鍵とある日々
■-3
確かに別の戸棚を開いた筈だった。
食堂の隅にあるテーブルで、パーシアスは酒も肴も途中で置き去りにして雪の鍵を指で弄る。
同じく雪の鍵を手にしたハーキュリーズは意外そうだったが、パーシアス自身はあまり意外性を感じなかった。鍵に見透かされた驚きも無く、ただ事実を確かめてしまう。もっとも、ハーキュリーズの雪と自身の雪には、絶対的な差異があるとも感じていた。
「おっ、まだやってたのか」
不意に軽く声をかけたのは、ギャンブルもお開きになったらしいシーシアスだ。シーシアスが戸棚から手に入れたのは空の鍵であり、実に彼らしいと思うしかない。
「いや、ぼうっとしてただけだな」
「ぼーっと、ねえ」
パーシアスの言葉の意味するところに辿り着いたのだろう、シーシアスは向かいに座って肴を一摘まみした。
「答えが何だってえより、問題が何だったかねってところだろ」
悩ましく頭を巡る靄を見透かしたどころか、正体まで言い当てるシーシアスへ底知れないものを感じるのは初めてではない。パーシアスは軽く息をついて困ったように笑う。
「そうだな。ちょっと整頓しないとな」
「整頓のお供に、この手は如何かね」
「じゃあ借りた」
冗談めかした心遣いを断ろうともしないのは、許しより支えを感じたからだ。
「鍵の意味がちょっと気になってな」
「あー、お前は雪だっけ」
言いながらシーシアスは懐から空の鍵を取り出す。何処と無く雪の鍵よりも輝いて見えるのは錯覚なのだろうか。
「俺がお天道さんに近いたあ、随分な買い被りってもんだけどな」
「そうなのか?」
純粋に尋ねるパーシアスへ、シーシアスは鍵を指先でぶらぶらと揺らした。
「はは、嬉しいねえ。けど俺は、『光を背負う』なんて御大層なもんじゃねえ。『影落』ちまくりなもんだ」
「……だからなんだろうな」
パーシアスからぽつりと零れた言葉に、シーシアスは動きを止める。
「落ちる影が強いんなら、影を作る光も強いって事なんだろう」
シーシアスの朱色をした三白眼に穏やかさが宿った。快活な彼がこうして時折見せる落ち着きには安定感がある。
「お前さんは、この光に何を見るかね」
問われたパーシアスは、いつか不思議なランプが見せた揺蕩う夢を思い出す。暗く冷たい海の底へと、一人沈む夢だった。変化するかもしれない己への恐れと、願うような淋しさを封じるように、ひたすら落ちていくものだ。
「はっきりは解らないけれど、少なくとも太陽としては見ないかもな。そんなに遠くは感じない」
太陽に似た別の何か。夢の海で聞いた言葉を思い出しながら、パーシアスはシーシアスを真っ直ぐに見据えた。
「でも、雪解けには一役買ってくれたと思う」
告げられて、シーシアスは満足そうに目を細める。
「そりゃ良うござんした。んで、雪解からは探し物も出てきたようで?」
言いながらシーシアスが眉間を指差した。パーシアスの悩ましい皺はいつの間にか無くなっていたようだ。
「まあな」
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