■-21
グレイの記憶-
ぼくが落ち着いてから、部屋にちゃんと戻ってネプをベッドに寝かせる。羽根はいいよって言われたけれど具合は悪そうで、ぼくは心配でネプの側に付き添ってた。
「…グレイ」
ぼくを見てくれた目は、何だか寂しそうだったけれど、いつもみたいに優しかった。
「さっき、『また』って言ったけれど、もしかして君は誰か殺してしまった事があるのか…?」
「…うん」
思い出すのは苦しかったけれど、少しずつネプに伝えた。
「ぼくがまだ、一人きりであちこち旅してた頃に…。知らない人に、お金を出せって絡まれて、逃げられなくて…お金を出しても逃がしてくれなくて」
あの時の事は怖くて、絶対に思い出したくなかった。でも今は、頑張って話さなきゃ。
「最後の最後で、つい力を使って…その人は死んじゃった」
「…ごめん、俺は本当に嫌な思いをさせたんだな」
「ううん、もういいんだ、ネプが生きててくれて」
「…君はどうして、俺を生かそうとしたんだ?」
「それは、ネプの気持ちが、凄く寂しそうにしてたから…」
「気持ち?」
「ネプは何かがずっと怖くて、でも我慢して、凄く無理をしていたみたいだったから」
どうしてそんな事が出来るのかはよく解らないけれど、ぼくは人の今の気持ちやずっと前の気持ちが、何となくだけど読み取れる。狙って読み取る事は出来ないけど、偶に嘘つきや無理してるのをそれで知る事がある。
「あと…それを外してなかったから」
ぼくが指差した先に、ネプにあげたプレゼントの装飾があった。ネプが冷たい態度の時でも、ずっと着けていてくれた物。
「…癖になってたのか」
ネプは顔を歪めて、装飾を握った。
「ネプ、一体何が怖いの?ネプが辛いなら、その我慢はきっと毒だと思うよ」
「…そう、なのかな…」
ネプは天井を見て、深く溜め息をついた。凄く疲れてるみたいだったけれど、少しだけ安心したみたいにも感じた。
「君の言う通り、俺はずっと怖がっていたんだ。悪い事を沢山した、人を襲って、命だって奪った手で、君に触れる事が怖かった。君が綺麗なものしか知らないと思い込んで」
「でも、ネプは…その、悪い事を沢山してきたんでしょ、ぼくにそうしなかったのはどうして?」
「それは…君が似てたから、昔の俺に」
「昔の?」
「うん。ろくな目に遭ってなかったのに、ずっと人を信じてた。莫迦正直だったんだ」
その時、ネプの気持ちがぼくに伝わる。あの寂しい気持ちだった。
「でも、それで大きな失敗をしたんだ。その為に死んでしまった子がいる。人ではないし、言葉も解ってるかどうか怪しかったけれど…俺が手にかけてしまった事は違いなかった」
これだったんだ、ネプの寂しい気持ち。それを我慢するしかなかった理由も、漸く解った。
「してしまった事を背負うとか、そんな大それた事を出来る程強くなかった。只、気付いた上で繰り返す事だけはしたくなかったんだ」
ネプは其処でまた疲れた溜め息をついた。けれど、ちょっと笑ってた。
「あーあ…言っちゃったよ」
「我慢してたのに?」
「うん」
ネプは真っ直ぐにぼくを見る。もう寂しさは何処にも無い。
「君の側に、居ていい?」
「…いいの?」
「お願いしてるのはこっちだよ」
「えへへ、そっか」
ネプが困ってるみたいに笑って、手を差し出した。ぼくはもう怖がらずにその手を取る。あったかくて力強い手。
「…ごめん。有り難う」
そう言うと、ネプは目を閉じてすぐに寝ちゃった。だいぶ無理してくれてたんだろうな。
もうちょっとこの侭でいたかったけれど、凍傷になったら大変だし、手を離してぼくは自分のベッドに転がった。
悲しい事は悲しいけれど、半分こ出来たのかな。少しでも軽くなってたらいいな。
何だか嬉しくなって、ぼくはちょっとだけ笑った。
明日からが少しでも幸せになりますように。
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