あなたの夢おてつだい だけ します


■-3 ロマンの至り

「己の貪欲を認めぬ者の言い訳だ」
 フィオリは夢の事をそう言った。
「従って、夢とは元来汚物だ。汚物が故に誰にでもある。何物も汚さずに存在出来る者などおらん」
「じゃあ、フィオリは何を汚してるの?」
 フィオリは顎に白い触手を当てて、にまにま笑った。
「此処に来る全員だ。私の夢の為にどうなろうと知らんしな」
 まるでフィオリが悪いように聞こえるけど、実際やってる事はそうじゃない。食べ物を切り分けられて、人を刺し殺せる包丁を売っても、製作者も商売人も咎められないのと一緒だ。
「フィオリの夢かあ、そういえば聞いた事無かったかも。ちょっと気になるな」
 何と無しに僕が言うと、フィオリは一つかったるい息をついた。
「言っておくが、糞程下らんぞ」
 そんな事気にしないタイプだと思ったけど。
「それならうんと笑ってあげるよ。だから教えて」
 フィオリの表情はずっと変わらない。いつもの憎たらしい笑い方だ。
「ふむ、悪くない。では教えるが、前置きが長いのも了承しておくように」
 呼び鈴が鳴ったのはその時だった。



 説明してる最中も、ぼろぼろの格好できょろきょろ周りを見てる。
「聞いてる?」
「あ、ああ、聞いてる。体を換えてくれるんだな」
「それだけ解れば充分だね。で、どうしたいの?」
「そうだな……いや、でも……」
 言いかけて、一人で考え込まれても困るのにな。
「じゃあこうしよう、あんたの此処までのいきさつを話してよ。それなら要望の整理も出来るでしょ」
「そう、だな……」
 深く吐いた息は物凄く疲れてたけど、あれだけ落ち着かなかったら嫌でもそうなるよ。
 乗ってた船が難破、小さな小さな島に流れ着いて、さっきまで自足自給生活をしてた。まあまあありがちな話だけど、変わってたのは要望のほうだった。
「其処で思ったんだ。此処で生き長らえるだけじゃ、俺の夢が叶えられない」
「あんたの夢って、どんな?」
「俺がいた世界を巡る夢だ。どんなに時間がかかってもいい、その夢を叶えられる体にしてくれ」
 時間がかかってもいいから、島で生きられて、島を脱出出来て、世界を巡れる体かあ。
 僕は宙に手を差し出した。こっちを覗いてるような本棚から一冊の本が飛び出して、蝶に似た動きで飛んできて僕の手に乗る。
「これなんてどうかな。時間はたっぷりかかるけど」
 僕の掌で開いた本が体のプレビューを映す。添えられてる説明を読んでからまた考え込むのかと思ったけど、これは間違い無いな、目が輝いてきてる。
「これは……いいな、何よりロマンがある!」
 ロマンに煩いのは冒険家のお約束なんだろう。



「あの果物、取り寄せてやろうか。絶品らしいぞ」
「また此処に来たってつまんないって」
 僕は横になりながら、別の世界から取り寄せた果物を口に放り込んだ。世界間の輸出入は文化や文明が混ざりすぎるから駄目だっていうところもあるみたいで、そういうところはややこしいからなるべく避けてる。
 あの人は木になった。力強く根付いて大きくなって、大きな実を付けた。実はやがて鳥が食べて種を運んで、または実ごと落ちて海に浮かんだ。そうして海を渡った先々で、みんなが美味い美味いと食べて、もっと欲しがって育て始めた。
 実は別に怪しい効能もなくて、本当に美味しいだけ。ただしその木も実も、全部あの人だ。処理能力も上げてあるから、流れ込む全ての感覚に押し潰されるなんて事もまず無いみたい。
「何処にでもいる、かあ。凄い事だね」
「案外と同じものは多いかもな」
「だね。知らないだけで、これもそうかも」
 僕が果物をもう一粒食べた頃にフィオリが映像を消す。撮影はカメラも無いから余程じゃないと気付かれない。まあ、気付かれてもアフターケアって事にしてる。
「さて、用事も終わった事だ、話の続きを聞きたいか?」
「うん。……あ、もし僕が笑えなくてもお互いクレームは無しでね」
 下らないらしいけど、夢があるならいいじゃないか。少なくとも生きようと出来るんだから。



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