あなたの夢おてつだい だけ します
■-6 死の死の向こう
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
依頼者はしくしく泣きながら、どんどん広がる。
僕は咄嗟に光の帯を呼び寄せて飛び乗った。空中を帯に沿って逃げると、今僕がいた場所も肉の塊に呑まれてく。本棚も上へ逃げて、下のほうには一つも無い。
僕は逆さまになって依頼者に叫んだ。
「ねえっ、これどうやったら止められるっ?」
「千切れたら、少しの間、止まります」
「千切りまくっちゃって死なないっ?」
「解りません、解らないから、死ねないんです」
中途半端な事じゃ死なないんだな。今ので此処に来た目的も何となく解った。
「じゃあちょっと痛い思いしてっ」
僕は姿見を幾つも呼び寄せて、それに向かって思いきり息を吹きかけた。
「何だか、いい匂いが」
依頼者にもレモンみたいな匂いが届いて、丁度良かった。
「頼んだよ!」
僕が言うと姿見は包丁みたいに落ちてく。肉の塊に乗った姿見は、とても重いものになって肉の塊を潰して切った。肉の塊も一部の表面だけが重くなって、其処を支えられずに皮一枚まで潰れてく。
これが僕の魔力行使法。前の僕は使えずじまいだったけど、レモン風の匂いに変わった僕の息が届いたものの重さを変更する力だ。少しの間だけど部分的に出来るから、重くなった頭を支えられなくて首が折れる、なんて事も起こせる。
血を噴き上げてた肉の塊が縮んでいく。千切れた肉と血を吸収して、怪我を治そうとしてる。
「ううう……、有り難う、ございます」
肉の中からは剥き出しの皮膚じゃない人型が出てきた。頭に生えた管からは赤い靄がゆらゆら揺れてる。
僕は依頼者の肉が吸収され終わってから帯から離れて、依頼者の前に飛び降りた。
「それで、あんたはどんな体が欲しいの?」
泣いてるばかりの依頼者は、急に血相を変えて僕に詰め寄る。
「僕の、体の構造が、解るんですか」
「一応解析は出来てるみたいだよ」
嫌な予感がするぞ。
「それじゃあっ」
依頼者は僕に土下座して、絞り出したような声で頼み込む。
「僕をっ、僕を殺してください……っ」
下向いてて、僕の微妙な表情は見えてないんだろうな。
「それについては私から結論を述べよう」
本棚達を背中にフィオリが下りてきた。滅茶苦茶不機嫌な表情で。
「殺してやるものか。嫌なのでな」
依頼者は驚いて顔を上げた。やっぱり泣いてる。
「どうして……!」
「第一に、死体の処理が面倒だ。第二に、此処は夢の手伝いのみ行う場だ、叶えるのは己の力でしろ。最後の第三はその、他力本願という名の八つ当たりが気に食わん」
依頼者は見る見る内に青褪めた。けど解らず屋でもないみたい。
「はは……、そう、ですね……。自分の事を誰かに頼ってたら、いけませんよね」
僕は溜め息をついた。もうレモン風の匂いは無い。
「実際、あんたがどのくらい我慢してきたかは知らないよ。でも、死ぬにしても自分で責任を持ったほうがいいんじゃないかな。いなくなる奴に振り回されて何の見返りも無いんじゃ、僕だって嫌だね」
結局、誰だって最後の最後は損得勘定だ。他人に酔ったり自分に酔ったりして、いい気分になれるほうを選ぶ。
すっかり項垂れた依頼者に、フィオリはわざとらしく咳払いした。
「まあ、夢の手伝いはする。死ねる体をやろう」
「死ねる……」
「そのあとは、知らん」
結局、フィオリはあの笑い顔に戻らなかった。
「あの人、どうなるんだろう」
フィオリは余程不機嫌なんだろう、そのあとの光景を映そうとしなかった。僕が見ておかないとな。
「少なくとも今は生きているぞ」
「なんで解るの?」
「ああいう手合いは、生きられん事を理由に死を選ぶ。従って、生きられるならば死ぬ理由が無い」
際限無く増殖する体じゃない、其処ら辺の生き物の体に換えたあの人。一番の悩みが無くなって夢を失くしたけど、綺麗に生きられる人なんていない。欲望は欲張りにすぐ別の夢を作って、生きる原動力を作るんだ。
「まあ、奴の事は好かんが。身体情報のほうは収穫だな」
「あの増殖する肉?」
「そうだあれだ、手に負えなくなったシャンデ・グリ・アラの奴が丁寧に製造情報まで残していてな、余程神経質だったと見える。増殖する血肉であらゆるものと融合を試みる生物であり、僅かでも血を浴びたものに対しても反応する。命拾いしたな」
フィオリはにやにや顔で物凄く嬉しそうにべらべら喋り出した。
「セーフだったけど、今さらっと怖い事言ったよね!」
いつものフィオリに安心しちゃう僕も大概だよなあ。
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