狂気、狂喜






 がちゃ、とノブが回る音。マルスはさっと立ち上がってドアの方へ向かった。

「おかえり、アイク」
「・・・ただいま」

 首に腕を回してキスを乞う。軽く触れるだけの口づけをかわして、マルスは椅子にアイクはベッドにそれぞれ座った。

「試合どうだった?」
「ガノンに負けそうになったが何とか勝ったぞ」
「さすが」

 まるで自分のことのように喜び、笑顔を見せる。
 アイクは思った。この、やさしい彼女のままならいいのに、と。
 同時に自嘲した。この笑顔の前では彼女への憎悪など消し飛んでしまうことを。

「お疲れさま。」

 マルスはアイクの隣に腰を下ろすと、アイクをベッドに押し倒した。
 着衣に手をかける。

「・・・やめろ」

 凄んで言ってみたが効果はなかったようだ。彼女は楽しげに服を剥がしていく。
 抵抗は、できない。彼女のその笑顔の下に狂気がはらんでいることを知っているから。
 以前抵抗して流血沙汰になったことが何度かあった。だから、抵抗したってしなくたって一緒だ。

「いつも頑張るアイクにご褒美。」

 元気を出さない雄を口に含む。ぬるぬると絡みつく舌。
 彼女の口の中でだんだん大きさと硬度を増していく。頭では嫌だと否定しつつも、本能が雄を奮い立たせる。
 この時点で、アイクの負け。

「ふふ、元気になってきたね」

 じゅるじゅると吸い上げながら顔を上下させる。雄の膨張は止まらない。
 アイクは涙をこぼした。胸の奥がぴしと音を立てる。
 その涙を見て見ぬふりかマルスは口を離すと自身の服を脱ぎ始める。
 あぁ、きっと、また。
 他の人たちがどんな営みをしているのかなんて知らない。だが、自分たちが異常なのは分かる。
 アイクの体には火傷のあと、切り傷のあと。どうして愛し合うたびにこんな傷が増える。
 それが彼女なりの愛し方なんだ、と何度も言い聞かせた。言い聞かせた。だがやはり受け入れられない。
 “普通に”愛し合いたい。

 マルスはアイクの下半身に跨った。入り口に雄を宛がって、一気に腰を下ろす。
 女はそれを簡単に飲み込んだ。肉の壁がきゅうきゅう締め付ける。

「きもちいい・・・」

 大層幸せそうな表情をつくると、彼女は腰を動かし始めた。
 ぐちゅぐちゅと襞が雄を擦る。

「・・・なんで泣いてるの?」
「・・・・・・なんでもない」

 不機嫌そうな声が胸に突き刺さる。慌てて涙をぬぐって、彼女のために、意識を下半身へ集中させる。
 しかし涙は簡単に止まってはくれなかった。ぽろぽろと次から次へこぼれ落ちる。
 どうしたの?と聞くマルスは相変わらず腰を止めない。

「きもちよくない?」
「いや、そんなことは・・・」
「よかった!」

 一層激しく腰を振る。そのたびに響く水音が、今は煩わしく聞こえた。

「アイク、アイク! 愛してる!」

 彼女の眼にぎらりと狂気が宿ったのを、アイクは見逃さなかった。体じゅうが、彼女は危険だ離れろと警鐘を鳴らす。冷や汗が吹き出る。
 狂気はアイクを逃がしてはくれなかった。
 マルスの細い腕が伸び、手が、首に触れ、同時に、その細腕からは想像もつかない力で喉笛を締め付ける。

「・・・っ、マ、ルス・・・や、め・・・」
「アイクは僕だけのモノ・・・だよね?」
「あたりまえ、だ・・・から・・・」

 うふふ、と屈託も邪気もない笑顔を浮かべた。腰を動かし首を締め上げながら。
 苦しい。思考が霞む。
 なんとか抵抗しようと彼女の腕を掴んだが、酸素が足りなくて力が入らない。何を考えているかもわからない。遠くなる水音、白く染まる脳内。
 抵抗の言葉がひとつ、またひとつ消えていく。

「愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる!!!!!」
「・・・・・・・・・・・・俺、も・・・あい、し・・・て・・・・・・」





BadEnd?  or  DeathEnd?