冷たさの奥にいる
■-2
安宿の部屋を一室借りる。廊下を歩くと、同じような目的の音が聞こえてきた。環境としてはあまり良くないが、他者の目的を害してはいけないとの共通認識だけは有り難い。
宛がわれた部屋の扉を閉めると、雑音も聞こえなくなる。静けさは錯覚かもしれないが、鍵をかけてしまえば空間には二人しかいなかった。路地よりも更に暗い部屋には申し訳程度の寝台が隅にあり、小さな棚に置かれた燭台の蝋燭二本が部屋全体の古ぼけた印象を照らしていた。漂う空気に湿った鈍重さを感じるのは、目的から来る感覚だろう。
「そういえば、さ」
ジェイスンの呟きはいつになく緊張しており、感覚が伝染する。
「俺達、まだあんまり、何もしてないんだなって……。だから、嫌だったら言ってほしい……」
言われてハーキュリーズも思い当たる。精々抱き合うまでで、口付けすら交わした事が無い。急に深く踏み込んで、果たして上手くいくのだろうかとジェイスンの中で不安が募った。
しかしハーキュリーズはふと微笑み、歩を進めると寝台へ腰かけた。それだけで大仰に軋む音が鳴る。
「大丈夫だ、きっと」
蝋燭の炎が揺れる度に、ハーキュリーズの微笑みがぼやけて見える。思考も段々ぼやけてくる感覚は催眠術でもかけられているようだった。その侭蠱惑へと引き寄せられる。
ハーキュリーズへ近付く靴音がやけに響く。ジェイスンは腕を伸ばし、ハーキュリーズを努めて優しく寝台へ転がした。その侭覆い被さると服越しにハーキュリーズの体温が伝わる。早鐘を打つ鼓動が苦しいが、苦しさはそれだけのものではなかった。
横を向くと、ハーキュリーズの瞳が見える。吸い込まれそうだと思った時には口付けていた。唇だけが触れ合い、それが始まりだった。歯を当てないようにまたゆっくりとだが、今度は深く重ねて舌を絡ませる。初めて感じる湿った熱へ次第に没頭し、息が苦しいのも忘れてしまう。本格的に苦しくなってから口を離すと、互いの口の周りは唾液に塗れていた。
ジェイスンと同じく、荒い呼吸へ変わったハーキュリーズの瞳は粘液質になり、生々しさを物語る。その頬から始まる呪印へ舌を這わせ、一旦喉へ口付けると小さく声が上がり、震えを感じた。少し掻き切ってしまえば死に至る箇所を晒し、されるが侭の姿が扇情的に映り、首筋で止まってまた口付けを落とす。
「……靴も脱がないのか?」
乱れた呼吸で言われて我に返る。
「忘れてた……」
正直に告げると、ハーキュリーズから宥めるように頭を撫でられた。互いに一度起き上がり、服を取り去るのだが妙に疲れた心地がする。それだけ全神経を集中していたのだろうか。
ハーキュリーズがまた寝台へ沈む。目にして、何よりもまず小さな体だと思った。其処からはどれ程の辱めで打ちのめされたのか見当も付かず、ジェイスンは感情に突き動かされる侭に抱き締める。
「ジェイスン」
ハーキュリーズが背中に腕を回す。心身の隔たりは互いの存在を思わせ、身体の距離は一つとなる事を思わせた。違う存在だからこそ、求めてしまう。
「温かいな」
硬い石の上で身の奥底まで、ひたすらに暴力を受け続けた体には常に冷たさがあった。心さえ凍り付いた恐怖を、今だけは温もりで溶かされていたいと願う。
「うん」
全く恐れが無いといえば互いに嘘になるだろう。結局は同じ内容だ。しかし違うものとしての、求めるものとしての行為を、誰よりもハーキュリーズ自身が否定したくなかった。ジェイスンを渇望している自身をただ認めるだけが、理不尽によって遠いものになる。遠いものへ懸命に手を伸ばしていた。
少し身を起こしたジェイスンからもう一度口付けられる。触れ合うだけのものだったが、やけに胸中をざわつかせた。
ジェイスンはハーキュリーズの胸元に顔を近付けると、今までだけで既に尖っている先端を口に含む。途端にハーキュリーズが声を漏らし、続けて舌先で撫でながら吸い付いてみると今度こそ目立った声が上がる。もう片方は柔らかさを散々確かめてから先端を指でつまみ、内の芯を刺激するように転がしてやる。
「あ、あ……、や……ぁあっ……」
吐息が確かな熱を帯び、ハーキュリーズが体をよじるさまがジェイスンに感じた事の無い高揚感を呼んだ。どのような喜びでも勝てないようなそれに溺れるのは、果たして自身だけではないのだろう。腹に当たるものを感じたので身を起こすと、ハーキュリーズの体が反応を示しており、固くなって仰いでいる下でぬらぬらと濡れているさまが見えた。そしていつの間にかジェイスンの体も同じ状態にある。
ハーキュリーズの足の間へ手を差し入れ、濡れそぼった箇所を指でなぞる。見当たらない男の部位は体内にあるらしい。
「んんっ、ジェイスン……」
ハーキュリーズの睫毛に絡む涙を見ていると足を開かれる。瞬間、閉じられていたものも開いた。ひくつく肉が見えてしまい、ジェイスンの僅かに残っていた遠慮が打ちのめされてしまうが、ハーキュリーズの覚悟に応えたいとも思う。弄るのをやめて体を宛がい、ハーキュリーズへ最後の確認をした。
「いく、よ」
ハーキュリーズは確かに頷くだけだった。努めてゆっくりと腰を寄せ、ぬめりの導く侭に突き入れる。
「あ、ああぁっ、うああ……!」
悲鳴のような声だったが、確かな甘さも含まれていた。やがて全てが収まった頃にハーキュリーズが弱々しく呼ぶ。
「少し、その侭、で……」
「うん……」
ジェイスンとて余裕は無いが、素直に願いを聞くしかない。
「じきに、此処が、慣れる……」
自身の腹を撫でるハーキュリーズに告げられて疑問が晴れる。どれ程求めてもやはり異物でしかないのだ。そして慣れる事実を知ってしまった記憶を呼び起こしてまで、ハーキュリーズはジェイスンを望んでいる。事実の衝撃で固まってさえいると、やがてハーキュリーズが苦しげに呼んだ。
「もう、いい」
「……解った」
ほんの短時間の出来事が痛い程に胸を刺し、ジェイスンは目頭に熱を覚えながら動き始める。
「あぁっ! はっ、あ、ああぁあ!」
律動に揺らされながら必死にシーツを掴むさまが感覚の行き場の無さと無抵抗を物語り、一層ハーキュリーズを弱く見せる。突き入れたものが肉襞を引き摺り出す光景は暴力的に見えてしまったが、涙を流しても尚拒まないでいるハーキュリーズの切ない眼差しが、求めてもいいのだと許しを与えていた。
初めて見るハーキュリーズの涙に恐怖が篭もる。流れる度に、奥深く巣食っていた恐れを少しずつ外へ追いやっていく。たとえ微かな強さであっても、凍てついた恐怖を温めてしまうには充分だった。
動きはやめずに、つとジェイスンは手を伸ばす。ハーキュリーズの固くなって放っておかれた体を包むと、滲み出ていたものを絡ませて心得たように刺激してやる。
「そ、こはっ……」
「駄目……?」
「そうでは、なく……、嫌では、ない、のか……」
男の部分を忌避されると思っていたらしい。ジェイスンは首を横に振る。
「ううん、だって……ハーキュリーズ、だから……」
言われてハーキュリーズは観念したのか、それ以上を言わなかった。両方の箇所から水音をさせ、その度に互いへ感覚が巡る。
「ひっ……あぁ、ん、んんぅ、は……あううっ」
絡み付き、締め付けて促してくる内部がハーキュリーズの本音に思えてくる。至極勝手なのだろうが、それを許してくれるだろう事も重々理解していた。
寝台の軋みさえ遠く、吐息と甘い声だけが耳に響いている。時間も忘れて耽る事の幸福は果てしなく、別の恐怖さえ連れてくるような気分だった。
不意にハーキュリーズが揺れ動く自らの胸を抱え、先端に指で触れる。
「はぁっ、はっ、あ、ああぁ」
途端に内部が一層きつく締まったと感じるのは錯覚ではないだろう。積極性にジェイスンは喜びさえ覚えてハーキュリーズの姿から一層目が離せず、いっそ囚われた心地だった。
最奥を突き上げる度にハーキュリーズの細い腰が揺れ、手の中の体も痙攣して反応を示す。悦びに溺れる表情が何処か怯えているのは、過去の記憶と現在がせめぎ合っているのかもしれない。
この侭続けばとも思ったが、ジェイスンの疼きもやがて限界を訴える。
「ハーキュリーズ、もう」
「んうぅう、ジェイスン、はや、くっ」
ハーキュリーズの懇願に己の全てが消し飛ぶように思えた。動きが激しさを増すと、ハーキュリーズが感覚に乱れて叫ぶ。
「はっあ、あぁあっうあぁぁあっ」
ハーキュリーズは辛うじてジェイスンを見詰めており、それを見るジェイスンもまた目を逸らせない。全く余裕の無い表情は互いだけの秘密だった。
「やぁっ、あっあ、んうぅぅっあぁああっ!」
一息に強く突き入れた時、一段と締め付けるハーキュリーズの最奥でジェイスンの欲が溢れ出す。同時にハーキュリーズも欲の侭に白濁を撒き散らした。全てを放ってから体を離すと、水分と空気の音をさせて奥から注がれたばかりのものが流れ出てくるさまが見えた。胸を上下させて息をするハーキュリーズの晒す姿は衝撃的で、より望んでしまう。
「ハーキュリーズ……」
願うように呼んでみると、ハーキュリーズは目を細めてジェイスンへ手を伸ばした。その手を取って身を起こすのを手伝うと、ハーキュリーズの細指が頬を撫でる。
「ジェイスン。もう不安は無くなったから、そんな顔をするな」
そうして口付けられる。どちらが支えられているのか解らなかったが、それで良かった。
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