■-20

グレイの日記-

 ぼくはきっと頭が悪い。
 だから、ネプに心配かけて、ネプの中にある嫌な物も引き摺り出そうとしてる。
 それが苦しい事だって解ってるのに、どうしてぼくは。
 ぼくの物を引き摺り出したって意味は無いのに。



ネプの記憶-
 寝ている事に気付いて飛び起きた。暖炉の火が眩しい。時計を見ると深夜だった。
 何かに全身打たれたような感覚がして、それからの記憶が無い。いや、どうしてその侭無くならなかったんだろうか。
 目覚めた俺を見て声をかけてきた宿の女将さんによると、どうやら低体温症、仮死状態になっていたらしい。多分あの子の力を受けたんだろう。
 女将さんに礼を告げると、酷く困った顔が返ってきた。
「あの子のところに行っておやりよ」
 この様子だと、何も言っていないんだろうな。
 重い後遺症らしい物は無いようで、何とか立ち上がった。合わせる顔も無いのにあの子のところへ向かうのは、俺が愚かなだけなんだろう。
 部屋のドアをノックしようとして、迷ってその侭手も上げられないでいた時だった。

「誰…ネプ!?」
「うわっ、たっ…」
 気配でも感じたんだろうか、慌てた声と足音の主がドアを開ける。勢い良く開いたドアを避けようとして、足が縺れてその場にすっ転んだ。まだ無理は出来ないらしい。
「ネプ、あの…えっと」
 狼狽えている様子から、本気で心配している気持ちが見えてしまった。
「…手を、貸してくれないか」
「でも、ぼくの手は」
「君が許してくれるなら、君のを借りたい」
「…うん」
 伸ばされた真っ青な鱗の手をしっかり握る。立ち上がろうとして、どうしても力が入らず手を強く引っ張ってしまった。
「ひゃっ」
 引かれて倒れた体を何とか受け止める。厚着の所為でそんなに冷たいとは感じなかった。
 手足や尻尾はごつごつとしていても、やっぱり体は小さい。こんなか弱い体で、未だに一生懸命に向かってくる。そんな子に自分がしようとしていた事は…あんまりだ。

「わ、ネプ、離れないと」
「…ごめん」
「えっ」
「ごめん、怖い思いをさせて」
「…ネプ、うう、うえぇ…」
 誰かを泣かせて胸が痛むなんて、遠い昔にも無かったかもしれない。
「もう嫌だよ、あんな、ぼくの所為でまた誰か死んじゃうなんて」
 ぐずりながらの言葉が予想外で、初めて自分の思い込みを知った。



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