■-26
グレイの日記-
今まで、自分について知らない事なんて意識してなかった。
でも、段々それが、何か大きな事を見落としてるんじゃないかって思えてきて。
ぼくは…この知らない自分がちょっと怖い。
ネプの記憶-
依頼を終えて、グレイの仕事も一段落付いた。こうして夜道を歩く事も大分慣れたように思うけれど、気だけは張らなくてはいけない。
「ネプ」
「うん?」
「この間の事なんだけど」
この間というと、多分先日の夜中の出来事だろう。
「約束の事は忘れてないよ」
「うん」
少し元気が無い。いくら過去でも、やっぱり自分が体験した苦しみはその侭なんだろう。
「ぼくは、故郷で独りぼっちだったんだけど…どうしても、理由が解らないんだ」
「理由が?」
「うん。言われた言葉の意味が解らなかったんだ」
「それはどんな?」
暗い夜道でも、グレイの目に涙が溜まる様が見えた。
言われていたというのはこんな言葉だった。
「あの子に近付いてはいけないよ」「きっと悲しい思いをするから」
「その方がいいんだ」
典型的な苛めだろう、と思いかけて、何か引っかかる。
「君が言われた言葉、何だか変じゃないか?」
「変って?」
「誰がどうして悲しむ事になるか、その言い回しだとはっきりとは解らなくないか?それに、その方がいいっていうのは、まるで君に対して言っているみたいにも聞こえる」
グレイを突き放したというより、グレイから身を引いたような印象だ。
「ぼくが一人の方が、ぼくの為だって事?」
「そうとも取れるね。何か心当たりは無いのか?」
グレイは困ったように唸ってから、耳の羽を弄る。
「これの所為なのかな…」
「羽?」
「うん。こんな羽があるのは、サラマンダーでもぼくだけだったんだ」
「そうだったのか。でも突然変異とかで生えたとして、それが人から嫌われる原因になるっていうのはどうも納得出来ないな」
「じゃあ…」
立ち止まってしまったグレイの声は、明らかに歪んでいた。俯いた大きな目から零れ落ちる大粒の涙が、不安の大きさのようだった。
「ぼくはどうしたら、良かったん、だろう…」
訳も解らず人から避けられて、それでも人を恨めずに一人悩んでいたんだろう。グレイの性格上、人を責めるような事は出来なさそうだった。
「もしか、したら、この先、此処で会った人達も、同じようになっちゃう、のかな…。そんなの、怖いよ…」
「そんな事――」
グレイが徐に顔を上げる。
「離れたくないよお…!」
悲痛な声に胸を刺されたような心地になった。見ていられずに、小さな体を引き寄せる。
「そんな事はしないから。君の事は絶対に守り通してみせる。だから、信じてくれないか」
グレイは声を押し殺しながら懸命に頷いた。
腕の中のものはやっぱり冷たいけれど、確かに此処にある温もりだった。
今度こそ。今度こそ、幸せを失うものか。
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