触れ合いたい2人に10のお題@空色アリス

8) 伝わる熱


 「挿れさせろ。」
 初めての時と同じくらい、直截に、わかりやすく、承太郎が言った。
 少し怒ったように、眉を吊り上げて、腕の長さ分だけ距離を置いて、けれど花京院から目をそらさずに、承太郎がそう言った。
 「いやだよ。」
 承太郎に敬意を表して、花京院も、わかりやすく答えた。
 花京院が、そこまであっさりと即答するとは思っていなかったのか、承太郎が、今度は眉間に浅くしわを刻んで、少しの間唇をあえぐように動かした。
 「・・・少しは考えてから、返事しやがれ。」
 「考えても無駄なことは考えない主義なんだ。」
 承太郎の声が少しばかり震えているのは、照れ隠しなのだろう。腹を立てていないことだけは確かだと、花京院はまた平たい声で答えた。
 「無駄と決めつける根拠は何だ。」
 お互い裸で、ベッドの中でするような会話じゃないなと思いながら、ひとまず食い下がってくる承太郎の真面目な顔つきに、同じように真面目な表情で、一体どう答えようかと、初めて少し考える。
 答えはわかりきっている。一目瞭然だ。承太郎だってわかっていないはずがない。それでも、わざわざそれを言い出したのなら、何とか花京院を説得しにかかるつもりだと、そこまで読んでから、これは長い話になりそうだと、そう判断した。
 気は進まなかったけれど、そろそろ深夜になる時間だったから、隣りの部屋に会話が筒抜けという事態を避けるために、気配を消してハイエロファントグリーンを呼び出した。そして、承太郎の問いの答えを、それに言わせた。
 「物理的に、絶対に不可能だからだ。」
 スタンド同士の会話は、普通の人間たちには聞こえない。ここでの会話が、おそらくもう眠っているだろうジョセフやアヴドゥルやポルナレフに届くことはないだろうと、こんなことにスタンドを使うのには気が咎めたけれど、大事な話---なのだろう、やはり---を中途半端に終わらせたくなくて、今だけは目をつぶる。
 承太郎も、背後に、うっすらとスタープラチナを出した。
 「やってみなけりゃわからねえだろう。」
 憮然と、承太郎が---スタープラチナが言う。
 「無理に決まってるだろう。君相手じゃ、女の人だって大変に決まってる!」
 夜中に、わざわざスタンドを出して、一体何の話をしてるんだろうと、少しばかり馬鹿らしくも思いながら、承太郎にわかるように、みぞおちの辺りを指差してやった。
 体の大きさと、必ずしも比例するというわけではないけれど、承太郎の場合は、とてもきちんと比例している。
 標準だの並みだのという数字が、当てにならないというのはよくあることだ。それでも、承太郎はどう見ても、並みでも標準でもない。あってたまるかと、花京院は忌々しくひとりごちた。
 「女とヤる話なんかしてねえ。」
 あくまで引く気のないらしい承太郎が、珍しく的の外れたことを言う。話を終わらせたい花京院の気持ちを汲む気は、まったくないようだった。
 「わかってるよ、僕と君の話だ。僕は女じゃないから無理だ。君のなんか、絶対に無理だ。僕が女だって、きっと無理だ。」
 まるで花京院の方が駄々をこねてでもいるかのように、無理と何度も言って、そのたびに承太郎の唇がとがる。その唇の形に、一瞬見惚れかけて、している話から心がそれそうになった。慌てて我に返って、承太郎とまた視線を合わせる。
 「やってみなきゃ、わからねえ。」
 さっきよりも低い声で、承太郎が言った。
 話がまったく通じていない。自分の言っている、どの部分がそんなにわかりにくいのだろうかと、軽く眩暈を感じながら、花京院は黙ったまま、十数秒、承太郎をにらみつけた。
 「・・・一晩中、やってみないとわからないって言い続けるつもりか、承太郎。」
 そこまでするつもりはなかったけれど、故意に冷笑を薄く浮かべて、そう言ってやった。挑発する気ではなく、ただ、説得しようとしたって無駄だと、それをわからせたいだけだった。
 「・・・てめーがうんと言わねえなら、そうかもな。」
 承太郎の瞳が光る。無意識なのかどうか、対峙した相手を威圧する時と同じ目だ。なるほど、本気というわけだと、花京院はやれやれとため息を吐く。
 こうなってしまった承太郎を引き下がらせることなど、誰にできるだろうかと、とりあえず抵抗をやめるつもりはなく思う。
 「・・・無理して、明日歩けなくなったりしたら、困るじゃないか。」
 知らずに、声が弱くなっていた。
 花京院につられて、承太郎もふっと瞳の色を弱くする。スタープラチナはいつのまにか消えていて、承太郎が、自分で言った。
 「無茶する気は、ねえ。」
 少なくとも、話を終わらせないにせよ、矛先は引っ込めたようだと、花京院は用心してまだ壁際に這わせていたハイエロファント---気配は、もちろん消してあった---を、自分の中に引き戻して、まるでしょげたように、少し肩を丸めている承太郎を眺めているうちに、無理だと言い続けることに、罪悪感を覚え始めていた。
 やってみなければわからないというのは、確かに正論ではある。物理的に不可能だと思われていることが、案外と可能だというのも、よくある話だと、そう思い始めているのが、つまりは承太郎にほだされているのだと、それには知らんふりを決め込みながら、花京院の気持ちは、すでに逆方向に傾いていた。
 「無茶しないって言うなら、僕が無理だって言ったら、すぐにやめるって、君が言うなら」
 ゆっくり、ぼそぼそと言って、途中で言葉を切った。承太郎の様子を上目にうかがうと、花京院の言ったことを信じられない様子で、瞳が落ち着かなく動いている。
 「試してみるだけだからな。」
 結局のところ、好奇心が勝ってしまったということだ。どんなものか、知りたい気持ちはある。そしてそれは、行為それ自体にではなくて、承太郎と、という好奇心だった。君とだったら、してみたい、そこまではっきりと口に出すには、まだ恥が勝って、際限なく承太郎を甘やかしてゆく自分の軽薄さに驚きながら、そんな自分を嫌いではないことに、もっと驚いている。
 花京院の知らない花京院典明を、承太郎が、少しずつ剥き出しにしてゆく。ひとりではないということは、とても不思議なことだ。
 自分の気が変わらないうちにと、そう思って、花京院は承太郎の腕を取った。
 久しぶりに、すっぽりと上掛けの中にくるまって、落ち着かない仕草で上にのしかかってくる承太郎の肩に、ひとまず両手を置く。
 どうしていいのか、よくわからないらしい。花京院も、よくはわからない。
 とりあえずは、あちこちに伸びる承太郎の手には逆らわずに、割られた膝を素直に開いて、その間に、承太郎を抱き寄せた。
 指先で探られて、途端に、ぞわりと首の後ろ辺りに粟が立つ。
 今さら、本気かと、自分にも承太郎にも問いたくなって、花京院はぎゅっと目を閉じた。
 限りなく不快に近い感覚が、わずかに入り込んだ承太郎の指先から伝わってくる。それだけで、躯の内側も拒むように慄えているような気がして、熱いのか冷たいのかわからずに、背骨の辺りががちがちと鳴る音が聞こえた。
 承太郎が、体を少し浮かせた。
 なるべく、そうしやすいようにと協力しようとすれば、とんでもない形に脚を開く羽目になって、花京院は腕で顔を覆うと、見えないように横を向いた。
 自分で見たことも、触れたこともない奥深くへ、するりと、承太郎の熱が触れると、そうしないようにしても、体が自然に硬張る。なかなか位置が定まらずに、何度か迷った後で、ようやく承太郎の指先がまた触れて、それから、押し入ろうと、少し無理に、躯を押しつけてくる。
 そこまでだった。わずかに、入り込んだ感触があって、我慢できたのはそこまでだった。
 想像していた痛みを何百倍にして、さらに、圧迫感と、異物感を加える。痛いと怒鳴るより先に、手足をばたつかせて、承太郎を押し返していた。
 「無理だ! やめろ承太郎!」
 押さえ込まれれば、おそらく勝てない。それでも必死で抵抗する相手を押さえつけるのは、これもまた骨の折れることのはずだ。案の定、承太郎は暴れる花京院を止めようと、少しの間必死になる。
 「暴れんな! ちっと我慢しろ!」
 繋がりかけていた躯は、とっくに外れていて、それでも承太郎は諦めずに、また躯を押しつけてくる。
 「絶対無理だ! 入るわけない!」
 「やぁかましいッ!」
 うっかり高くなった花京院の声を、承太郎の掌が覆った。
 「・・・我慢できねえのかてめーは。」
 間近に迫った承太郎の、少し怒ったような顔を見返して、花京院は、自分の口元を覆っている承太郎の手を、軽く首を振ってよける。
 「君が今の僕の立場だったら、絶対にそんなこと言えない、賭けてもいい。」
 やや神妙になった承太郎が、ばつが悪そうに、躯の位置を少しずらして、無理に押しつけてくるのをやめた。
 「・・・無理か。」
 「・・・無理だ。」
 今までとは違って、今の花京院の声には、真実味があふれすぎていた。
 それでようやく気が殺がれたのか、承太郎は花京院の隣りにうつ伏せになって、悔しそうに、やたらと自分の髪をかき回す。
 何だか、責められているような気になって、花京院は承太郎に背中を向けると、手足を引き寄せて、自分の体をしっかりと上掛けで覆った。
 何も悪いことはしていない。無理なのは最初からわかっていたことだ。承太郎を説得するために、不承不承付き合ったに過ぎないというのに、はっきりと結果が出てしまえば、ひどく気まずい。
 花京院は、自分も含めて世界中をまとめて罵りたくなって、唇をとがらせた。
 そして、結局は承太郎を責めたくない自分を見つけて、そのとがった唇のまま、ぼそりと、隣りの承太郎に声を掛ける。
 「・・・悪かったよ。でも無理なものは無理だ。ちゃんとできなくて、ごめん。」
 途中で何か言い返されたくなくて、一気に言った。ほとんど本音だったけれど、謝ったのは、中途半端で放り出されてしまった承太郎が気の毒だったからだ。
 たったあれだけだったというのに、まだ、承太郎の形が、異物感として躯の中に残っている。
 軽く、痛みにうずく体を丸めて、自己嫌悪に陥りそうな自分自身に、自分は悪くない自分は悪くないと、花京院は一生懸命言い聞かせていた。
 ずっと黙ったままだった承太郎が、体の向きを変えて、そっと近寄ってくる。どうするつもりかと、少し体を固くして様子をうかがっていると、花京院の腰に腕を回しながら、背中に、ゆっくりと胸を重ねてきた。
 そうやって抱き寄せられれば、すっぽりと承太郎の胸の中に収まってしまう。胸の前に回ってきた腕を撫でて、花京院は、少しだけ気分を楽にした。
 「てめーが謝るな。」
 うなじに、息がかかる。それに目を細めて、花京院は、聞こえないように、深く長く息を吐いた。
 「・・・悪かった。」
 花京院の髪に顔を埋めて、承太郎が、静かに、けれどはっきりと聞こえるようにつぶやく。
 緊張が、ようやく解けてゆく。
 花京院は、そろそろと足を伸ばして、かかとで、承太郎の長い足に触った。
 こんなふうに、伝わる熱もあるのかと、背中から広がる承太郎の肌の熱さに、花京院は目を閉じて、自分の体が溶けてゆくような気がした。
 今夜は、このまま眠ってしまうつもりなのか、まだ動く気配のない承太郎の腕をしっかりと抱いて、花京院は、すぐそばにある承太郎の二の腕に、そっと唇を寄せた。触れた筋肉の硬さに、今夜起こったことをまた思い出して、けれど自己嫌悪はもうなく、ひとり頬を染める。
 ろくでもない夢を見そうだと思いながら、承太郎の胸の中に、まだ少し痛む躯を、今はすっかり預けてしまっていた。


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