触れ合いたい2人に10のお題@空色アリス

7) 素直になって


 なんだか、ほんとうに、してるみたいだと思いながら、肩や首筋に触れて、そして、平らな胸を平たく重ねて、ごく普通の形に抱き合う。
 上になった承太郎が、今ではもう何のためらいもなく、胸や腰に触れてくる。手指は、慣れた仕草で、腹筋しかない薄い腹を撫でながら、愉しむように、花京院のピアスの金具を噛んでくる。
 ずいぶんと余裕のあることだと、少しばかり忌々しく思って、承太郎の首に手を添えて、さり気なく、体の位置を入れ替えようと、承太郎の腰の辺りに、脚を持ち上げる。それもまた、ずいぶんと恥じらいの失せた、慣れた動きだと、花京院は自分では気づかない。
 先を急がないために、むしろ焦らすように、肝心なところへは触れず、背中や腰へ触れ始めたのは、承太郎の方だ。
 舐めたり噛んだり、跡は残さないように、あるいは、残すなら、決して人目にはつかないところへ、口にせずにそう了解し合って、承太郎は、時々、皮膚の薄い部分に、24時間も経てば消えてしまうような赤い跡を、花京院には知らせずに残すいたずらをする。
 二の腕の、背中の側に一度、承太郎の星のアザと、同じ辺りに一度、見咎められても、どうしたんだろうなと、とぼけられる色合いだったけれど、そんな跡を残されたことにさえ気づかなかった自分の夢うつつの方に驚いて、花京院は、鏡を眺めて、ひとり頬を染める。
 こうやって、少しずつ、承太郎が自分を覚えていくのかと、ふと、そんなことを思った。
 裸で抱き合うことに、もうためらいはないけれど、一体何をしているのだろうかと、昼間、いきなり我に返る。
 まだ、心のどこかで、単なる処理だと、そう思いたがっている自分がいて、けれどしていることは、もうそんなことではなく、こんな触れ方をしていて、単なる排泄行為だなんて、ひどい欺瞞だと自分を罵りたくなるのは、行為そのものに対してではなく、それをしている自分に対しての苛立ちだと、冷静に分析している自分もいる。
 大人でもなく子どもでもなく、自分のしていることをきちんとまだ定義づけられる語彙を持たない中途半端さに対する、憤りにも似た気分には、ありすぎるほど馴染みがある。
 よくわからないまま、大人の真似事をしているのだと、そう言い訳したがる子どもの自分と、子どものわけがないと、ちょっと肩をいからせたくなる自分と、自分の中がふたつ---あるいは、それ以上---に引き裂かれて、てんでに好き勝手なことをわめいている。
 触れる手には余裕があるくせに、心の中では、いつだって肩を縮めてすくみ上がっている。何をどうしていいかわからなくて、無我夢中で、そんな自分を、どこか鷹揚に承太郎が見下ろしているように見えて、それが、ひどく癪に障る。
 実のところ、承太郎だってきっと、自分と同じ程度にいつだって狼狽えているのだろうと思うけれど、まさかそんなことを面と向かって訊いて確かめるわけにも行かず、ああ下らないと思いながら、ひとり悔しがっている。
 あれこれと思い悩んだ挙句に、結局のところの自分の本音は、承太郎とこうすることが好きだということと、実のところ、ひどく戸惑いながらも、このことを愉しんでいるということだと気づくと、周章狼狽という不様な自分がそこに現われて、僕はそんなふしだらな人間じゃないと、思春期の潔癖症が頭をもたげる。
 何のことだととぼけられるほど、もう子どもでもなく、別に大したことじゃないと開き直れるほど、まだ大人ではなく、まだ17の誕生日さえ迎えていない自分の幼さを、改めて自覚する。
 ようするに、まだこんなことは早すぎるのだと、冷静に結論して、けれど、すでに行われてしまっていることをやめられるわけもなく、こんな時に、誰かと抱き合うことを欲している---始めたには僕じゃないと、それだけは強調しながら---自分の愚かさ加減に呆れながら、けれどそんな自分を、嫌いだとは思わない。
 不思議なことに、人一倍根深かった自己嫌悪が、承太郎とこうなってから、あまり意識に上らなくなっていた。
 どうしてだろうと、また考えて、それはおそらく、表面上だけでも、承太郎が自分に好意を持っているのだと思えるからだろうと、案外素直に受け止めていることに気づいた。
 まさかこんなことを、嫌いな人間とするはずもないから、承太郎はおそらく、自分を好ましい人間だと思っているのだろうし、それは、承太郎に最初に助けられた直後に感じた、彼に対する好感と通じるものがあったから、自分が好きだと思っている誰かが、自分を同じように好きだと思っているらしいという、ごく珍しい状況に、実は浮かれていたのだと、花京院は初めて自覚した。
 何もかもが初めてだ。だから、どうしていいかわからずに、戸惑っている。
 それを悟られて、面倒くさい奴だと思われたくなくて、だから、醒めていて、距離を取っているふりをしている。
 夢中になってる---ように見える---のは、僕じゃなくて、君の方だ。僕はただ、君に同情して、参加してるだけのことだ。
 そろそろ、そんなうそにも疲れ始めている。もっと分け合いたいと思っていて、だったら、正直になるべきだと、ようやく思い始めている。
 花京院は、自分がそう熱望しているように、承太郎に触れたいと思った。触れられたいだけではなくて、承太郎に、触れたいと、思った。


 まるで当然だと言いたげな仕草で、承太郎が、花京院の骨ばった膝を割ってくる。
 さっきまで、シーツをしわくちゃにしながら、上になり下になり、どちらが主導権を握るか、そんな争いをしていたのに、唇が何度目か外れたタイミングを見計らっていたかのように、承太郎が、するりと体を滑らせてきた。
 口づけを仕掛けても、花京院にはかなわなかったくせに、今では、花京院の方が負けそうになることがあって、そんな時には、さり気ないふうに唇をほどいて、体の位置を入れ替える。上から承太郎の頭を抱え込んで、離せと言い出すまで、絡めた舌を外さない。相手の肺から空気を奪うように、喉の奥まで侵入して、あえいで、反った胸に、今度は唇が移動してゆく。
 けれど、下腹へ進んでゆけば、そこから先は承太郎の陣地で、もう唇で触れることを一向にためらわない承太郎は、内腿にも唇を滑らせながら、目的の場所へ近づいてゆく。
 膝を閉じようと、無駄とわかっていて、そうせずにはいられない。承太郎の唇の紅さがそこで際立って、触れる前から、舌の生暖かさが、張りつめた皮膚の上に広がる。
 花京院は、そうなる前から、声を殺すために唇を噛んだ。
 暖かく濡れた感触に、翻弄される。そうやって包まれるだけで、それで果てそうになってしまうくらいになる。
 承太郎が、自分に、そんな触れ方をしていると思うだけで、頭の中が真っ白になる。
 ただひたすらに、丁寧に動く舌と、傷つけることを避けるように、けれど時折当たる歯列と、技巧もへったくれもない稚拙さだったけれど、承太郎が奇妙な必死さで、そして明らかに花京院のためだけではない熱心さで、飽きもせずに、花京院のそれを口の中で飼い馴らそうとするのに、花京院は、承太郎の頭を抱え込んで応えていた。
 黒々とした、見た目よりもずっと柔らかい髪を指ですいて、こんな時でなければ、見ることも触れることも滅多とない承太郎の頭の形を、手指でなぞる。それが、承太郎が、自分の輪郭をなぞる舌の動きと同調していることには気づかないまま、少し冷たい耳や、なめらかなうなじの辺りにまで手を伸ばす。
 承太郎が、自分を深く飲み込み過ぎないように、時々、頬に手を添えて、承太郎がそこから自分を上目に見上げる視線に、うっかり、頬をいっそう赤く染める。
 唇を外させて、やわらかなまぶたを指先で撫でる。顔中に触れて、ぬるぬると濡れた唇---唾液だけではなくて---を見下ろして、花京院は、自分の唇を噛んだ。
 「・・・承太郎。」
 こんな時に、滅多を口を開くことはない。相手の声を聞くのは、始まる前と、終わった後だ。承太郎が、物珍しげに、自分の名前を呼んだ花京院に向かって、少し眉を上げた。
 承太郎を抱き寄せて、それから、体の位置を入れ替えた。厚い肩を押して、上になりながら、承太郎が何か言う前に、その唇を指先で黙らせていた。
 みぞおちの辺りに、頬をすり寄せるようにしながら、肩をずらしてゆく。下へ向かう花京院を見下ろしているのか、行く先を悟ったらしい承太郎の腹筋が、少し硬張った。承太郎の唇に押しつけていた指を、追い駆けさせるようにずらして、そちらが先に、腿へたどり着く。
 こんな間近に見るのは、初めてだ。
 両手で包んで、ひどく緊張したまま、もう一度唇を噛んだ。すでにすっかり勃ち上がってしまっているそれに、気後れしてしまう前に、思い切って唇を近づけて、舐めた。
 手指に馴染んだ形や大きさや熱さとは、まるで別のもののように思えて、乾いた唇がそこで引きつれたのに、痛めてしまったかと驚いて、慌てて顔を離すと、舌で唇を湿した。
 それから、口の中で舌を動かしながら、思い切って唇を開くと、承太郎がそうするように、濡れた粘膜の中にそれを誘い込んでゆく。
 じかに感じる質量は、今まで感じていたよりもずっと大きい気がして、花京院は表情には出さずに、少しひるむ。
 承太郎がそうしていたやり方を思い出しながら、少し舌を動かしてみて、そこで確かめている承太郎の形を、いとしいと感じている自分に気がついて、思わず声が出るほど愕いた。
 思っていたよりももっと、承太郎にこうしてみたかったのだと、今さらのように気づいて、そうしないつもりだったのに、上目に、承太郎を盗み見た。
 首筋を赤く染めて、音をさせずに短い呼吸をしているのが、みぞおちの辺りの動きでわかる。少なくとも、間違ったやり方はしてないようだと、少し安心して、思い切って、喉の奥まで飲み込んでみた。
 ゆっくりと顔を動かして、歯を立てたりはしないように、喉の開き方がわからなくて、ひとりで焦れながら、さらに硬さを増してゆくような気のするそれを、精一杯舌の上であやしている。
 自分がそうされたいと思うことをすることすら満足にはできず、大した時間もかけていないのに、開きっ放しの唇の端が痛くなる。こんなことが人間の本能だというのは、絶対にうそだと、誰かに恨み言を言いたい気分になりながら、自分の下手さ加減に、承太郎がうんざりしていないだろうかと、雑念ばかりが頭の中をめぐってくる。
 それでも、もういいと突き放しもせずに、承太郎が長い前髪をかき上げるように、花京院の髪の生え際に触れてくるのが、ひどく心地良くて、このままで続けていいのかと、安堵しながら、できるだけ心を込めて、舌を動かした。
 最後まではとても無理だけれど、せめて途中まででもと、心遣いだけはあらわに、自分の不器用さに自己嫌悪を少々感じながらも、口の中のそれの反応が、自分のしていることに対するものなのだと思うと、ふと、それに欲情した。
 承太郎を、自分が煽っている。煽られている承太郎に、欲情する。触れてもいないのに、自分のそれが、承太郎と同じほど勃ち上がっていることに初めて気がついて、躯が火照って、うずいた。
 何もかもが、とても淫らだと思いながら、承太郎から唇を外すと、唾液が糸を引いた。
 承太郎の上に這い上がって、待ちきれずに、承太郎の手を取った。
 浮かされたように、名前を呼びながら、欲しがっている自分に与えてくれと、いつにない激しさで、花京院は、承太郎の掌にこすりつけていた。
 正面から抱き合って、互いに触れながら、花京院はずっと承太郎を呼んでいた。
 掌の中の熱と形を、唇の中に感じながら、承太郎に片腕でしがみついて、花京院は、承太郎の肩の後ろに、歯を立てた。ぎりぎりと歯列を食い込ませて、そうとは知らずに、星のアザの近くに、跡を残していた。


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