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グレイの日記-

 工房はすっかり平和です。
 装飾品を壊される事も無くなったし、誰かがやめたとかも聞かない。親方はちょっと不満そうだったけれど最後には、事件が解決して良かった、って。
 ネプが言うには、親方が加担してるかもっていう線はその言葉でまた薄くなったんだって。
 悪い事を考える人なんて、もういないよね。



ネプの記憶-
 もう冬も本番に入ろうとしている気温でも、工房の中は今日も暑い。熱気が凄まじい。
 携帯飲料をこんな街中で逐一飲む事になるなんて、最初は思わなかった。まだまだこの環境には体が慣れない。

「…はあ」
 流れる汗を何回か拭った時だった。堪らず溜め息が出る。
「ネプ」
「ん?」
「何だか顔色悪いよ、大丈夫?」
「…流石に連日こう暑いと、一般人には辛いな」
 何故か弱音が零れた。此処は大丈夫だと返しておくべきだろうに。
「暑い…そっか、暑いんだ」
「君は暑くないのか?」
「うん、暑いっていうのはよく解らないんだ。熱いものを触っても先に冷えちゃって、あったかいくらいかな。今だって、ぼくの側はあんまり暑くない筈だよ、空気中も冷やしちゃうんだ」
「これで暑くないって言うのか…」
 いや、それよりも。
 この子は熱に見放された感覚を持っているらしい。夏になったら、一体どういう世界に感じるんだろうか。

「…みんながちょっと羨ましいな。みんなが知ってる事を、ぼくは知らないから」
 もしかしたら、その差異で人と合わなかった事もあるのかもしれない。
「グレイ。確かに、知らないものは羨ましく見える。けれど、逆もあるって事を覚えておいた方がいいよ」
「逆?」
「みんなが知らなくて、君だけが知っている、羨ましがられる事だってあるんだ。簡単な例はその暑くないって事かな」
「暑くない事が羨ましい…のかな」
「さっき人の事を顔色悪いって言ったのは誰だったかな」
「うう…そっか…」
 落ち込んだグレイは作業に戻ろうとして、少し笑った。
「やっぱり、ネプは優しいね」
「何だよいきなり」
「そんな事言ってくれる人、今までいなかったもん」
 どうしてか妙に痛く刺さる言葉で、結局何とも言い返せなかった。



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