・・信じらんねえ。」
 ふてくされたように、そこだけには特にジョースターの血が濃いように見える、ふっくらとした色の濃い唇を、仗助がことさら突き出して、ちょっとあごをしゃくるようにする。仗助の子どもっぽさを微笑ましく思いながら、花京院はただうっすらと笑った。
 「いきなり現われて父親って言われても困るじゃないスかー。おまけにあんなじじいで、承太郎さんは、オレの父親なんだから、オレが自分で何とかしろって言うけど、何とかしろって言われても、たまに会って一緒にメシ食うくらいしか思いつかないし。」
 とがらせた唇のまま、仗助が早口に一気に言う。花京院は、その勢いに少し驚いて、まったく屈託もなさそうに見える仗助でも、こんなことにはちゃんと悩むのかと、一生懸命仗助のことを気に掛けているジョセフのことを思って、花京院はふたりのことを、少しうらやましいと思った。
 「親子が一緒に暮らせればいちばんいいのかもしれないけど、一緒に暮らしてるから、仲のいい親子っていうわけでもない。ジョースターさんは、君のことをとても大事な息子だと思ってるよ。」
 仗助が、むっつりと黙り込んだ。もう、すっかり歯型でくたくたになったストローをいじる手を止めずに、言っていることはわかるが納得はできないと、そんな表情で、ちらりと横目に花京院を見る。花京院は、もっと年下の弟でも眺めるように、笑みを絶やさずに、仗助を見つめている。
 「ジョースターさんが、医者の言うことも聞かずにこの町に来たのは、君を守るためだ。承太郎も僕も、ジョースターさんのその気持ちを尊重している。エジプトへの旅は、とても危険だった。仲間のひとりでも欠けていたら、多分僕らは目的を果たせずに途中で全滅していただろう。ジョースターさんはその中で、いつだって明るく僕らを引っ張っていてくれた。今の僕があるのは、あの旅の仲間のおかげだ。だから僕は、ジョースターさんや承太郎や、そして君のためなら、何でもすると、そう心に誓ってる。」
 「・・・花京院さんに、そんなに言ってもらえるような大層なヤツなんスか、あのじじい。」
 噛みつくように言い返す仗助に、花京院は眉も動かさずに、テーブルの下で、静かに足を組み換えた。
 「いずれ君にもわかるよ、きっと。」
 花京院の、遠くを見つめるような目に、仗助がまた口をつぐむ。
 テーブルに頬杖をついて、数秒、花京院から目をそらして、また視線を返して来た時には、もうさっきまでの深刻さはすっかり消え去っていた。
 「エジプト行ったのって、すげえ大変だったんスか。」
 今度は無邪気な口調で、勢い込んで訊いてくる。仗助の気持ちの切り替えの速さに苦笑して、それに付き合ってやりながら、花京院は、あまり声を大きくしないために、仗助の方へ少し顔を近づけた。
 「ずっと敵に襲われ続けだったしね、気を抜ける時はなかったかな。ケガも多かったし、慣れない土地で、右往左往したこともあった。でも、楽しいこともたくさんあったよ。」
 目の前で両手を組み合わせて、その陰で笑う。花京院は、懐かしさに胸をいっぱいにしながら、ぽつりぽつりと、仗助に乞われるまま、あの旅のことを語った。
 飛行機内での襲撃、飛行機の墜落、海での戦い、海での漂流、なかなか正体をつかませなかった太陽のスタンドや、夢の中に引きずり込んで攻撃するスタンド、話しながら、けれど思い出すのは、承太郎のことばかりだった。そこだけは努めて避けて、水のスタンドに襲われて、危うく失明しかけた話へ進む。
 「まだ傷がうっすら残ってるだろう、ほら。」
 髪の生え際近くから、眉とまぶたを通り抜けて、頬骨の辺りまで真っ直ぐに下りる、わずかに白く盛り上がった線を、花京院は仗助に向かって指先に示した。
 額が触れるほど近くに顔を寄せて、仗助がその傷を眺める。
 不意に近づいた仗助の唇に、花京院は、承太郎の唇を思い出して、仗助には気づかれないようにひそかに肩を引いた。
 「・・・承太郎さんが、あんまり言うなって言ったんスけど・・・。」
 花京院の目の傷をまだ指差しながら、そう前置きして、仗助が言葉を続ける。
 「花京院さん、エジプトで大ケガして、長いこと病院にいたって・・・だから、あんまり騒いで面倒かけるなって・・・。」
 「承太郎が、そう言ったのかい。」
 花京院の様子をうかがいながら、仗助が小さくうなずいた。
 承太郎らしい気遣いだ。何もかもを打ち明けてしまうということはせずに、大事な部分だけを伝えて、その上でちゃんと釘を刺す。もちろん、仗助がきちんと聞き分けるだろうと、見極めての上のことだ。
 仗助だけではなく、億泰や康一の態度を見ても、彼らが承太郎にどれだけ敬意を払っていて、だからこそ、花京院に対しても、馴れ馴れしくはあっても、決して図々しく踏み込みすぎることはしないのだということがよくわかる。
 何はともあれ、承太郎が信頼を寄せているこの高校生たちに、花京院はますます暖かな気持ちを抱いた。
 にっこり笑って、大したことではないと見せてから、花京院は自分のみぞおちの辺りを撫でる。
 「まだ実は、完全に回復してるわけじゃないんだ。普通に過ごすのに不自由はないけど、スタンドをちゃんと使えるかどうか、まだわからない。無茶はするなって、医者に言われてるんだ。」
 「じゃあ襲われたらヤバいじゃないっスか!」
 慌てたように、仗助が、今にも誰かがどこからか襲ってくると言いたげに、椅子から腰を浮かせて辺りを見回す。
 仗助の制服の袖を引っ張って、花京院はきちんと坐るように促すと、人を黙らせる時に使う笑顔を引っ張り出した。
 「大丈夫だよ、いくら体は本調子じゃなくても、自分の身くらいは守れる。僕はそんなにやわじゃない。」
 常に控え目な態度の花京院が、その時だけは自信に満ちた口調でそう言ったのに、仗助は目を見開いて、力が抜けたように、すとんと椅子の中に体を戻した。呆けてしまった後で、けれどすぐに我に返り、
 「なら、いいっスけど。でも花京院さんッ!」
 ぐいっと顔を近づけて、仗助が怖い顔をした。
 「承太郎さんみたいに頼りにはならないかもしれないけど、オレらも仲間っスから! 花京院さん、何かあったら、オレらのことちゃんと頼って下さいよッ! オレらみんな、スタンド使いの仲間なんスからッ!」
 目を細めて、既視感のせいの軽いめまいに耐えようとする。花京院は、目の前の仗助が、間違いなくジョセフの息子だと、あの旅の途中で、ジョセフがいつも同じことを言っていたのを思い出す。承太郎を襲うために現われて、その後仲間になりたいと言った花京院を、責めることも疑うこともせず、スタンド使い同士、助け合えばいい、力で補い合えばいい、仲間なんだからと言い、豪快な笑顔で、どんなこともすべて笑い飛ばしていたジョセフが、確かに今、目の前の仗助に重なって見える。
 あの頃、どうしても理解し合えない両親と自ら距離を置いて、そうしながら、親からの愛情に飢えていた花京院は、大事な仲間と思うジョセフを、同時に、父親めいた存在と慕ってもいた。花京院が、決して持つことのできなかった、自分を丸ごと受け入れて、愛情を示してくれる親の代わりとして、いつも前向きで明るい、どんな時も希望を忘れない、仲間思いのジョセフの優しさに、頼り切っていた頃のことを思い出して、不意に胸の辺りが痛くなる。
 まったくおまえは可愛いのう、花京院。承太郎とは大違いじゃ。
 花京院の頭さえ撫でながら、食事の席で、承太郎を目の前にそんなことを言っても、一向に毒にならないジョセフの人の好さと、そんなことを面と向かって言ってしまえる、血の繋がりというものの親 (ちか)さとに驚いて、花京院は面食らって、常に頬に張りつかせていた冷笑も、いつのまにか、歳相応の無邪気さにすり替わっていた。
 ジョセフ、そして承太郎、そして今は仗助が、なぜ自分に向かって、こんなにも真摯な感情をぶつけてくるのか、これがジョースターの血なのかと、また同じように面食らいながら、ようやく、エジプトの頃に飛び去っていた心を、自分の手元に引き戻す。
 「仗助くん、君は、ほんとに、ジョースターさんにそっくりだな。」
 え、と、思いもかけないことを言われたという表情で、仗助が口をぽかんと開けた。
 「仲間思いで、優しくて、頼りになるところが、そっくりだ。」
 続けて言った花京院に、ひどく照れて、顔を真っ赤にして、またストローを乱暴に噛む仗助は、存外可愛らしく花京院の目には映って、
 「か、からかうのなんかなしっスよッ!」
 そう言う仗助を前に、花京院は、ひとりくつくつ笑い続けた。


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