影日和の願い


■-2

 最近になって入った依頼は隊商の護衛という普遍的なものだが、やや遠方であるのを理由に敬遠されていたようだ。片道一週間の道のりを荷馬車の側を歩いて進む。遠方へ出荷しては儲けも少ないと思われたのだが、依頼人との世間話で訳を知った。長年付き合いのあった冒険者が、今は引退して商いで生計を立てているらしい。輸入物も扱っているらしく、今回の隊商もその一つなのだという。
「長年の友、か」
 休憩時に依頼人と会話をしたシーシアスから話を聞き、パーシアスは感慨深く呟いた。長年の友にはなれるのだろうか。
 その後も何事も無く、隊商は目的地の町へと到着する。依頼を達成した後はすぐに町を発ち、此処からでも見える巨大な城壁を目指した。近付くにつれてその巨大さが解る城壁は強大な魔力が生み出したものであり、たった一人で作ったものらしい。
 パーシアスからの説明を聞きながらジェイスンが呟く。
「中も外も、この国を作ったって事かあ」
「本人が言うには作りかけで、完成はしないそうだ」
「そうなのか?」
 首を傾げるジェイスンへ、アキリーズが実体験に基づいて補足した。
「国が滅ばない限り、民はずっと移り変わるからね。変動する限り完成しないよ」
「そっか、そうなるのか……」
 納得の言葉には一抹の寂しさがある。完成しないものに永遠に縛られる身とは、どれ程の苦しみが襲うものだろうか。
 歩く内に夜が明け、朝になる頃に城壁へ辿り着き、唯一設けられた巨大な門で入国審査を受ける。審査所自体は幾つもあり、渋滞はしていたものの深夜な事もあってか二時間程で審査所へ辿り着いた。其処で渋滞の訳を知る。
 審査は一人一人、服まで取り去って己をつまびらかにせねばならない厳しさだった。しかし種族に関しては寛容で、精霊であるユリシーズや魔法生物であるハーキュリーズは難無く通り、アキリーズとジェイスンに至っては調査と確認に時間はかかったが、種族不詳を認められて無事に通過する。たとえ悪魔であっても敵意が認められなければ通るのかもしれない。
 入国口から馬車に乗り、幾度か乗り換えを挟んで昼過ぎには宿へと辿り着き腰を落ち着ける。宿で販売されていた地図を皆で覗き込み、パーシアスが目的地を指差した。
「場所はこの丘の林だ」
「だから宿を此処にしたんだね……」
 アキリーズが入国口からすれば奥まった箇所にある目的地を見ながら現在地を指し、一つ欠伸をする。これまでの道のりと寝不足も手伝って、疲労と眠気がユリシーズ以外を襲っていた。
 眠たげに瞼をしばたたかせ、ハーキュリーズがパーシアスへ尋ねる。
「早朝に此処を発つのか?」
「朝のほうが人通りが少ないし、済まないがそうしたい」
 無理をさせてしまった事への言葉へ、シーシアスが軽く手を払うように振った。
「いいってこった。まあお前さんも今の内に寝とけよ、寝らんねえかもしんねえけど」
「寝られない? どうしてそうなるんだ」
 怪訝な顔をするパーシアスをユリシーズが呆れたような半目で見る。
「息、落ち着き無いぞ、ずっと」
「え、そうなのか?」
 其処にジェイスンの笑い混じりの言葉が飛んだ。
「楽しみで寝るどころじゃなさそうだし」
「う……そう見えるのか、やっぱり……」
 パーシアスが照れを露わにする。その珍しさにまた笑いが起こった。



 黒い鳥を迎え入れ、黒が石へ戻るとすぐさま小箱を開ける。中には返信の手紙が入っていたが、これも奇跡のようなものだ。黒い鳥が引き返してきたかどうかの見分けはこれでしか判別出来ず、毎回気が揉めるものだった。
 青い紐で留められた手紙を読むと珍しく短文で終わっていたが、内容が与える衝撃は大きく、目頭が熱くなる。途端に湧き上がった緊張を抑えようと息を大きく吐き出すが、上手くいかなかった。此処まで不器用だったかと、泣きながら己に苦笑する。
 明日までの時間は、この三年よりも長く感じた。



 翌日の天候も崩れず、爽やかなそよ風に眠気を少し払われながら六人で早朝の道を行く。近いとはいえ距離のある目的地近くになると人通りがほぼ無くなり、辺りには静けさが漂っていた。当時パーシアスが出逢いを果たした林はやや規模が大きく、自然の侭残されたものだという。
 薄暗い林を進む中でジェイスンがパーシアスへ疑問を投げかけた。
「パーシアスは何で此処に来たんだ?」
 林を見回すが、特に興味を引くものも見当たらない。
「あの時は人混みに疲れて、一人になろうとして此処に来たんだ。そうしたら泣き声が聞こえてきて……丁度其処にいたな」
 パーシアスが指を差した先には広く日の光が差しており、切り取ったように明るかった。見上げれば青空が眩しい。
 歩を進めていくと、ハーキュリーズが小さく制止の声を上げる。
「待て」
 声音に警戒心はあるが、危機感までは無い。立ち止まった頃にユリシーズも気付き、そっと口を開いた。
「いる、塊、魔力の」
 魔力に敏感な二人の言葉で様子を見ていると、不意に光の中へ黒い染みが現れる。中空の黒は瞬く間に上下に広がると人の形を取り、六人を見ると一部形を変えた。礼をしたらしい。
「お前……なのか?」
 パーシアスが半ば呟くように言うと、影は形を戻して細い糸状に黒を伸ばす。複雑に絡んで形作られたのは言葉だった。
『久し振りだね』



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